第2話 計画
確かに、魔導士の勤務形態は、5勤2休が基本だ。
正確に言うなら、1任務終了後、2日休み。連続任務だった場合や、長期任務だった場合は、更に二日か三日、休みがもらえる場合もあるが。
実際、シロメが目覚めたあの騒動の後は、リードも4日間の休みをもらっている。
夕食の香ばしい匂いを横に感じながら、リードは、ユキに空返事をしていた。
―そういえば……事務局で、次の仕事もらってねェな~……―
レタールの家のソファはとても座り心地がよくて、疲れた体を簡単に眠りへと誘う。
「リードぉ、ユキちゃん!お待ちどうさまぁ、夕飯だよ~!」
疲れなど、微塵も感じな入れタールの声に、リードは、でかかった欠伸を止めて、ユキを腕に抱え、ダイニングへと向かった。
「おい、レタール」
イスを引くと同時にかけた声は。
「リード、ユキちゃんにスタイつけたげて」
忙しそうに、台所へと戻っていったレタールの拒絶オーラに遮られ。
数種類の調味料を両手に戻ってきたレタールヘ、もう一度口を開くが―――。
「さて、ユキちゃん、いただきますのあいさつしてくれる?」
リードを完全無視した態度に、見事に阻まれた。
「きょうもおいしく、いただきます!」
三十分前に起きたとは思えない、元気のいいユキのあいさつと共に、今夜の夕食が始まった。
ユキ専用の、持ち手が太めのスプーンで、必死に夕食を頬張る姿に、二人の視線は集中している。
「おいしい?ユキちゃん」
「おいしぃ~」
持ち手の先に、ぞうさんのついた、ユキお気に入りのスプーンを、ぎゅっと握り締め、レタールに幸せそうな笑みを向ける。
両方のホッペに、しっかりおべんとうをくっつけて。
「待て、ユキ。顔で飯食ってる」
自分の左にいるリードに、顔だけ向けるユキと、面倒くさいという顔をしながらも、しっかり面倒を見ているリードの姿は、どう見ても、親子以外の何者でもなかった。
テーブルの向こうで、笑いを堪えるレタールに気づいたリードは、少しだけ頬を染めて、彼を睨みつけた。
「何だよ、レタール。何か言いたそうだな」
「いやぁ?別にィ~」
子どもに振り回される新米パパっぷりを、最近、少しだけ自覚しているだけにかなり恥ずかしい。
「よかったねぇ、ユキちゃん。パパとご飯一緒にできて」
「パパって言うな。むしろ、お前のが、パパみたいじゃねェか」
反論も、心なしか弱腰だ。
「俺のは先生。リードのは、親心」
自信満々で言い切られると、なんとなく、そういう気がしてくるから恐ろしい。
この男と問答していても仕方ない。リードは、負けをごまかすように話題を変えた。
「そんで?連休って、何のことだ?」
「何って、世の中連休なんだよ?リード」
フォークを持つ手でリードを指差し、レタールは、深刻な顔を作る。
そう、ライトレーク国は明日から連休。
「創国祭の連休だろ?それくらい、知ってるっての」
建国記念日を真ん中にはさんで、前後三日。合わせれば、七日の連休が始まる。
祭を稼ぎ時とするところもあるが、多くの仕事は休みになるため、学校関係も、七日間は休みとなる。
が、しかし――――。
「魔導士は関係ねェけどな」
そんな理由で、魔導士が仕事を休んだら、妖魔は、七日間好き放題だ。
魔導士の使命は、一般市民の安全を守ること。祭りも祝日も、関係ない。
「大丈夫!」
リードの向かいで、レタールは、得意げに笑った。
「な、何がだよ?」
きっとろくな事を言わない――――リードの本能が、そう訴えていた。
「そんなリードの為に、有給休暇、取ってあげたから」
「有給休暇だぁ~?!」
声といっしょに、イスが音を立てた。
テーブルに両手をつき、身を乗り出して、信じられないという目でレタールを凝視する。
「そ。有給休暇。一週間のね」
いつもと変わらぬ笑みで、レタールは、淡々と食事を進めていた。
二の句が継げないでいるリードを置いたまま。
「ユキちゃん、ブロッコリーを避けないの」
「いやぁ~あ」
「ホラ、この小さいやつでいいから、一口食べなさい」
「あ~~ん」
目をぎゅっと閉じて口を開けるユキに、レタールは、テーブルの向こうから手を伸ばしている。
「何、ナチュラルに話を終らせてんだ!」
「あぁ、そっか。連休の計画話してなかったっけ」
立ち上がったままのリードが、思い出したようにつっこんでも、レタールは、とぼけた笑顔を向けてくるだけ。
確実に分かってボケている。
怒りを感じながら、怒る気は失せていた。
「そうじゃねぇよ。何で、お前がヒトの有休勝手に取ってんだ?!」
「何でって……親切心?」
「ちがうっ!有休の許可申請なんて、本人の署名で、本人が直接持ってかなきゃ、受け付けてくれねェだろうが。代理人の場合、また別に書類が必要な上に、本人との関係が分かるモノだって見せなきゃなんねェし!」
有給休暇の事務手続きの方法を述べてやれば、レタールは、ユキにブロッコリーを食べさせたあとで、リードに、悪戯な笑みを向けてきた。
「本人署名の申請書なら、リード、十日前に書いてもらったでしょ?ここで」
「十日前……?」
レタールのセリフを繰り返し、リードは、テーブルを見つめて眉を顰めた。
ゆっくりと思い出してみる。
十日前といったら、前の任務から帰ってきた日だ。二日間の休みの、前の日。その仕事も、さすがに高等魔術師が受け持つだけあって大変で、今日のように疲れきって帰ってきた覚えがある。
―そういえば、あの日、レタールに……―
このダイニングテーブルで、あの日、確かに。
『リード、帰る前に、そこの書類、サインしてってね?』
『下んとこか?』
『そう、頼んだよ。パ~パ』
『パパって言うな!』
確かに、何かの書類にサインをした。
―あれって、パペットランドのおたよりじゃなかったのか?!―
書いてある内容もチェックしないで、確かに二枚サインをした。
テーブルの向こうで、楽しげに笑うレタールの声が聞こえる。
「だぁから、サインの前に、記載内容はチェックしないと。ねェ?リード」
「でも……何で、お前が持ってって受け付けてくれんだよ?俺との関係が分かるものなんてねーだろ?!」
「何言ってんの、リード。俺を誰だと思ってるわけ?レタール=オーランドだよ?チーフの関係者だよ?そのへんは、顔パス」
勝ち誇った笑顔が、憎らしい。
「いーのか、事務局……」
「それに、ユキちゃんも一緒だったし。顔知られてたよ?ユキちゃん。リードのとこの従魔だってサ。シロメだとは思ってないようだけど。アメちゃん貰ったんだよねェ?ユキちゃん」
不貞腐れるリードの隣で、ユキは、うれしそうに笑っている。
レタールに至っては、この上なく満足そう。
「俺なのか?俺が悪いのか?」
イスに座りなおして、自問自答してみる。
サインをしたのは、間違いなく自分だ。
書面に目を通さなかったのも、自分。
「これで、一つ賢くなったねェ、リード」
「……ためてた有休が……」
誰のせいなのかは、もう、どうでも良くなってきた。
一年分の有休のほとんどが消えてなくなったことのほうが、リードには、ショックだったらしい。
「お出かけするんだよね~?てんてぇ?」
相当楽しみにしているのか、ユキはこの上なくご機嫌だ。
「祭なら、二人で行って来いよ。俺は働いてるから」
もうほとんど投げやりな態度で、リードは、パンの最後の一切れを口へと運んだ。
正直、この創国祭の期間中、ビガラスにいたことのないリードにとって、七日も続くお祭騒ぎに興味がないといえば、うそになる。
仕事で行き先々でのお祭なら、目にしたことはあるが、当然、妖魔の被害に遭っている場所であるため、例年より規模は縮小されている。
夜も早々に店じまいをしてしまって、おおよそ、普段と変わりない。
お祭騒ぎは嫌いじゃない。
妖魔の出現がほとんどないこのビガラスで、一体、どんな賑やかなお祭が催されるのか体験したい。
出店の匂いや、人々の笑い声、軽快な音楽――――魔導士の日常とは反対の世界だ。
そして、何より、祭になるときれいな女性が増える。
「あれェ?リード、もしかして、お祭のために俺が有休取ったと思ってる?」
ビガラスの町にあふれる美しい女性たちを思い描いていたリードは、レタールの声に、我に返った。
「そうじゃねェのかよ。ユキ連れて、三人で行こうとかいう話だろ?」
緩みかけていた口元をごまかすように、リードは、ワインの残るグラスへと手を伸ばした。
食べ終えた皿を持って立ち上がるレタールは、まだ何か企んでいるような顔で、リードを見下ろしていた。
「もっといいコト」
「お前が言うと、恐ろしく悪いコトのように感じるのは、気のせいか?」
台所へと消えていくレタールの背中に、リードは、小さく吐き出した。
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