第4話 最善の選択
私が手詰まりに限りなく近付いたことを予感した時、香擁の声が頭の中で鳴った。
(シグレ。儂は分かってしもうた)
物憂げな声色。
(もろは殿に何が起きているか。すべて…な)
香擁がわざわざ念じて話しかけてくるということは、この会話を聞かれてはまずいと言うことなのだろう。私も言葉を念じて、香擁に向けて
(本当か)
(うむ。短沢とか言うあの男…恐らく、儂ともろは殿を天秤に掛けて来る。その時は、迷うでないぞ)
香擁の『声』には有無を言わさぬ迫力があった。
(もろは殿を選べ。それがおぬしともろは殿が幸せになる為の、最善の選択となる筈じゃ)
(どういうことだ)
(余計な事は知らぬ方が良い)
(…わかっておくれ)
香擁は付け加えた。
途端、私の傍らに柔らかな光が溢れ出し、勿体ぶるかのように時間を掛けて…見目麗しい女人の姿を形作った。香擁がその姿を現したのだった。
(シグレや、見ておれよ)
その美貌を目の当たりにして、短沢の目の色が変わったのがはっきりと分かった。
(この男、香擁が視えている)
花守でない者でも、霊力があれば刀霊を視ることが可能である。刀霊と話をする私を見て微塵も動揺しなかったのはそのせいであったろう。
「そうでした。桂さんには特別に、別の商品もご用意させて頂いておりまして」
短沢の完璧だったはずの笑顔に、毒が混じる。
「星野もろは様に関する情報です。あなたの許婚のね…」
香擁の言葉が真実味を帯びて迫ってきた。
やはり。しかし何故この男がもろは殿のこと知っているのか。そして〈尚〉を持っているのか。
私は短沢に問いただそうと口を開きかけたが、
(それは知るべきではない)
と、香擁が華奢な手で制止した。
「その腰にある、桂家の脇差と交換であれば教えて差し上げましょう」
短沢が口元を歪めた。
「しかし大事な刀を失ったとあれば、貴方の面子が立たないでしょうから、代わりにこちらからお好きなものを幾振りか」
短沢は手でテーブルの上の七振りの刀を示した。
(この情報とやらは信用出来るのか)
(心配無用じゃ。さ、
“私は努めて冷静に、もろは殿と香擁を天秤に掛けた”
(言った通りにせよ…迷うな!迷う様を見せるでない!!)
香擁の声が頭の中に鳴り響いていた。
ーーーーー
私は、その回答を明日迄保留することにした。
短沢の条件を呑む呑まないに関わらず、先代当主へ事前に断りを入れるつもりであった。
それに、香擁を疑っていた訳ではないが、星野家への遣いが持ち帰って来る情報にも期待していたのである。
(この、阿呆めが…っ!!!)
香擁が私を本気で罵ったのは、後にも先にもこの時だけであった。
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