第8話 東道輝
兄弟子である
その頃、彼と私は星野家に内弟子に入っていた。桂家と星野家に東道家を加えた三家は古くから親交が深く、子息は互いの道場に内弟子に入るのが通例となっていた。
私は12歳から15歳の間は東道家に預けられ、16歳から18歳まで星野家に預けられる予定であった。
霊魔に斬られて尚彼が霊魔に堕ちなかったのは、一重に彼の思慮深さの賜物であった。
堕ちる前に自死する為の毒薬を、花守として正規のルートで手に入れていたそうだ。
その思慮深さからか、彼は面倒見も良かった。
自主的な剣の稽古に付き合ってもらうのは元より、連れ立って釣りやら街やらへ出掛けたり、将棋や囲碁の指導をしてもらったり、蕎麦を奢ってもらうなどして、私は随分と良くしてもらっていた。
しかし時折、彼は私に少々厄介な頼み事をしてくることがあった。
「8歳も年下の許嫁と、どう接したら良いかわからなくてなあ」
果たして、私たちは二人で10歳の少女をもてなす為に四苦八苦するのである。私たちは彼女に付き合って、折り紙や流行り歌などを覚えたりした。
彼の許嫁は星野家の長女で、名をもろはと言った。
東道輝の遺体には真新しい無数の鋭い切り傷が刻まれていた。
「…これが霊魔の仕業なのですか。まるで刀傷ですが」
私が言うと、星野家剣術師範が応える。
「然り。同行した花守の話では刀霊堕ちだそうだ。その花守も今は治療中で話が聞けぬから、詳細が判かるのはもう少し後になるだろう。…何にせよ」
並の霊魔にやられる東道ではない、と付け加えた。
その晩は、布団に入っても目が冴えていた。
兄の様に慕っていた人が、束の間の内に変わり果てた姿となった事。
誰もが認めた剣の天才が、霊魔に斬り伏せられたという事。
自分もその霊魔たちと戦う宿命にある花守だという事。
今やそのどれもが信じ難く、自分には遠い出来事の様な気がしてくるのだが、その感覚を全力で否定するように心の奥底で何者かが叫んでいて、鼓動が収まらないのである。
私は眠ることを諦めて起き上がると、枕元の打刀・酔橋を手にとって腰に差した。
打刀の刀霊は眠そうな目を擦って、
「シグレ様は一見大人しそうなんじゃけど…」
と不満そうに洩らす。
「意外と激しいところがおありで。わしはそれが心配でのお」
と、嘆息した。
(早まるな)と言って輝殿にもよく諌められたが、酔橋も同じことが言いたいのだろう。
「大丈夫だ。これからはもう少し慎重になろう」
私は酔橋に言い聞かせて、星野邸の縁側から庭に出た。
月明かりの下、私は真剣を構えて兄弟子との稽古を思い出す。
やり込められた記憶ばかりが浮かんでは消えていくが、冷静になって省みればそれが非常に有意義な時間であったと分かる。脳裏に貼り付いた、彼の経験と才に裏付けられた一挙手一投足の意味を、私は彼を失って初めて真剣に理解しようとし始めていた。
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