かわいい従魔の育て方Ⅱ

第1話 レタール=オーランド

 リード=シーク・二十三歳。カクテュス大陸、ライトレーク国・首都、ビガラス在住。職業・魔導士。ランク=マスター。

 ライトレーク国、№1といわれるほどの腕を持つ、天才魔導士。

 ユキ・年齢不詳。見た目、三歳。魔導士・リード=シークに召喚されたと思われる、役立たずの妖魔。ライトレーク国・首都ビガラスにて、シーク家に居候。パペットランド・ゾウ組所属。

 シロメ・年齢不詳。およそ、百五十歳。九十年前、リードの曾祖父、初代・リード=シークと二年間、生活を共にした、生意気な妖魔。

 妖魔であるが故に、手放さざるをえなかった、二人の日々を、ずっと待ち続けていた、幼い妖魔。



 嫌いなモノ。



 牛乳とブロッコリー。



 プラス―――――。



 リードの友人、レタール=オーランドの祖父であり、ライトレーク国の最高位魔導士・ラーゲル=オーランド。



「俺は、やめた方がいいって言ったんだけどねェ……」

 リードの正面に座るレタールの顔に浮ぶのは、それでも、いやに楽しげな笑みだった。

「いや、ホント、見事に尾を引いちゃってさ~」

 レタールの経営するパペットランドの、すぐそばにある彼の自宅のリビングで、リードは、ユキを膝のうえに抱えていた。彼に抱きついたまま眠ってしまった、小さな小さな同居人を。

 安心したような表情を浮かべて、頬や目の周りに涙のあとを残して、ユキは、リードの背中に精一杯腕を伸ばし、深く深く眠りに落ちている。

 起きる気配は全くない。

「何かの嫌がらせか?」

 不機嫌な顔をレタールに向けるリードは、それでも、ユキが膝から落ちないように、小さな背中に腕を回していた。

 レタールには、彼の顔が、最近どうも、過保護な親に見えて仕方なかった。

「だいたい……何だって、俺の帰ってくる日に合わせんだよっ?!」

「……や、それは偶然……」

 事の起こりは、本日、午前十時三十分―――――。



 パペットランドに、一人の老人が訪れたことから始まった。



 パペットランドの責任者であるレタールは、訪れた老人を、一応、園長室へと通すと、説得を試みた。

「ねぇ、分かってるとは思うけど……ここ、リードんとこのユキちゃん、いるんだよ?」

 老人は、レタールの半分呆れたような物言いに、少しだけ眉間にしわを寄せた。

 何も答えず、出されたお茶をすすると、テーブルの向こうからため息が聞こえる。

「自覚してると思うけど……嫌われてるからね?じい様」

 事務局での一件によって、シロメの中で、最高位魔導士であるレタールの祖父・ラーゲル=オーランドは、完全に敵と見なされた。それは、普段の姿であるユキにとっても同様で、名前を出すだけで、リードの腕の中へ逃げ込む始末。

「泣き喚くだけで済めばいいけど、シロメに覚醒でもされたらどうすんの?俺、止めらんないよ?」

「私も最高位魔導士だ。妖魔の一匹くらい、何とかなる」

「一歩も動けなかったヒトが何言ってんの?説得力ないよ?」

「これは、前々から計画されていたことだ。ビガラスの施設の中で、ここだけ訪問しないわけにはいかん」

「知らないよぉ?ユキちゃん、今、リードの帰りが遅れてて、ご機嫌ナナメだから、何が起こるか……」

 最悪の事態を想定しながら、レタールもラーゲルも、子どもたちの待つ遊戯室へ向かった。

 あくまでも、普段の様子を見るという目的のため、遊戯室の子どもたちは、いつも通りに走り回って遊んでいる。

 先生が数人と、子どもたちが二十人足らずの、小さな保育所全体を―――――。


「みんなぁ。魔導士の中で、一番、強いヒトが、遊びに来てくれたよぉ」


 ラーゲル=オーランドは、その日―――――。


「……う、うわぁ~~~~~!!」


 思ったとおりに、大音量の泣き声を上げたユキのおかげで、やはり、思ったとおり、敵に回したのだった。



 一番近くにいた先生ではなく、わざわざ、ラーゲルの隣にいるレタールのところへ駆け寄って足にしがみついたユキは、ラーゲルが帰った後も、泣くのを止めなかった。

 ラーゲルを発見したとたんに泣き喚いたユキに触発されてか、パペットランドの子どもたちの頭の中には、『ラーゲル=怖い人』というイメージができあがってしまった。

 その後、子どもたちのフォローに苦労したことは、言うまでもない。



 そして、ユキは今、泣きつかれて眠っている。



 リードが、予定より二日遅れて帰ってきたのが、一時間ほど前。

 時計の針は、今、午後四時を知らせていた。隣のパペットランドは、今ごろ、お迎えラッシュだろう。

 本当は、このラッシュが過ぎるまで、一人でリビングで待たせてもらうはずだった。

 が、窓の外を行くリードを目聡く見つけたユキが、彼のところへ行くと、どうにも言うことを聞かなくなったため、仕方なく連れて来られたのだ。

 安心して泣き止んで、ウトウトし始めたのが、三十分ほど前だった。

 リードは、帰ってきて、もう、五度目になるため息をついた。

「今日は泊まってく?明日、休みだろ?」

 友人の疲れた切った姿に優しく微笑んで、レタールは、コーヒーのおかわりを注いだ。

「あぁ。もう、帰る気力ねェよ。腹は減ったし、ユキは寝てるし……」

「夕食までに起きるかなぁ?ユキちゃん。お昼寝もしてないんだよ~」

「起きるんじゃねェ?寝ぼけてるだろうケドな」

「まぁ、明日からしばらくリードも仕事休みだし、寝て起きたら、機嫌も直ってるかな~?」

 眠り続けるユキの頭をひと撫ですると、レタールは、イスにかけていたエプロンを手に取った。

「じゃ、俺、パペットランドに戻るから。帰ったら、連休の計画話そうね?」

「は?連休?」

 訝しげな顔をしたリードに意味深な笑みを残して、レタールは、ぞうさんのアップリケ付きのエプロン片手に家を後にした。

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