第11話 偽りと嘘
「剣の腕は師範に及ばないが、知略を尽くして勝利を捥ぎ取った将来有望な若者である」などと謳って、星野家当主はこの一件で勝利した私を大いに絶賛して見せた。
となれば不満を表に出せる者がいる筈も無い。私の杞憂は星野家当主の対応一つで見事に消え去った。当主と言うのはかくあるべき、と胸に刻んだ。
そうして私はもろは殿と婚約関係を結び、彼女は以前にも増して私の後をついて歩くようになった。
幼い婚約者に剣を教え、同じ部屋で別々の本を読み、互いの読む本に興味を示すも趣味が合わず苦笑する。同じ和菓子をつつき、四季移ろう遊歩道では、違う歩幅を互いに合わせようと努めた。
時を重ねて彼女が日に日に美しくなる時候になって、読む本の趣味や、歩幅が合い始め、言葉の端々や仕草までが似通ってきた。
一方で私は時折、
私自身彼を目標にして模倣した部分もあり、今となってはそれらのいくつかは身に染みてしまっている。
私が
「なぜ、私を妻にしようと考えたのですか」
神妙な面持ちで、それまで口にしたことのない疑問をぶつけてきた。
雪がかすかに舞う、池に面した遊歩道。その日は寒さが厳しかったせいか、私たちの他に人の姿は見られなかった。息が白い。池の表面を薄氷が覆っていた。
「あなたが、可愛かったからですよ」
不安を解くように笑いかけてみるものの、もろは殿の表情は固く冷たい。
「
思いがけない問いかけに動揺しながらも、それを否定する。
「…私は私として、あなたを選んだのですよ」
ただ、彼女が望まない相手と結婚して悲しむ姿が見たくなかった―。
真の理由すら残酷で、遂には口に出来なかった。
「そのお言葉が真実でしたら、一度くらい口づけてくださってもよろしいではありませんか…」
抗議の言葉を搾り出して、もろは殿は目を逸らした。
頬に触れて、顔をこちら側に向ける。
顔を近づけると彼女の白い吐息が触れて温かかった。
妹のように想う大切な女性に、そっと偽りの口づけを贈る。
表情から固く冷たいものが溶けて消え、彼女は花が咲いたように微笑む。
私は居た堪れなくなり、彼女の顔を自分の胸へ押し込んだ。
しかし、可憐な女性が腕の中で甘えた声を出し、二度目の口づけをねだる様を見て何も思わなかったと言えば嘘になる。
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