第7話

 テラスのようになっている、中庭に面したローカを、リード、レタール、シロメの三人は並ぶようにして歩いていた。

 三メートルほどの間隔をあけて建つ柱が、大理石のローカに影を落としている。

 三人分の靴音が、静かなローカと中庭に響いていた。

「やぁ~、なぁんか魔導士っぽかったねぇ、リード」

 楽しげなレタールの顔は、どこか、リードをからかっているように見える。

「魔導士っぽいって何だよ?俺は、魔導士だ」

「でも、ホントにカッコよかったよ~?さすが、マスター。怖いもの無しってカンジ?」

「別に怖かねーよ。お前んとこのじいさんじゃん」

 小さいころから、レタールと遊ぶたびに会っていた。リードにとっては、チーフというよりも、近所のおじいさんというほうがあっている。

「いや、じい様じゃなくってサ」

 レタールの言わんとするところに気がついて、リードは、小さく声をあげた。

「あぁ……。だって、よく考えてみろ?元が、ユキだぞ?」

「お、さすが、パパ」

「パパって言うな!」

 前にいる二人のおかしな会話をBGMに、シロメはずっと、リードの後ろ姿を見つめていた。

 途惑ったまま、戻れないのだ。ココロが、もやもやする。確かにあの日、九十年ぶりにこの世界に来た日、あの人の力を感じて、ブレスレッドの石は青く光った。うれしくて、でも、あの人を驚かせてやろうと思って、九十年前よりも幼い姿で現われた。意志も記憶も、ゼロに戻して、もう一度、一から家族になるために。今度は、きっと素直な自分で、あの人に何もかも伝えるために。

 しかし、身の危険に元に戻ってみれば、居たのは、目の前のこの男。

 あの人とは、似ても似つかないのに、リード=シークだと言い張った。リードの存在を、あの日々を、すべて否定された気がした。正直、喰い殺してやりたいくらいに腹が立った。

 でも、リードとは、もう逢えないと知って、そんなことすらどうでもよくなって。

 それが、さっき、目の前のこの男を「リード=シーク」だと感じた。

 ワケがわからない。どうしても、それを受け入れられない。

「……おい!」

 何故か、シロメは彼を呼び止めていた。

 リードとレタールが、足を止めて振り返る。

 声をかけたはいいが、シロメは、何をどう話したらいいのか分からず、決り悪そうに俯くしかなかった。

「何だよ?」

 リードが、訝しげに訊いてくる。

 黙ったままで俯いていると、ふと、繋いだままの互いの手が目に入った。

「……手」

「あ?」

「手っ!いつまで繋いでんだよ?!」

 噛み付くように飛び出した言葉。

 リードは、もう、動じてはいなかった。

「あぁ、これか?」

 リードが、繋いだ手を少し持ち上げた。そして、口の端を上げて、得意げに笑う。

「先代から受け継いだ、迷子防止。お前のな」

 再び前を向くリードを、シロメはもう一度、呼び止めた。今度は、きちんと伝えるために。

「おい!」

「今度は何だよ?」

「仕方ねーから、お前でガマンしてやるよ」

「あ?」

「リードの子どもなんだろ?だったら……責任取れよなっ」

 言い終わると、シロメの体は光に包まれた。

 繋いでいたリードの手が、空を掴む。

 やがて、光の収まった中にいたのは、青目に黒髪の――――。

「りーどぉ~」

 ユキだった。

 足に抱きつくユキを見て、リードは、ようやく理解した。シロメの残した、言葉の意味を。


――俺の家族に『なってやる』ってか?ホント、かわいくねー奴。


 そして、訂正しなければならない箇所が一つ。

「俺は、子どもじゃなくて曾孫だ」

「りーど、だっこぉ~」

 ニッコリ笑って両腕を伸ばすユキに脱力しつつ、リードは、何か、くすぐったいものを感じていた。それは、シロメに「リード=シーク」だと、少しは認めてもらえたせいなのかもしれない。

 帰り道、リードに抱っこされたユキは、この上なくご機嫌でワケのわからない歌を歌い続けていた。

 あの日、一ヶ月と六日前、ユキと出逢った。

 何かの間違いで召喚してしまったのだと思った。全く役に立たない、幼い従魔を。

 しかし、ふたを開けてみれば、思いっきり生意気な伝説の妖魔。

 リードは、家へと歩きながら、先代の言葉を思い出した。先代は、シロメにブレスレットを渡しながら、確かに、こう言っていた。


――『お前にあげる。俺がシロメを呼ぶときには、ここの石が青く光るから』


 シロメを、ユキを召喚したのは、間違いでも偶然でもない。


――シロメを呼んでも大丈夫……ってことか?ずいぶん、信頼されたな、俺。会ったことすらねェのに。


 日誌がシーク家に戻ったのも中を見ることが出来たのも、文字が読めたのも、きっと、シロメを預ける環境が、あの家にそろったから。

 自分では分からないところで先代が見ていてくれて、見える形で認めてくれたのだ。二代目・リード=シークだと。


――ヤバイ。かなり嬉しいかも。


 にやけそうになる口元を片手で押さえ、リードは、ずっと、前を見つめていた。

 我が家が見えてくる。

 先代が一人で開けた家の扉は、改装後も、あの日のまま、変えられていない。改装するときに、この扉を変えないでほしいと言ったのは、確か、自分だったことをリードは思い出していた。

 何で、この扉を気に入っていたのかが、今なら分かる。

 いつかきっと、シロメとこの扉を開ける――――先代の想いが、知らないうちに、体に流れていたことを知ったから。

 リードは、ユキを抱えたまま、荷物を落とさないように慎重に開ける。

 中に入ってユキを下ろすと、ユキは、元気よく奥へと走っていった。

 後ろ手に扉を閉めて、リードも、ユキの走っていったリビングへと向かう。

 もう一つ、リード=シークとしてやっておくことがある。ユキを育てる者として。

 シロメともう一度会えたときに、先代が解くはずだった柱の封印。

 ユキはソファに座り、また「おさんぽぞうさん」を開いて暗唱している。

「なぁ、ユキ」

 柱の前でユキを振り返る。

「なぁに~?」

「ユキは、俺のことをどう思ってる?」

 あの日の問いを、リードからユキへ投げかける。

「つきぃ~!」

 絵本から顔を上げ、迷いなく返した答えに、少々気恥ずかしい反面―――――。


――ずいぶん、丸くなったな、シロメの奴……。


 思わずにはいられない。

 改めて柱に向かえば、少し下に、いくつものキズが、横に走っているのが見える。間違いなく、日誌の中で見たとおりの柱だ。膝をつき、そっと触れて、施された術を確かめる。

「ユキ……」

 ボンヤリと、リードが、ユキを呼んだ。

「なぁに~?」

「ちょっと、こっち来てくれ」

 駆けて来たユキが、両膝をついて座るリードに、元気よく抱きつく。

 小さな頭をひと撫でしてから、リードは、柱を指差した。

「ここのキズのとこ、触っててみな」

「こう?」

 腕を伸ばすユキを抱きかかえ、キズがユキの正面にくるようにしてやると、リードは、空いている片手で、宙に魔法陣を描いた。さわやかな青色の風が、ユキの手を通り、柱へと消えていく。

 すると―――――。

「わぁっ!」

 驚くユキの手の中に、あの日の写真たてがあった。写真の中に、楽しそうに笑う先代とシロメがいる。


――こいつと一緒に解く、封印術だったんだ。やっぱ、すげぇな。……あれ?


 ふと見ると、ユキの足元に、小さく折りたたまれた紙切れが落ちている。

 写真たてを不思議そうに眺めているユキを抱えて、リードは、ソファへ移った。

 テーブルの上に置いた写真たてを、おもしろいくらいに凝視するユキを足元に下ろして、リードは、浅く腰掛けたソファで、四つ折にされた紙切れを広げた。滑らかな字体で、短い文章が記されている。

 紙に目を落としたまま、リードは、顔を上げられなかった。

 日誌の中の文字と、同じ字体。これは、紛れもなく、先代が書いたものだ。

「ユキ、お前宛だ……」

 何とか声にして、振り返るユキに先代からの手紙を渡す。

 しかし、ユキは、紙を見て小首を傾げている。

「りーどぉ、ゆき、よめない」

「それもそうだな。また、読めるようになったら読めばいい」

 笑って頭を撫で、リードは差し出された手紙を、ユキの服のポケットに入れた。

「ねぇ、りーどぉ、これだあれ?」

 ユキは、写真の中の二人に興味津々だった。

「先代だよ。俺と同じ、リード=シークって名前の天才魔導士だ。一緒に写ってる小さいのは、先代の大事な人」

「そっかぁ~。……ねぇ、りーどぉ、ゆきも、こういうのほちぃ!」

「そうだな。撮りに行くか、記念に。カメラ持って、レタールのとこ行こう」

 少しだけ共感できるようになった、小さな家族と一緒に。

「わーい、おでかけ~」

 紺の上着を着て、ソファに投げたままの赤い綿の帽子をかぶり、ぞうさんカバンを肩から斜めにかけたら―――――。




『大好きなシロメへ。


 遅くなってごめんね?

 約束だ。さぁ、家族になろう』          


ー第1章:ENDー       

and continue……           

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