第13話 お姫様 前夜祭に潜り込む
スタート前日 ―――
帝国首都にある城の城内では有力なレース参加者たちを招いてのパーティーが行われた。
とはいえ、参加する飛行士たちが全員参加できるわけではなく、優勝候補に入るような飛行士たちが数人だ顔を出すだけだ。
パーティーに参加する大勢は、飛行士たちのパトロンや各国の貴族や金持ち達だ。
スター選手たちの多くはバックアップしているパトロンの要望でしかたなしに参加している。なにしろ翌日は大事なレースのスタートだ。酒なんかで二日酔いになるわけにいけない。できればゆっくり体を休めるか、入念な機体の整備と最終的な準備をしておきたいというのが本音だ。だが、レース資金を出してくれているパトロンの頼みは無下には断れず、少しの間だけ前夜祭のパーティーには軽く顔を出しているだけだった。
そんな中、男装して若き軍人に変装したロクサーヌとマヤは、こっそり城に戻るとパーティーに紛れ込んでいた。
憧れのスターパイロットたちと会えると思い参加したくてたまらないロクサーヌは、リュカの反対を押切、変装してパーティーに潜り込んでいた。
「あ……あれは東方の日出ずる帝国から参加のサオ・オハラ大尉! 彼の"ゼロ・ジーク"は、東方で最高の機体なのよ。あっちは、東大陸の王国のグリッペン大佐。あの方の腕の良い飛行士と聞いてるわ。乗ってる機体は新型らしい」
いつにも増して口数が多くなるロクサーヌ。
「軍人の方が多いのですね」
「皆、飛行は、軍で覚えてるからね。でも現役ではない方も多いのよ」
「それより、ロクサーヌ様。私、この格好で大丈夫でしょうか?」
マヤが不安げに聞いてきた。
「すごく似合ってるよ。大丈夫!」
そう言って親指を立ててみせるロクサーヌは、ロクサーヌは、目元を仮面で隠した若き軍人に男装していた。そしてマヤはといえば、その連れとして、どこかの令嬢という設定でドレスに身を包んでいた。メガネを外し普段はろくにしない化粧をすると、元々、顔立ちの良いマヤは大いに際立っていた。
顔見知りの多い城内でばれやしないか心配でいたマヤだったが同僚のメイドは、近くを通り過ぎてもマヤに気が付かない。
「そこのご御婦人」
「はい?」
マヤが、振り向くとグランゼル伯爵がグラスを片手に立っていた。
「グ、グランゼル様??」
「ほう、私をご存知で」
知ってるも知っている。なにしろロクサーヌに求婚し続けているプレイボーイと噂の貴族なのだ。
「え? あ……ああ、大変、ご高名でいらしゃいますから」
笑いながら誤魔化すマヤ。
「このようなお美しいご婦人に名前を覚えていただけるとは光栄なことだ。ところでお名前は?」
「な、名前ですか?」
助けてもらおうとロクサーヌの方を見たが、当のロクサーヌは、憧れの飛行士を探してうろうろしている。
"ロクサーヌさまーっ!"
心の中で叫ぶマヤ。
「いかがなされた?」
「い、いえ、別に……」
その時、ロクサーヌがマヤの状況に気づいた。
"は、早く来てください、私、ボロが出てしまいます!"
必死で目で訴えるマヤ。
「どうしましたの? お父様」
その時、姿を現したのはお嬢様飛行士。ロクサーヌをライバル視する リファ・グランゼルだった。名字が示す通り、グランゼル伯爵の娘である。
"今度は、リファさまーっ!"
再び心の中で叫ぶマヤ。
「こちらのお美しい方は?」
リファは、顔を向けたがマヤだとは気がついてはいないようだ。
「失礼! 私の連れがなにかいたしましたか……あっ」
マヤのピンチに慌てて戻ってきたロクサーヌだったが、マヤに声をかけてきたのがグランゼル伯爵だと気がついた。
「げっ……」
「このお美しいご婦人は、あなたのお連れ様でしたか。私は。エルフォント・フォン・グランゼルと申します」
"知っとるわ!"
ロクサーヌは、心の中で叫んだ。
「お初にお目にかかります。は、伯爵」
「おや? 爵位は名乗っていないはずですが、もしかして私をご存知で?」
知ってるも知ってる、何しろ自分にしつこく求婚しているのだから。
「あ、あ……はあ、有名なお方ですから」
「そうですか、あははは」
有名という言葉に機嫌が良くなったのか高笑いする伯爵。
「ところで、仮面とは変わっていますな。今日は、仮面舞踏会でもないのに」
"し、しまった! そこをつっこまれたか!"
「じ、実は、額に深いキズ痕がありまして。それを隠すためにしているのですよ」
「そうでしたか。いや、失礼な問いをしてしまって申し訳ない」
「いえいえ」
「ところで、お名前をお教え願いますかな? こちらのご婦人にもお聞きしているのだが中々、教えてくださらない」
「名前ですか!? えーと、シ、シャー・アズナルブと申します。連れは、私の妹でルアテイシアです」
「我が国の軍服のようだが色も赤だし……所属は空中騎士団か」
「い、いえ。通常の部隊でした。今は、退役していますので」
「そうでしたか。もしかするとあなたもグランドクロスに参加を?」
「は、はい」
「それはいい。実は私の娘もレースに参加するのですよ」
いつもと髪型が違ったので気が付かなかったが、そばにい婦人は、リファ・グランゼルだった。
「げっ……」
再び驚くロクサーヌ。
変装したロクサーヌを見つめるリファ。
「どこかでお会いしましたか?」
「い、いえ。城へ来たのも初めての僕が貴女のようなお美しい御婦人に会っていれば僕の方が覚えています」
「まあ……」
リファの頬が少し赤くなる。
こんな顔も見せるのだとロクサーヌは仮面の下から思った。
「はじめまして。リファ・グランゼルと申します」
そう言ってリファは、ドレスの裾を軽く持ち上げ頭を下げた。
「シャー・アズナルブと言います」
「シャー様もレースへ参加すると聞こえました。よろしければそのお話を」
「ええ……そうしたいのは山々ですが、妹が体調がすぐれないようなので」
「妹さん?」
「ええ、そこにいる……ああーっ!」
いつの間にか、グランゼルがマヤの手を取って口説き始めている。
ロクサーヌは、慌てて割って入り、マヤの手を引っ張った。
「伯爵、本日はこれで。何しろ明日は、スタート日ですので」
「そうですか。残念ですな。では、ミス・ルアテイシア。いずれまた」
ロクサーヌは、マヤの手を引いてその場を離れた。
「驚いたわね。まさかグランゼル伯爵がいるとは……ねえ、マヤ……マヤ?」
少し目を離していた間にマヤのところへ男たちが次から次へとマヤに声をかけている。
「なんで、あのこだけ……」
ロクサーヌは、いろんな意味で複雑な心境で戸惑っているマヤの元へ行こうとした時だった。肩が誰かとぶつかった。
「失礼」
「こちらこそ……あ!」
ウィル・ハンコック大尉だった。
「どこかでお会いしたか?」
「い、いや……」
「飛行隊の制服のようだが、どこの部隊ですか? それにその仮面」
「す、すでに退役していまして……それにグランドクロスへの参加は、かつての同僚や上官に知られたくなかったっもので、このような物で隠しているのです」
「なるほど。飛行隊の一部にはこの飛行レースを見下す者もいるからね。私はファンですが。申し遅れたが、僕は、ウィル・ハンコック。少尉です。空中戦艦フリードランドの艦載機隊に所属している」
「よろしく……あの、僕は、」
「ああ、元の仲間に知られたくないのだったね。では、名前は結構」
そう言ってウィル少尉は、ニコリとした。
「大尉、あなたも大会へ出場するのですか?」
「ええ、まあ、でも、参加といえるか……私の担当するのはサポートみたいな仕事でね。まあ、裏方かな」
「そう……」ロクサーヌは、少しがっかりした。
「しかし、すごい面子だね。飛行士なら一度は会いたい人物ばかりだ。ほら、あそこには、ジェームズ・マカデン中佐だよ」
中佐は、ロクサーヌ憧れの飛行士だ。
「噂では、最近、模擬戦で敗退したそうだ」
「中佐が? まさか」
相手はロクサーヌだったのだが……
「しかも名も知れぬ相手にという話だ。中佐も衰えたということかな」
「そんなことありません!」
ロクサーヌは思わず声にしてしまう。突然の大声にウィル少尉も少し驚く。
「ご、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ。どうやら、君は、中佐の熱心な信奉者なようだ」
「実は、マカデン中佐は、子供の頃からの憧れの飛行士だったので、つい……」
「そういうものだよ。私にもそういった存在はいるから気持ちはわかる」
そう言ってウィル少尉はニコリとした。人の良さがにじみ出るような笑顔だった。
「おっと、上官が手招きしている。どうやら誰かに紹介したいようだ。では、私はこれで」
視線の先を見ると叔父のマクマオン大佐がいた。
「レースでの健闘を祈っている。仮面の飛行士殿」
ウィル少尉は持っていたグラスを少し掲げて差し出した。ロクサーヌは、通りがかったメイドが運んでいたワイングラスを手に取ると大尉の掲げていたグラスの縁に軽く当てた。大尉は、再びニヤリとするとその場を離れ、上官の方へ向かった。
勝利の乾杯をして別れるふたり。
「ロクサーヌ様」
「わっ! びっくりした」
背後からマヤの声に驚くロクサーヌ。どうやら群がってきた紳士たちをなんとか振り切ってきたようだ。
「そろそろでお時間では……」
壁にかかっていた時計を見上げると戻ると決めていた時間が近づいていた。ここを過ぎると仮眠する時間がきつくなる。
憧れの飛行士たちと話せなかったが、仕方がない。
ロクサーヌとマヤは、パーティーから抜け出した。
「でも残念でしたね。せっかく来たのに目当ての飛行士の方々とお話できなくって」
速歩きで急ぐロクサーヌの後ろからついていくマヤがそう声をかけた。
「ん? そうでもないよ」
「何かありましたか?」
「いや、別に……それより、急ごう。リュカたちが待ってる。明日のスタートに備えて、しっかり寝とかなくっちゃね」
「はい!」
確かにマヤの言うとおり、憧れのジェームズ・マカデン中佐をはじめ、名飛行士たちとは話もできなかった。
しかし、ロクサーヌはなぜか心地よい余韻に浸っていた。
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