第5話 妖魔と魔導士

 足が地を踏みしめた感覚にリードが目を開けると、そこは緑の森の中だった。

「どこまで連れてくんだよ、リードぉ~」

 聞いたことのあるセリフに振り返れば、先代に手を引かれてやってくるシロメがいた。

 最初に聞こえてきた声だ。

 よく見れば、先代は、何故か辛そうな顔をしている。服装も、今までのような普段着ではない。襟の高い赤の半そでの服に、黒のズボン。襟の片側に若草色の留め石をつけ、左手首に、水色の薄い長方形の石をつけた黒い皮のブレスレッドをしている。

 二十年前まで着用されていた、魔導士の正装。

 若草色の留め石と水色の石のブレスレッドは、当時の高等魔導士の証だった。

 そんな格好をして、一体どこへ向かうのだろう。

 目の前を、自分に気づくことなく通り過ぎていく二人の後を追って、リードも森を奥へと進んでいった。

「なぁ、リードってば~」

 七分丈の袖から覗く、シロメの腕のあちこちに傷が見える。腕だけではない。顔にも、痣やら切り傷やらが見て取れた。

 決して少なくない傷に、リードは眉を寄せた。

 妖魔同士の争いでないことは、一目瞭然だった。それならば、もっとひどい怪我をしているだろう。

「あと少しだよ」

 明るく優しい笑みを浮かべて、先代は、半歩後ろを歩くシロメを振り返った。

 すぐに目に付く傷痕と手当ての痕が、彼の胸を締め付ける。

「キズ、平気か?」

 リードの声のトーンが落ちる。

「え?あぁ、別に。こんなのキズのうちに入んねぇって」

 心配させないようにと、シロメが、元気のよい笑顔を見せる。

 二人の手は、しっかりと握られていて、笑顔を浮かべた姿は楽しそうで幸せそうなのに、リードの目に映る先代の様子は、どこか、おかしかった。弾む会話が、浮かべる笑顔が、何故か、無理をしているようで。

「なぁ、リード?」

 シロメが、遠慮がちに声をかける。

 二人の後をついていくリードですら、気づいたことだ。ずっと傍を歩いてきたシロメが、気づかないハズはない。

「どうした?」

 訝しげな顔をするシロメを、先代は優しく見下ろす。

 上目遣いに見上げて、シロメは、言葉を繋いだ。

「あのサ、俺ホントに、このキズ平気だからな?もう、どこも全然痛くないし。だからサ、申し訳なさそうな顔すんなよ」

 思わず、先代は足を止めた。

 合わせるように、シロメの足も止まる。

 驚きに僅かに目を見開いて言葉なく立ち尽くす先代を、シロメは、不思議そうに見上げた。

「ナニ今更、図星つかれて驚いてんの?」

「……あぁ、そうだよな」

 先代が苦笑いを浮かべて、二人は、また歩き出す。

「ヘンなリード」

 緑の森を、ずっと奥へと。

 時を惜しむように話をする先代の横を、シロメは、何も疑わずに手を繋ぎ、歩いていた。

「なぁ、シロメ」

 聞こえたのは、森を渡る風のように穏やかで柔らかな、先代の声だった。

 前を見つめたままの顔は、後ろを歩くリードからは見えない。

「なにぃ?」

 シロメも、前を見つめたままで答えた。

「お前は俺のコト、どう思う?」

 言う相手が違えば、もしくは、取りようによっては、告白とも思えるセリフ。

 リードは、眉を寄せて、先代を見つめた。

「は?ナニ言ってんだよ、リード!」

 シロメは、思わず足を止めた。

「だぁから、シロメは、俺をどう思ってんの?」

 シロメに向き直った先代は、先ほどよりも、明るく軽い口調で繰り返した。

 シロメは、照れて俯いたまま、答えに困っている。

 先代が、幸せそうに笑った。

「俺は、シロメのことが大好きだよ?大好きで、大切な友人だ。お前は?」

「俺、俺は……一緒にいたら、すげぇ楽しくて、なんかくすぐったいカンジで。よく、わかんねェケド……きっと、兄ちゃんとか父ちゃんとか……ともだち、とかって、こんなのかな、とか……思ってる……」

 これが、シロメの精一杯の感情表現。

 先代の口から、笑い声が零れた。

 シロメが口にしなかった言葉を、しっかり受け止めて。

「ありがと、シロメ」

「変な奴……」

 照れ隠しの憎まれ口を叩いたところで、隣を行くこの人は、全部分かっている。言わなくても、ちゃんと、伝わっている。至極うれしそうに笑っている、この人には。

 一緒にいることが、心許せる誰かと居ることが、こんなに楽しいことを、幸せだということを教えてくれたのはこの人。

「……いつか、返せるかな……」

 小さな呟きは、すぐ後ろにいたリードには聞こえたが、先代の耳には、うまく届いてないようだった。

「ん?ナニ?」

 見下ろして尋ねる、不思議そうな顔。

 おもしろくて楽しくて、シロメの口から、笑みがこぼれた。

「何でもねーよ」

 手を繋いで、二人で出かける―――――シロメには、これだけのことがいつもいつもうれしくて仕方なかった。

 夕飯の買い物も。

 ただの散歩も。

 幸せというのは、こういうことを言うのだと、初めて分かった。

「そういえばさぁ、シロメ、最初、手を繋ぐの嫌がってたよな?」

 懐かしそうに話す先代と、思い出して恥ずかしくなり、少し不貞腐れるシロメ。

「だって、恥ずかしいだろ?」

「今は、普通に繋ぐのにな?」

 うれしそうな先代の顔が、シロメの心を更にひねくれさせていく。

「慣れだよ、慣れ。そもそも、なんで手なんか繋ごうと思うわけ?」

「迷子防止」

「リードの?」

「お前のだよ!」

 そして、先代は足を止めた。

 広い森の中、開けた野原は、好きに駆け回れるくらいに広かった。

「あれぇ、ここ……」

 見回して、シロメは、小首を傾げる。

 見覚えのあるこの場所は。

「そ。シロメと最初に会ったとこだ」

「あぁ、そーそー!ビガラスの農園で桃を盗んで逃げてるときに、リードとぶつかったんだよなぁ。無視してそのまま逃げようとしたら、あっさり捕まってさぁ。すげー、怒られたんだよ~」

 繋いでいた手を離して、シロメは、後頭部で手を組んだ。

 初めて会ったあの日のことが、鮮やかによみがえる。それは、すごく昔のような、つい最近のことのような、不思議な感覚だった。

「普通叱るだろ?お前の父ちゃんや母ちゃんが泣いてるぞ、とか、言ったんだよな」

「俺は、そんなのいないし、ほしいと思ったこともないって」 

 今思えば、返したセリフは強がりなんだと、シロメは理解していた。


――『何だよ、お前、天涯孤独ってヤツか?』

 

 二人は、昔のあの日を思い出していた。


――『別に。関係ねーだろ?』


――『お前いくつ?淋しくないの?』


 先代は、この少年が妖魔だと、すぐに気づいた。魔導士として、見逃すわけにはいかない。最初は、そんな理由で、彼の手をとった。


――『淋しい?何それ?一人で楽だし、自由だけど?』


――『そういうの、捻くれてるっていうんだぞ?誰かと一緒のほうが、絶対、楽しいって』


 先代には、わからなかった。何故あの時、こんなことを言ったのか。何故、一目で妖魔だとわかったこの子を、連れて帰ろうと思ったのか。


――『そういうの、面倒くさい』


――『一緒にいるだけだよ。そうだ。試してみない?楽しいよ』


 もしかしたら、小さなこの子に、自分を重ねていたのかもしれない。強く、明るく振舞っていなければ、誤魔化すことすらできない一人の淋しさを、ずっと、抱えていたから。


――『ケッ、冗談じゃねー』


――『ふーん。自分の考えに、自信がないんだぁ?』


 バカにしたような言い方に、シロメは、確かにあの時、カチンときて、売り言葉に買い言葉だった。

 きっかけは、そんなものだった。


――『上等じゃねーか。やってやるよ、それ』


――『よし、決まり。じゃあ、一緒に帰ろう』


 この言葉と優しく笑った顔に、シロメは、その時初めて、あたたかさと気恥ずかしさを感じていた。

 素直について行って、あの日から、もう――――。

「あれから、二年か……」

 先代が、しみじみと呟いた。

「リードも、年取ったよね」

「なんだと?」

「まぁ、それは、いいとして……」

 先代の怒りから、シロメが、そっと目を逸らす。

「こんなとこまで来て、何の用なんだよ?」

 先代の表情が曇る。

 それに気付いていないシロメは、いつもの調子で、言葉を繋ぐ。

「あ!もしかして、また、記念日とか言うんじゃねーだろうな?少し前にやったぞ?二周年記念とか、なんとか……」

「……お別れだよ」

 冗談だと思った。

「は?ナニ?何言ってんの?」

 しかし、訝しげに見上げたシロメの目に映ったのは、泣きそうな先代の横顔だった。

 切ない表情を、無理矢理、笑顔に変えてシロメを見下ろす。

「お別れしに、来たんだ」

 ようやくシロメは、本気なんだと悟った。

「……何、言ってんの?」

「ごめんな……」

 いきなりそんなことを言われて素直に受け入れられるほど、シロメは大人じゃなかった。まだまだ、小さな少年なのだ。何もかもわからない。何でそんなことを言うのかも、何で、謝っているのかも。

「何で?何で、お別れしなきゃいけないの?」

 先代を見上げ、一度離した手を、シロメは、もう一度繋ぎ直した。離したくない。

「俺、何か悪いことした?だったら、謝るよ。誰に頭下げたっていい!土下座だってする!リードと一緒にいられるんなら!家から出るなって言うんなら、俺、一歩だって出ないから!デザートもなくていい!牛乳だって飲むし、ブロッコリーも食べる!」

 服の裾をぎゅっと掴んでくるシロメを、先代は、見ていられなかった。顔を逸らして、硬く目を閉じる。心が揺らいでしまう。

「お別れなんて言うなよ、リードぉ!!」

 見上げるシロメの瞳が、涙で滲んでいた。

 先代が、シロメの正面に膝をつき、目線を合わせる。自然と目に止まる、大小さまざまなキズ。

「キズ、増えたよな……」

 日に日に数を増している。

「こんなのっ、平気、だってば」

「こんなキズじゃ、済まなくなる」

 シロメの頬を伝う涙を拭うように、先代が手を伸ばした。

「お前のことを、封印しようって奴らがいるんだ……」

 シロメは、頬に添えられた暖かい手に自分の手を重ね、俯いた。

 離れたくない。

「……俺が妖魔だから?だから、一緒にいちゃ、いけないの?」

「そうじゃない」

 躊躇いなく否定してくれたことが、とても嬉しかった。

 しかし、現実はそうじゃない。

「ウソだ!俺が、妖魔だからなんでしょ?悪い奴だからなんでしょ?」

 これが、世間の、そして、魔導士界のシロメに対する見解だった。何度も何度も、シロメの傷の数だけ目の当たりにしてきた現実だった。

 それでも、離れないと誓ったはずなのに。

「……お前は、こんなに優しいのにな。一度だって……ヒトの悪口すら、言ったことないのにな。俺がもっと、しっかりしてたら、みんなに、ちゃんとお前のこと理解させられる、それだけの力があったら……こんな風に、離れなくてよかったのにな」

 こみ上げる涙を、先代は、必死に飲み込んだ。自分が、泣いていいはずがない。

「…………ごめんな、シロメ」

「リードぉ……。俺、目立たないようにしてるからサ……他のヒトに見つからないように、ちゃんと、隠れてるから……だから、リードの傍にいさせてよ。もう、帰ろぉよ……」

 先代は、泣いているような顔で微笑んで、シロメの小さな頭に、優しく手を乗せた。

「バカ、お前を閉じ込めるようなマネ、できるか。それに万が一、他の魔導士に見つかってみろ?お前は、よくても封印。俺は、召喚術を封印されるだろう。そして、二度と……会えなくなる。俺はそんなの、絶対に嫌だ……!」

「ケド、リード……」

 シロメの言葉を遮るように、先代が、穏やかな笑みを見せた。

「俺が、ビガラスを、ライトレークを、妖魔とヒトとが共に暮らせる場所に、きっとしてみせる。お前はそれまで、お前のいた世界で待っててくれ。その時が来たら、必ず召喚してやる。……そしたら、シロメ、その時は、家族になろうな」

 離れたくない。でも――――。

「うん」

 シロメは、両方の手で、グイッと涙をぬぐった。しばらく会えないのなら、せめて、笑顔を残したい。一人は嫌だけど、このヒトが穏やかに笑ってくれるなら、きっと大丈夫。

「約束」

「約束」

 二人の声が重なり、小さく辺りに響いた。

「そうだ」

 思い出したように声をあげて、先代は、左手首にしているブレスレッドをはずした。 シロメの左手を取り、大きさの合わないそれをはめてやる。

「お前にあげる。俺が、シロメを呼ぶときには、ここの石が青く光るから。やっぱり、ブカブカだな。落とすなよ?」

「ヨボヨボのじいさんになる前に、呼べよな?」

 相変わらずの憎まれ口に、先代は、明るく笑う。

「分かってるよ」

 一人になるのが怖いのは、きっと、二人一緒だ。

 でも、今、一人になるのは、この次出逢ったときに、二度と離れないため。

 先代に背を向けるシロメの顔に、もう、涙の痕は見えない。静かに目を閉じ、精神を集中させて、シロメは、魔族の世界への扉を開けた。一歩踏み出して、もう一度だけ、シロメは大好きなヒトを振り返った。

「約束だからなっ!」

 きっと、もう一度会える――――二人が浮かべたのは、明るい笑みだった。

「あぁ。変な奴に呼び出されんなよ?」

「そんなヘマするかよ!俺も、向こうでがんばるからな?!」

 先代は、不思議そうな顔をしてシロメを見つめた。

「早く帰れるように、リードの手伝いしててやるからな?!」

 シロメの言ったことを理解して、笑みがこぼれる。

「あぁ。サンキュ」

『またなっ!』

 うれしそうに微笑んで、シロメは、先代に背を向け、駆け出した。

 絶対に、もう一度会える――――二人の胸に響く願いは、ただ、これ一つだった。

 閉じゆく扉を最後まで見つめて、先代は踵を返す。

 二人で歩いた道を一人で引き返す。ひどく淋しい。

 しかし、哀しくはなかった。今、不思議と胸は軽い。シロメとの大事な約束がある。だから、悲しんでる暇はない。

 森を抜け、見慣れた街が見えてくる。少し、いつもとは違う風景が。

 シロメがいない。名前を呼んで、元気に笑う顔がない。

 家に帰れば、あちこちにあるシロメの痕跡に、自然と笑みがこぼれた。使っていた食器。洗濯をしてきちんとたたまれた衣服。脱いだままのパジャマ。

 それから――――。

 先代は、写真たてを手にとった。写真の中で、シロメが楽しそうに笑っている。嬉しそうに、少し、恥ずかしそうに。彼の隣で、自分もまた、笑っていた。

 先代は、腰の高さの位置に幾つものキズをつけた、リビングの柱の前に立った。柱の横キズは、ちょうど、シロメの頭の高さにある。何度も測った、シロメの身長の跡だ。

 静かに経過を見つめていたリードは、柱のキズに目を奪われた。


――あの柱!まだ、家にある!


 見つめる先で、先代は、写真たてを柱にピタッとつけると、空いている方の手で魔法陣を描いた。


――何だ?何の術を……。


 見つめているリードの視界が、白く濁り始めた。

 遠くなる景色と、小さくなっていく先代の声。

 意識が遠のき、仕方なく目を閉じたリードの耳に、今度は、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。






「……ード?リード!」

 自分を呼ぶレタールの声に、リードは、ハッとなって顔を上げた。

 現実の世界。今夜の宿、部屋の中だ。

 膝の上では、ユキが、まだ、涙を流している。

「あれ?」

「あれ、じゃないでしょ。……やっぱ、疲れてんじゃないの?」

 レタールが、心配そうに、顔を覗き込んでいる。

「俺、どうしてた?」

 隣のベッドへ腰をかけるレタールを目で追って、時の経過を確認する。

 窓の外は暗いままで、時間がわからない。ずいぶん長い間、二人を見ていた気がする。

「どうって、リード、日誌帳見たまま、ボーっとしちゃったんでしょ?だから、俺、声かけたんじゃん」

「どのくらい?」

「ほんの数秒。大丈夫?」

 どうやら、時は経っていないらしい。ホッと息をついて、リードは、日誌帳に目を落とした。書かれてある文字は、まだ読める。開いてあるのは、最後に見た、あの場面だった。自分が見てきた、その続きをたどってみる。

 リードは、僅かに目を見開いた。

「大丈夫じゃ、なさそうだ……」

 日誌帳に目を落としたまま、リードは、こみ上げる涙にじっと耐えていた。


 『この柱の封印は、必ず、俺の手で解いてみせる』


 二度と戻らない時―――――果されなかった約束。永遠に、引き離されてしまった、二人の距離。

 記されていたこの言葉に、リードは、満月の明かりの下でシロメの見せた、あの表情の訳を、ようやく理解した。

「俺が召喚していい奴じゃなかったんだ。間違いでも何でも、俺じゃ、ダメだったんだ……」

「リード?」

 レタールの声に、顔を上げようとするが、リードは動けなかった。まるで、二人の悲しみが、体に流れ込んだようで、胸が苦しい。

「昔の二人を見てきたよ。二人は、先代とシロメは……まるで、親子だった」

 声が震える。それでも、涙だけは、じっと堪えていた。下にある、二人の大切な思い出を汚したくない。

「二年も一緒に暮らしてた。なんで、封印なんて話になってんのか、わかんないケド、シロメは、ずっと待ってたんだ。もう一度、あの家に帰る日を……」

 大好きだった人を信じて。二人の約束を信じて。

「もう九十年も前の約束を…………ずっと、こいつは一人で……」

「なるほど……。高等魔導士が妖魔と暮らし、あげく逃がしたなんて、世間に言えるワケないもんね。だから、封印ってことで処理されてるんだ……。俺も、ずっと疑問だったんだよ。この日誌帳を見つけてから」

 レタールの真剣な口調に、リードは、やっと顔を上げることが出来た。

「何も書かれてない日誌なんて、意味ないでしょ?不自然なんだよ。ウチにあるのは。だから、少し調べたんだ。……九十年前の報告書」

「報告書?」

「そう。妖魔を封印したっていうんなら、残ってるはずじゃない?その、報告書が。妖魔を退治したんじゃなく、封印したんならね。退治するよりも、封じるほうが難しいんだって、リードも言ってたじゃない。だから、封じた妖魔と使用した術は、ちゃんと残ってるんだって。おじい様にも、ちゃんと確かめたからね。封印の報告書のことは」

 レタールは、頭がいい。勘も鋭い。人の気づかない所にも、すぐに、気づく。魔導士になれば、自分より早く、高等魔導士になれただろう。

 リードはいつも思っていた。レタールなら、先代の残した高等魔導士就任、最年少記録を超えられたかもしれないと。自分よりも、「二代目・リード=シーク」に相応しいのではないかと。

「あったのか?報告書」

「あるわけないじゃん。リードの話、聞いてたら、どうやら、封印したんじゃないみたいだし?それから、もうひとつ。これは、今、調べてもらってる最中なんだけど。九十年前に、妖魔がビガラスを襲ったって記録」

「マスターであれば、魔導士が責任を持ち扱えるのなら、従魔は日常生活を共にできる。それだって、つい、十年前に許された話だ。今だって、従魔だろうが、妖魔だろうが…魔族は快く思われてない。それでも……先代もこいつも二つの種族が共に暮らすという夢を信じて別れたんだ。ごめんな、ユキ。お前はずっと、俺じゃなくて先代のことを呼んでたんだよな?……役立たずは、俺だよな」

 膝の上で眠るユキを見つめ、微笑むリードの姿は、まるで、泣いているようだった。

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