第13話 別れの言葉

霊魔を二体祓い、私はすでに精神的にも身体的にも疲弊しつつあった。

ひかる殿をほふったのがどのような相手かは知らないが、刀霊堕ち以下ということはないだろう。

(この程度の相手に遅れをとるようでは輝殿の後釜として相応しいとは言えないな)

そう思えば、迫る二体を見る眼に力が戻った。額の汗を拭う。


刀を持った霊魔二体が私を中心にゆっくりと旋回し、攻撃の機会を窺っていた。

一体の頭には軍帽。マントを羽織っていて、手にしているのはサーベル外装に仕込まれた日本刀の様だった。

もう一体は着流し姿で、それが手にしている刀は日本刀の拵えそのもの。

外装こそ違えど背格好や雰囲気、動きの癖は酷似していて、この2振りが兄弟刀である事を窺わせていた。


今や瘴気へと変貌した刀霊の神気が、刀身と霊魔の体表から蒸気のように立ちのぼる。マントが、着流しの裾がはためく。元々相当量の神気を備えていたのだろう。この切羽詰まった状況でなければ、きっと気圧されていた。

霊魔の動きに合わせて瘴気が渦を巻く。瘴気に叩かれた庭木の葉が剥がれ、そのまま闇の螺旋に加わってく。

辺りは瘴気で徐々に黒く染まり、私の視界を奪いつつあった。


二体が動き出す気配を感じ取り、懐にある身代わりの札を掴む。

「その札、既に使い物になりませんぞ」

酔橋が顔をしかめた。

私の身体を蝕む筈だった瘴気を吸い込み、身代わりの札は黒々と色を変えていた。手の中でぼろぼろと崩れ落ちて、札は姿を消した。

「この分では残りの札も長くは持ちますまい。早くしなくては、御身もただでは済みませぬぞ」

かすむ視界。双方向から襲い掛かる鏡の様に研がれた刃には、周囲の暗がりが映えていた。

私は霊魔の動きと感じ取った殺気を頼りに、刀身の位置を推し量りその軌道から逃れるべく身体を2度3度躍らせた。


刃で捉えられた感触。


外套を翻し、構え直す。

切り刻まれ、無惨な姿となった外套が風をはらむ。着物の肩口までもが切り開かれたが、幸い傷は浅く済んでいた。

「もろは殿のこともある。元より早々に済ますつもりだ」

内弟子に手の平を向けて合図を送ると、彼女は守り刀を投げて寄越す。


私が飛来した守り刀の柄を左手に掴んだ刹那、サーベル刀が眼前に迫った。

守り刀の鞘でそれを迎え撃つと、衝突の勢いで鞘が割れて飛ぶ。

衝撃で筋肉と骨が軋んだ。


即座に側面の死角から切り込んでくる日本刀。それを右手に持った打刀酔橋が“自動防御”の能力を発揮し、的確にいなす。

体勢を崩した着流し霊魔の首筋目掛け、内弟子の刀が振り落とされるのを横目に。


私は守り刀でサーベル刀を抑えたまま、打刀で軍帽霊魔の心臓を狙って突く。

軍帽霊魔は身体を横回転させて突きを躱し、回転の勢いを活かして横薙ぎの一撃を放って来た。それを防ぐべく振り下ろした守り刀がサーベル刀と再び衝突する。

けたたましい音を発し、守り刀がサーベル刀の勢いを削いだ。

右手の打刀を振り抜く。その刃が漏れ出した神気の尾を引いて走り、軍帽霊魔の首筋へと喰らいついた。勝利を確信する渾身の一振り。



が、霊魔の首へ僅かに食い込むにとどまる。

傷付けた部分から霊魔の表皮がひび割れ、ぱらぱらと剥がれ落ちた。

石柱を叩いた様な感触に耐え切れず、私は右手から打刀を離す。


(よもや)


内弟子の方を見れば、着流し霊魔の首はしっかりと繋がったまま。

内弟子の刀もまた、彼女の足元に転がっていた。慌てて刀を拾おうとする彼女の背に霊魔の振るう刃が迫っていた。


「逃げろ!!」

それを言う私に対しても、軍帽霊魔のサーベル刀が振り下ろされる。

咄嗟に転がって避ける。サーベル刀が転がる身体の脇を幾度となく通り過ぎ、地面に刺さった。


私が立ち上がろうとしたところを狙って、目の覚めるような鋭い一撃が降ってくる。


「司暮様!!!」

内弟子が叫ぶ。

こちらに注意を向けられるということは、内弟子彼女はあの窮地から一先ひとまず逃れることが出来たという事だろう。安堵すると共に、心配かけてばかりの自分が情けなくもあった。


必死の間合いであるにも関わらず無理に立ち上がろうとした自覚はある。

内弟子の心配もやむを得なかった。

しかし私の手は既に、落とした打刀酔橋を掴んでいた。

「酔橋がいるから大丈夫だ」

言うや否や。酔橋が人知を超えたはやさで空を裂き、霊魔による必殺の一撃を防ぐべくサーベル刀を打ち据えた。

その勢いの凄まじさに辺りの瘴気が吹き飛び、私の身体は引っ張られて悲鳴を上げた。


予想に反して鈍い音が響く。


サーベル刀の刃がぐらりと揺れ、中ほどで折れた。

軍帽の霊魔が膝から崩れ落ちたのを横目に、内弟子の方へ向かおうとする。

突然の爆風に煽られてそちらを見れば、軍帽の霊魔が爆ぜて散ったのが分かった。


「先の2体より派手だな。大物だったらしい」

流石だなと酔橋に話しかけたところで、酔橋の依り代たる打刀の先端が折れていることに気付いた。

「お急ぎ下さい」

老人姿の酔橋が申し訳なさそうに頭を垂れた。

刀霊自分はもう長くは持たないと、そう言っているようだった。


「すまない。私のせいだ」

言いながら内弟子を背に隠し、着流しの霊魔と対峙する。

「お気になされませんよう。儂が年甲斐もなく張り切ったせいでございますゆえ」

酔橋がたしなめるように言った。


「しかし、まあこう言っては何ですが良い機会だと思います。司暮様も妻を娶られる身。いつまでも儂を頼られていては困ります」

「お前の苦言は、久しぶりだな」

酔橋は幼き日から私の教育係であり、友でもあった。

往時がありありと思い出される。


「少々酔橋に頼った戦い方をし過ぎてやしないかと」

「これからはそういった戦い方は嫌でも出来ない訳だが」

「お嫌だったのですか」

「そういうつもりで言った訳ではないが、正直守りを多用する剣はあまり得意ではない。しかし、お前が余りにも優秀だったので頼らない手はないと思ってな」

「存じておりますとも。司暮様の剣のことも、この儂の優秀さも」

酔橋が悪戯っぽく笑った。


酔橋が真に言いたいことが、打刀の柄から伝わってくる。

ありがとう、と応える代わりに酔橋をしっかりと握った。


満身創痍の身体を押して、着流しの霊魔との距離を詰める。

霊魔にも兄弟相棒を失った危機感のようなものがあるらしく、こちらの動きを慎重に窺っていた。


打刀の折れた切っ先を揺らすと、私の動きに対応すべく霊魔の身体が僅かに反応する。


強敵に揉まれて、私の神経は研ぎ澄まされていたのだろう。霊魔の少しの動きからでも次の動きが手に取るように分かった。

思い切って踏み込み、すぐさま一歩下がって打刀を振りかぶる。

私が間合いに入るのを待ちかねた霊魔がここぞとばかりに斬りかかるが、予想通り。あと一歩の距離が足りずに凶刃は空を切る。


霊魔が無防備な姿を晒す。内弟子の一振りによってひび割れた首筋が、私の目の前にあった。

既に振りかぶっていた酔橋で強かに首を打つ。

バキリ と割れる音が響き、半ば千切れるようにして霊魔の頭が胴体から離れた。


霊魔の爆ぜるような霧散を見送った後、酔橋が口を開いた。

(ああ、ついにその台詞を言ってしまうのだな)と私は悲しくなった。


「もう儂がいなくとも大丈夫ですね」

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