第3話 尚
短沢という男は年の頃30~35の洋装の男で、端正な顔立ちをしていた。
「この度は、ご足労ありがとうございます。桂さん」
それは作為を感じさせる、完璧な笑顔であった。
シャンデリアの下、洋風の豪奢な応接間のテーブルには、一目でそれと分かる名刀が七振り置かれていた。それぞれの傍らに刀霊の気配がある。
「短沢殿、失礼ですが刀霊と話をさせてはいただけないだろうか?」
「ええ、ええ。花守の方が刀霊というものを視ることが出来るということは存じております」
「ありがたい」
〈尚〉の刀霊は、着物袴の歳若い長髪の男子であった。
「尚」
私が呼ぶと、うっすらとしていた姿が徐々にはっきりと浮かび上がり、遂には現実のそれと区別がつかない程になった。座禅を組み、その目は閉じられていた。
「尚、私だ。覚えているか?」
首是。
「お前はもろは殿の刀だろう?なぜこんなところにいる?」
許婚の名を出して短沢の反応を伺うも、その表情が変わる様子はなかった。
「…答えられん」
苦虫を噛み潰したような、苦悶の表情で若者は言った。
「どういうことだ」
「…済まぬ」
「一体どうされました」
余裕の表情で短沢が言った。その心中は図れそうになかった。
「茶番はよしてください。商いが目的ではないのでしょう?」
「いえ、商売と言うのは信用が一番ですから。商売に関して嘘など言うものですか。申し出の通り、お安くお譲りするつもりですよ」
「とはいえ、ここにあるのは一級品ばかり。大まけにまけても、一振りこれくらいですがね」
提示された金額は平均的な稼ぎ2~3年分に相当した。
「尚、お前を買い取ったなら…」
それほどの大金を自由に使える筈もない。
「私を主と認め、全て話してはくれないだろうか?」
その答えが是であるならば、借金でも何でもして買い取るつもりだった。
しかし―
「あくまで我の主はもろは様のみ。もろは様の許し無くば、何も答えられぬ…」
「ということは、もろは殿が私には話すなと言われたのだな?」
「何も答えぬと言ったろう」
尚はその双眸をゆっくりと開き、その眼ではっきりと「是」と伝えてきた。
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