第10話 準備
それからというもの、私は目に焼き付いた東道輝殿の剣を考察しひたすら真似をする日々を送った。しかし、そのたった数ヶ月の内にどれだけ上達したろうか。
道場の端に正座し、目を閉じる。
冷静に考えれば師範と勝負をしても「勝ち目は無い」と経験が告げてきて(いっそ潔く当たって砕けてしまおうか)となげやりな気持ちになる。
しかし、ふと「早まるな」という兄弟子の言葉を思い出す。
「十分に準備すれば大抵の相手には勝てる」というのが東道輝の口癖だった。
私はその言葉に胡散臭さを感じていた。
いつ何時、誰を相手にしようと問答無用で勝てるというのが私の目指す剣であり、東道輝はそういう剣の使い手だと信じていたから。
しかしそうではなかった。彼の変わり果てた姿を思い出し、考えを改める。
(あの時の彼は準備が足りなかったのだ)
私にはまだ、準備をする時間がある。もろは殿のあの喜び様を見た以上、負けに行く心構えで望むのは余りに無礼だと思っていた。再び一から、勝ちの目を探る為に思考の海に潜る。
ーーーーー
件の勝負は一日一戦、三日に渡って行われることになった。
一戦目の当日、私の得物を見た星野家剣術師範は悩んでいるように見えた。
その得物は、桂家に事の次第を説明して届けて貰ったものであった。
私は師範の様子に気付かない振りをしながら、淡々と試合へ向けて身体を動かしていた。
すると
「司暮、それは何のつもりだ」
私は手にもった得物を見て事も無げに答えた。
「薙刀ですか。今日はこれを使わせて頂きます」
よろしくお願い致します、と言って一礼する。
「俺はお前の花守としての腕試しと思ってこの役目を請け負ったのだがな」
と言って師範は私の肩に手を置いた。
「いや、考えてみれば得物の取り決めは無かったな。俺が勝手に思い込んでいたのが悪い」
「いえ、私も予めお伝えするべきでした。申し訳御座いません」
私が深々と頭を下げると
「気にするな」
と、師範は私の肩を二度叩いた。
「が、興が冷めたな。今回はお前に勝ちを譲ろう。しかし次からは刀で立ち会ってくれよ」
師範のその一連の態度は堂々としていて、爽やかさすら感じさせた。
その実、刀霊と契約している得物とは別種の得物を持ち込んだ私を非難し、まるで刀同士の立ち合いでなら絶対に負けない、と言わんばかりの台詞でもある。
私は意図した通りに事が運んだことを確信した。
師範は剣の腕もさることながら、それに見合った高い自尊心と、少々過ぎた見栄を持っていた。
人からどう見られるかを常に気にしているような人で、その日も格下である私に負けることを思うと気が気では無かった筈である。
私がいつもの様に刀を得物に選んでいたのなら気にも留めなかったであろうが、薙刀を見た時の彼は随分と戸惑っているようだった。
刀では薙刀に間合いが大きく劣っている上に、対戦経験も少なく、私の技量は未知数。ただ、大舞台で選ぶ程の得物であるから、それなりの技量を持っていると考えたことだろう。
私に薙刀の心得は殆ど無かったが、元より勝負に不確定要素を持ち込んで師範の不安を煽り、彼の口から不戦敗を引き出すのが狙いであった。
万が一にも手合わせで負けるよりも、自ら不戦敗を言い出す方が彼の格好が付くし、残る二戦の刀同士での勝負に絶対の自信があれば、一戦落とす事すら躊躇しないと踏んでいたのである。
師範が立会人に不戦敗を申し出ると、その日はそこでお開きとなった。
翌日の二戦目も私は策を弄した。内容は割愛するが、それに戸惑う師範の動きに普段のキレは無く、難なく決着が付いた。
勝利はしたものの、この勝ち方を周りがどう見るか。
(面倒にならなければ良いが)と、安堵と不安が交じった溜息を
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