第2話 申し出

あれは祝言まであと二月ふたつきという頃合であった。

短沢たんざわという資産家から、刀剣を買い取らないかという申し出が来た。蒐集家であった父から受け継いだもの、借金の抵当として受け取ったものなどであるらしい。値段は相当に勉強すると付け加えられていた。

「妙だな。このような話は先に〈夕京五家〉の方へ持っていくのが理に適っているように思うが」

私は不審に思いことわったが、再度短沢から申し出が来た。

不審に思いながらも、今度は断ることが出来なかった。

蒐集したという刀剣の目録に見慣れた名を見付けたからである。

「打刀 なお」それは、私の許婚いいなずけの所持刀である筈だった。彼女もまた、花守であった。


「もろは殿はご友人と旅行へ行かれていると手紙にはあったが」

「何やら事件の匂いがしますな」


人事ひとごとの様に言ったのは打刀の刀霊〈酔橋すいきょう〉。

見た目は鶯色の羽織袴を着た小柄な老人である。白い眉毛が松の葉の様に生い茂っていて、その陰に双眸が隠れている。

私が21歳で受け継いだ〈香擁〉と違い、〈酔橋〉は将来腰に差す刀として幼い頃から手元にあった。

私は星野家に確認を取るべく人をった。電報の返事を待つよりも早い。

「行くぞ。つかいの報告は後で聞けばいい」

私は立ち上がると、〈香擁〉と〈酔橋〉を腰に差した。

「どちらへ?」

「短沢の所に決まっている。わざわざ〈尚〉を持っていると言ってきたのだ。目論みあって私をおびき寄せたいのだろう」

「罠ではないですか」

「仕方あるまい。相手の目的が分からん以上動きようもない」

「殺されるかも」

「私を殺すのが目的であれば、このように面倒な真似をせずとも他にやりようは幾らでもある」

「供は付けないのですか」

「お前がいるから、大丈夫だ」

そう言うと酔橋はカラカラと声を上げて笑った後、口を閉ざした。


タクシーを捕まえ短沢の屋敷に向かう道中、桜路町区の櫻花神社の前を横切った。

「祝言を挙げるのはこの神社ですな。下見の日に見かけた巫女はべっぴんでしたな…」

〈酔橋〉が呑気に言った。

「もろは様もべっぴんになっておられるでしょう。最後にお会いしたのは…」

「もう5年も会っていない」

「意地など張るからですよ」

「当主というのは思いの他忙しくてな」

「それではもろは様が御可哀想です」

「すぐに一緒に暮らすことになる。もう少し辛抱してもらおう」

私とて会いたくない訳ではなかった。

ただその頃の私は、色恋によっておのれが冷静さを欠く事を執拗に恐れていたのだった。当主というものは冷静でなくてはならない、と。


もう少しの辛抱とは言ったものの、事と次第によってはもう二度と殿と会うことは出来ないのかもしれないー。

嫌な予感を振り払いたい衝動に駆られたが、私はあえて最悪の事態を想像した。取り乱さない為のこころの準備。

香擁が私を心配するように見ていた。

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