半身転生と異世界術式開発
円
0-1話 半身転生と次元の魔女
「やったぞ!実験は成功したあ!」
ぐらつく意識の中、僕が最初に聞いたのは、そんな少女っぽい声。キャッキャと跳ね回るような、そんなとても愉快で痛快で楽しそうな声。
瞼の裏の暗闇の中、最初は何が起こっているのか分かりませんでした。
ついさっきまで、僕は学校からの帰り道についていたはず。いつもと何ら変わらない、親しい友達と、くだらない話をしながら、夕焼の中。
何が起こったんだろう…?うまく思い出せない…。
やがて、わずかに聞こえてきた声も遠ざかり、浮上しかけた意識はまた沈殿していきます。それからは時間の流れもわからないままに、夢のような意識の底へと向かっていきました。
走馬灯を見るようでした。
ついさっきから遠い昔まで、順々に戻り戻って。帰り道、今朝の朝食、先月の試験、去年の旅行、子供の頃の……と。
酷くホラーな走馬灯でした。それというのも、記憶の中に浮かぶ人々の顔がわからない。一緒に帰った友達の顔が思い出せない。試験のとき、周りにいたクラスメイトの顔が思い出せない。旅行に一緒に行った家族の顔が思い出せない。声も、名前も。記憶にとても濃いモザイクをかけられたようで、とても恐ろしく、気味が悪い感覚。
あれ? ここは? 僕は? どこ?
一向につかめない状況から脱するため、重い瞼を無理やりこじ開けようとします。すると、光がゆっくりと目の中に入ってきました。開いていた瞳孔は驚いて縮こまります。ピントが合わせられるように、視界がはっきりと輪郭を帯びてきます。
「…………」
僕は何かベッドのようなものの上に寝かされていました。目の前には脱ぎ散らかしたパジャマのようなものがあります。ピンク色の、子供用らしい。わずかに匂いがしました。
少しの肌寒さ。素肌に触れるシーツの感覚。腰回り以外にそれらがあり、どうやら、僕は下着以外は着ていないらしく。いつの間にか、脱がされたのでしょうか?
病院?いや違う。
ぼんやりとした視界で周りを見てみると、所狭しと並べられた本棚や、ガラスの便や試験管が並ぶ薬品棚のようなもの。床にはゴミやら書類やらが散乱していました。くわえて、脱ぎ散らかされた子供サイズの衣服。
なんとなく、研究室っぽいところでした。いや、というより、研究室と子供部屋の寝室が無理やり一つにまとめられたような、そんな部屋です。
そして気づきます。ただひとり、今この部屋にて動いている存在。目でとらえたその横顔は、まごうことなく幼い少女のもの。そう。少女でした。藍色の、長い髪をした、幼いながらに綺麗な。
ただ、その恰好はいささか特殊でした。身の丈に合っていない、大柄の男性が切るような紺色のコートを、本来胴体にあたるらへんから床に引きずり、頭には仰々しい、星をモチーフにしたアクセサリーをふんだんにあしらった紡錘上の帽子。RPGとかに定番のキャラクター「魔法使い」はランクアップするごとに衣装が派手になっていきますが、それの最終段階にもう一つ無理やり上を作ったような。そしてそれを年端もいかない少女が無理やり着て、いや、引きずっています。背丈から見て、12歳くらいの子が。なんといえばいいのか、ちぐはぐ感。
ただ、帽子の影に隠れているその顔の、その青い瞳だけは、子供が出せるようなものではない、なんというか、老婆のような、据えた色をしていました。
変な夢を見ているのかな?
そうとしか思えません。
寝ぼけ眼のまま、ぼーっと彼女の方を見ていると、彼女がこちらに気づきました。瞬間、その目を輝かせて。
「お!起きたか!そのまま楽にしていると良い。実験こそ終わったが、今の状態で動き回ると最悪、つなぎ目がほどけて君の体が縦に割れるぞ?」
???
少し不思議なイントネーションでその言葉は聞こえました。
それより、何を言っているのかこの子は?つなぎ目?つなぎ目とは?
縦に割れる?人体は縦に割れるようにはできてなんかいな…
「ほら……鏡を見てみると良い。生憎君の体の半分は私がもらい受けたが、代わりとなるものは私が練成しておいた」
体の半分は云々。奇怪なことを口走りながら、少女は僕に、側の机の上から取った大きめの手鏡を向けます。そこに映っていたのは。
鏡に映っていたのは、肌の感覚通り、服こそ下着以外脱がされていましたが、なんとも変わらない、普段の僕の姿でした。黒髪で、特徴のない顔立ちと体つきの……。
……そう、半分だけは。
今、僕は寝台に左半身を下にした状態で寝転がされています。そして、もう片方の右半身。それは、
僕のつむじからへそにかけて垂直に、一直線を引いた右側が、全て綺麗に、
違う。皮膚ですらない。
いわば、赤茶色をした、精巧に作られた僕の右半身の複製。僕の右半身をスキャンコピーして、それをもとに3Dプリンターで出力したような。
顔も、そのまま僕のモノです。違うのは、つむじから顎の中央にかけて、肌の色がきれいに、肌色と赤茶色で分かれていること。右側の髪も、眼も、鼻も、口も、形は何ら変わらないのに。今もちゃんと髪の感覚はあり、目は見え、耳は聞こえ、鼻と口で呼吸はできているのに。右側だけが細胞ではない、別の素材でできている。それらすべてが、髪も、瞳の色も含め、僕が知らない赤土のような色に染まっている。
質感としてはマネキンに近く。というか、よく見てみれば、関節部分はマネキンの様に球体状になっていて。
そんなナニかが僕の右半身部分と置き換わっていました。ちょうど、SF映画などであれば、半身を全て機会に置き換えたサイボーグの様に。
ドッドッドッドッドッドッドッドッ
心臓が激しく暴れていました。頭の中では「なんて悪い夢だ」という考えを信じようとしています。それでも「おかしさ」をさすがに感じ始めていました。
「おかしさ」とは「夢らしくなさ」。
吹き出る汗、シーツの質感、薬品の匂い、はっきりとした視界、リアリティ、エトセトラ…。そして、完全に「別物」でありながら、「自分の物」のように動く右半身。無意識的に、右手を眼前に持ってきて、グーパーと、握って開こうと脳が考える。すると、赤茶色の右腕は、そう考えた通りに動く。まるで、もともと僕の体だったように。
それに加えて、彼女の声を聴いてからずっと感じていた違和感とその正体。その違和感とは、彼女が発音しているのは確実に聞いたことのない言語なのに、僕がそれを日本語の様に、母語の様に認識していること。
これらの感覚が、どうしようもなく、これが夢のようなただの幻覚ではないのではないか?ということを、つぶさに語っているのでした。
そんな僕のことなど気に掛けた様子もなく、少女はにこやかに。
「大丈夫だ。その半身のおかげで、キミはギリギリこの世界の存在になっている。だからイレギュラーとして弾かれずに済むし、世界からの加護も受けられる。それに言語情報を置換する術式を頭の中に仕込んでおいたし、右の方の心臓が最低限の魔力も生み出し続けてくれる。よって日常生活に困ることは…まあ、あるだろうが、そこまで厳しいものではない筈だ」
いつの間にかベッドまで歩み寄ってきた少女は、朗々と訳の分からないことを語り続ける。加護、術式、右の心臓、魔力…ずいぶんとファンタジーなワードが勢ぞろいしていました。夢みたいです。悪い夢。夢であってほしい。
それでも、念じれど、瞼を閉じれど、腹のあたりに力を入れど、この状況が醒めることはありませんでした。
「ぁ…あの……」
「……!おお!もう声を発せるようになったのか。それは適合が早いな。さすが私」
勇気を出して、夢を見ているという体を崩し、元凶らしい少女に話しかけます。
聞きたいことは山ほどあるけれど、そうするのはこれが現実だと認めるようで、高いがけから足を踏み出すように怖い。
でも、聞きたかった、聞かなければならなかった。「今」と「現状」が何なのか、知らずにはいられなかったから。
「ぇ……。えっと、これは……現実ですか……?」
「……。クスス。そうだよな。そちらの世界では、そもそも術式自体が無いのだものな。ああ、その通り。今君が見ているすべては本物で。君はこの私、アウローラが世界を超えて誘拐させてもらったものだ」
アウローラと名乗った少女は、それはとても、とても、誇らしげに。あどけない笑顔でそう言い放ちました。
「……………………」
目が醒めていく感覚。背筋が冷えていく感覚。嘘のようなセリフなのに、それが
人間、本当に今まで見知ってきた光景や、常識をすべてナシにされるような状況を目の当たりにしたときって本能的に恐怖するらしいです。事実、今僕は極刑を言い渡された囚人のような気持でした。
どうかこれが、悪夢でありますように。思わずグッと握りしめたのは、利き手である右手。球体関節のキシキシときしむ感覚に、僕は鳥肌を立てました。
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