第12話 刀霊堕ち
玄関の戸を開けるとまず、空の色が怪しい事に気付いた。
黒い霞で空気が淀んでいて、若干の息苦しさを感じる。
「ふむ」
久方振りに感じるそれを以って、(瘴気か)と納得。
どうやって刀霊堕ちが桂家を狙うよう仕向けたのか気になる所だが、それは香擁に任せることにして一旦捨て置く。玄関口を守ろうと待機していた門下生に感謝して、他の場所の救援に向かうように言う。
庭や裏手の方から刀の打ち合う音が聞こえ、頭の中には香擁の良く通る声が響いた。
《喜べ!桂の者どもよ!》
桂の姫君が戦闘の指揮を執るべく、桂家の者たちに向けて声を伝えていた。
《存分に剣を振るう場が整のうたぞ!
技を得るために流した汗は
剣などに
心して聞け!儂の一存で死に急ぐ事は許さぬ!死んで馬鹿が治るならその限りではないが、そなたらの馬鹿具合はその程度ではなかろう!》
香擁の言に賛同するように方々から雄たけびが上がる。
《この死地を生き抜いてその馬鹿面を雁首揃えて儂に見せてみよ!どうせそれくらいしか取り得はないのじゃろうが!大馬鹿者どもを愛する儂もまた、大した大馬鹿者なのじゃろうがのう!》
これまた方々から歓声が上がり、その大多数は「姫!」「かわゆい!」などの香擁に対する賞賛であった。
(馬鹿とは酷いな)
香擁に頭の中で語りかけると、直ぐに返事が返ってくる。
(本気では思うておらぬが、これくらい雑な方が受けが良い)
思わず苦笑。
(私が先陣を切ると言ったが、間に合わなかったな)
(細かい事を気にするでない。おぬしが最初に霊魔を祓えば、それで皆は喜ぶであろうよ)
私は打刀“
目の前にいる、妖刀と化した名刀を携えた人型の黒い影四体と対峙する。その奥に桂邸の正門がある。
「どうなさいますか」と酔橋。
「少し急ぐ」
付き従う内弟子に離れているように告げ、私は無造作に一体の霊魔に近付いた。
霊魔の持つ白刃が予備動作なしに爆発的な勢いで放たれる。
咄嗟に受け太刀をするも、その穢れに塗れた銀色の牙によって“酔橋”は易々と砕かれる。想定外の威力。
(これがこの刀霊の能力か…!)
果たして私の身体に横一文字の傷が刻まれた。
「司暮様!!」
内弟子が叫ぶ。
「…済まない」
崩れ落ちたのは、霊魔。
その体を形作っていた瘴気の密度は相当に高かったらしく、体積の何倍もの瘴気がごうごうと唸りを上げて地上を踊った後、ゆっくりと霧散していく。
私と酔橋の代わりに両断された、身代わりの札が二枚宙を舞っていた。
刀に付いた穢れを振り払い、「驚かせてしまったな」と内弟子に笑い掛ける。
「身代わりの札はあと何枚お持ちで」
酔橋が確信めいた表情で尋ねて来る。
「扇子が作れそうだ」
私が冗談めかして答えると、心底愉快そうにカラカラと笑った。
「
「お前を信頼しているからな」
「その割りには、用意周到ではありませんか」
「私に慎重になるよう諌めたのは、お前だぞ」
「…はい。ご立派になられて」
私を幼い頃から見守ってきた
因みに桂家が有事の為にと備蓄した身代わりの札の数は、他の花守家と比べても群を抜いていたろうと思う。尚、この事件によってその殆どが失われることになる。
次いで、豪快な太刀筋で斬りかかって来た霊魔の動作に反応して回避。
避けられるとタカを括っていた剣閃が急に軌道を変えて思いもよらぬ伸びを見せる。私の首筋を急襲するそれに対して身代わりの札を使う機会すら与えられず、倒れこむようにして避けた。
不思議なもので、いくら裏をかくべく動こうとしても常に先手を取られて攻撃どころか受け太刀も回避もままならない。全てを見透かされている感覚に囚われる。
嫌な汗が首筋を伝った。
霊魔の一撃をいなそうとした刀がさも予定通りといった風に易々と回避され、構えが崩れる。無防備な姿を晒した私に凶刃が襲い掛かった。例によって、この霊魔相手に身代わりの札を使う余裕などは無かった。
視界に入った内弟子が心配そうに見ていた。
(心配要らない)と目配せをする。
どう避けようと軌道を自在に変え、かの刃は私の肉を
私は観念して避けるのをやめた。
突然の激しい金属音。
いくら受けようとしても捉えられなかった霊魔の一撃を、この時に限って打刀“酔橋”が受け止めていた。
「なるほど、本当に私の心の内を読んでいたのだな。それがお前の能力という訳か」
刀霊“酔橋”の能力は『自動防御』その動きには思考が一切介在しない。故に攻撃を受け止めることが出来た。
「では、こうしよう」
一切の思考を捨てて、霊魔の動きを待った。
好戦的な霊魔はすぐに痺れを切らし、力任せに刀を振り回した。白刃が空気を切り裂いて高い音を立てる。
私は身体に染み付いた剣術に全てを託す。
一度目の隙を見つけた刹那、私の身体が知らぬ間に霊魔の頭を斬り飛ばしていた。首の切り口から噴水よろしく瘴気が溢れ出す。暫くの間黒色が波打ち、ゆっくりと霧散した。
(二体斬ったが、私が最初に祓ったということで良いか)
香擁に問いかければ、(ようやった!)と。
香擁がその旨を家の者たちに告げると歓声が上がり、私は少しばかり安堵した。
桂邸の正門を眼前に捉えれば、残る二体の刀霊堕ちが歩みを揃えて近付いてくるのが見えた。
(連携もするのか)
苦々しく思いながら、東道輝殿の死の間際に彼と共闘し命からがら戻ってきた花守の言葉を思い出す。
『東道殿を殺った相手は刀霊堕ちによく似ていたが、少し様子が違ったように思う』
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