0-2話 次元の魔女と即放逐
状況整理をしましょう。今起こっていること。
1、魔法ファンタジックな研究室にて、ベッドの上にトランクス一丁で寝かされています。
2、仰々しい魔法使い風衣装を着た少女に見られています。藍色の、長い髪の。というか、元凶っぽいです。
3、右半身が赤茶色のマネキンのような何かと置き換えられています。本当に、右半身が丸ごと。頭も真っ二つに。
4、何となくですが、異世界転生、というか召喚をされてしまったらしいです。そうらしいです。
「整理なんざ追いつかない」という整理だけ付きました。
悪い夢としか思えない状況でありながら、醒めていく眠気と、思考。これがどうしようもなく現実であることを嫌らしく突きつけてきます。「ファンタジーな夢だろう」で理解を拒否していた多くのことが、幻想でもなさそうだという事実は中々重たい情報量で。鵜呑みできない。汗と動悸。粗くなっていく息は生々しく。
「つーわけでな、キミは私に誘拐っつーか召喚されたわけなんだが……」
幼女はぺしぺしとぶかぶかの袖で右半身を叩いてきます。
「ちょっちょっ……!」
やめい、という風に、右手で払いのけます。すると、少なくとも僕本来の物ではない、作りものの右腕は、何の違和感もなく右腕として動きました。その違和感がないという違和感。それを自分の目で認識すると、生理的な嫌悪感が沸き起こります。違うことと言えば、関節のあたりがキシキシすること。おそらく、義手の、マネキンのような右腕の、球体関節の感触。
そういえば、右目も何の変化もなく普通に見えています。それに、口や、鼻も。耳も。???だけが頭の中を埋め尽くしていて。
「おお、さすが私。動作も問題なさそうね」
少女はこちらのこともつゆ知らず、何の気なしにそんなことを言い放ちます。
「……………」
思い切って、上体を起こしました。右半身は思った通り、違和感なく動きます。まるで生まれてこの方使い慣れてきたように。ほんとうに、なんとも言い表せない感覚。体の正中線、ちょうど、肌色と赤茶色の境目となっているそれに沿って、わずかに痛みが走りましたが、それをこらえて。そして、帽子に隠れて顔もよく見えない、魔法使い風の少女に向き直って。
「……えっと、何から聞けばいいのか……。まず、ここはどこで、あなたは誰なんですか?」
「……ん。答えてやろう。ここは君がいた世界とは違う世界、エデンガルドで、私は先も名乗ったがアウローラ。次元の魔女などとも呼ばれている。次元門の練成式と隔次元干渉術式の構築、開発者だよ」
「……………」
「そう、『何言ってんだこいつ』みたいな顔をするんじゃない。君の常識ではイタイ子供にしか見えないだろうが、こちらの常識では超ド天才ぐらいのこと言ったんだぜ?私」
「………………………」
「や、だから無言やめようよ」
そう、思ったよりフランクな口調で話す少女。言葉遣いが何となく子供っぽく、話の壮大さも相まって作り話っぽい。
だからこそ、疑いたい、ドッキリだと願いたいですが、今この「魔法使いの研究室兼寝室」という感じの、ごちゃごちゃとしたところにあるもろもろに目を向けてみれば。
子供部屋ぐらいのそこまで大きくない部屋の壁には、所狭しと並べられた本棚と本本本。机らしきものの上には書類が散乱しており、壁には走り書きのメモ用紙がずらり。また、薬品棚の中には、何か得体のしれない生き物が入っている試験管、ガラス瓶のようなものも見えます。
まっど。とてもまっどでファンタジックでサイエンティストな部屋。それでも、嘘っぽくありながら、確かにある生活感。飲みかけのマグカップ、食べさしのパンのようなもの。異臭を放っているゴミ箱。書類の山にうずもれている衣類の裾らしき影。
しかし、何かそれだけではない違和感のようなものも感じました。
それとは別に、見上げると分かったことが一つ。部屋を照らす白熱灯だと思っていたモノはそうではなく、ガラスの球体に閉じ込められた、消えない白い炎によるものでした。
「ふむ、そうじろじろ人の寝室を眺められるのも恥ずかしいんだけどね」
「え、あっごめんなさい、つい……」
「でもまあ、さすがに気付いてくるだろ?ここがキミの常識で測れるようなところでもないってこと。今部屋を眺めて、何か……気づいたこともあるだろうし」
「気づく……こと……?」
そう、今部屋を見わたして感じた、内装とか、部屋にある者とかではない別のな違和感。指摘されたことで気づきました。
「ドアが……ないですね。ドアっていうか、入口と出口」
「その通り。私には必要ないからね。そういうもの。物理的に開いて閉じるなんて概念、セキュリティが不安だから」
「は……あ……?というより、それ、僕、どうなるんですか?」
まさか、このままずっと一生閉じ込められたりとか?
「いや、もう君からもらうものはもらったから、すぐに出て行ってもらう。処置は澄んだし、動作も問題なさそうだし」
「え?」
え?
「ほい」
パチン。少女は指を鳴らしました。すると、一瞬、体を中心として何か光る円形のものが出現したかと思うと、体に布の質感がまとわりつきます。見れば、僕はいつの間にか衣服を着ていました。革製の質素な上着とシャツ、布製のズボン。とても、簡素な。遅れて、さっき見た光る円が、漫画などでよくある『魔方陣』そのものだったことを理解します。
「……!!これ……は……?」
「とりあえず衣服だよ。流石に半裸でほっぽりだすのも忍びない。それさえあれば街に出ても変態扱いはされずに済むだろう。ただし、それ以外の特殊な機能はつけてないからそこらへんはよろしく頼む」
確かに、何もないところから服が出現しました。今目の当たりにした通り。それにさっきの魔法陣。魔法、なんでしょうか?本当に?
「は……はあ……。……それより、『出ていく』っていうのは?」
「その言葉の通りだが。もらうものはもらったし、与えるものは与えたし、出て行ってもらう。私そろそろ寝るしね」
???
「いやあの、まだ僕何も分かってなくて、というかこの右……半身!一体、何がどうなって!っていうか、母さんとか、父さんとか、友達に、学校!そういうのも全部どうなって……それに、僕の……!僕……の……?」
僕の 名前だって わからなく なって
そう、確かに今、僕はそう聞こうとしました。
それによって理解します。今現在、自分の頭の中に自分の名前、過去、経歴が見当たらなくなっていることに。
「あら。君、記憶消えてるのか」
「…………」
唖然としてしまって言葉が出ません。感じだことのない不安だけが体を内側から蝕むように、湧き上がってきます。
「そうか、私の方では確認しているんだが……それは計算違いだ。……しかし、逆にそれは好都合なのではないかな?」
「……好都合?」
「うん、このエデンガルドで生きていこうというのに、元の記憶とかは邪魔じゃないか?むしろ生きやすいだろう」
「……いや、そんなわけないでしょ、じゅう……じゅう……じ、十数年分の!色々!消えて無くなっちゃ困ります!」
「困りますと言っても……帰れないんだぜ?君。だったらいらん未練抱えるより新しい生として生きていけばいいんじゃないか。女々しいなぁ」
「め、女々しい!?ていうか、今確認しているって!それは!?」
「確認はしてるが君に戻す気は無いよ。記憶はとても繊細だ。何度も切って貼ってできるようなものでは無い。質が下がるから」
淡々と、淡々と。少女は、実に当たり前のことを口走るようでありながら、「私にとってそうだから、そうだ」、とでもいうふうな言葉を繰り出します。
「何を言って……というか、元々僕の記憶でしょう!?それ?」
「奪った以上は私のものだろう?面倒くさい。ごねるようなら、これで我慢しろ」
パチン。また指がならされる音。すると今度は、肩がけ式のポーチバッグのようなものが、僕の体にかかりました。
「食料だ。これで飢えて死ぬなんてことはないよ。切れるまでに街に向かいたまえ」
「しょく……まち……?」
「さぁもう準備は整った。君に割く時間なんてそうないんでね。覚悟だけは今してくれ」
アウローラ、ぶかぶかな格好の少女はスッと右手を前に指し示して。また、同じように僕の体を魔法陣が取り囲みました。
「ちょっと待って!だから!僕はまだ何も!」
「さようなら、名もなき少年。願わくば、君に幸運がありますように」
口だけの台詞だが、といった風に彼女が別れのセリフを述べたかと思うと。いきなり纏う雰囲気を変えました。
それを見た瞬間、強制的に、黙らされたのです。生物としての本能的に、気圧されたのです。それは、彼女のその瞳を中心に発せられた、純然たる威圧感のみで。
そして彼女は、先ほどとはまるで違う、冷ややかな、重々しい口調で謎の言葉を唱えました。
『
『
耳馴染みのない横文字が唱えられた途端、まぶしいエメラルド色の光に包み込まれます。さらにはどこにも窓なんてない室内なのに、暴風が巻き上がり、床の書類が紙吹雪となって舞いあがります。
「うわあっっ!!??」
これがなんなのか問いただそうとしても、あまりの暴風ゆえに話しかけることすら敵わず、荒れ狂う風の音で自分の声すらまともに聞こえません。
それでも、なぜか彼女の声だけは透き通って、この嵐のなか、はっきりと聞こえました。
『遍く風のフローリア、アウローラの名の下に、汝を識きて、我が力とす』
『赦したまえ、認めたまえ、屈したまえ』
『其の翼を持ちて、モナドの奔流のままに導きたまえ。其の心なき意思がままに』
煌々と、エメラルド色の光が彼女の右手から溢れ出し、魔法陣へとなだれ込みます。目も開けられないような暴風の中、かろうじて開けた目に移ったのは、暴風によって持ち上げられた、大きな帽子の下に隠れる、少女の相貌。もう一度見てもただの子供にしか見えないのに、やはり、なぜかその目が持つ深淵だけは、例えようがありませんでした。
光がどんどんと激しくなり、視界までも覆われていきます。やがて、全てがエメラルドの光に閉じ込められたと思った時、背中が凄まじい力に引っ張られて一気に引きよせられました。そして、まるで乱気流の中を身一つで引きずり回されるような感覚が全身を襲ってきます。気づけばすでに辺りはさっきの部屋ではなく、大きな大きな、光の束の内部とでもいえばいいような場所にいました。
目もまともに明けられない、耳も風の音しかとらえない。
いつしか、気を失っていました。
◇ ◆ ◇
目を覚ますと、草の生い茂る地面の上でした。辺りは暗く、肌寒く、夜であることが分かりました。それから、どうやら森の中であることも。
夢が、醒めた?
しかし、寝そべった眼前に力なく伸ばされている、赤茶色の、義手。試しに、指を適当に動かそうとしてみました。すると、思った通りに指は動きました。それを目にしたとき、これが悪夢より質の悪いナニかであることを知ります。
……ゥァアウウゥーーーー……
……遠くから聞こえきたのは、鳥とも、野犬ともつかない何かの鳴き声。質の悪いそれは、まだ終わらないのでしょうか。
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