第12話 お姫様は危ない橋を渡る
レース開催日が近づいてきた。
クリムゾン・クレインは、新しく塗装され、大空に飛び立っている。
後部座席には、カズハが乗り込んでいた。
ナビゲーターとしてロクサーヌとのコンビネーションを兼ねる為。
それとクリムゾン・クレインの飛行特性をレクチャーする為でもあった。
意外にも紅鶴号をテスト飛行していたのはカズハの方だったのだ。兄のカズトは優秀なエンジニアだったが飛行士の腕は妹の方が格段に上だった。
「空が混んできましたね。少し注意してください」
周囲の空域の様子に気づきカズハがそう声をかけた。
「グランドクロスに参加する機体が多くなってきたからね。なんかレースの実感してきたよ」
クリムゾン・クレインは、大きく旋回してた。
グランドクロス開催の日程が近づくと帝国の飛行場は、大陸各国からレースに参加する飛行士たちとギャラリーでいっぱいになっていた。
西方の海洋郡国家、東方の日出ずる帝国 大陸東に位置する立憲君主国、北方連合王国、隣国の大陸立憲王国、そして国内の腕自慢たち
グランドクロスに参加する様々な飛行士がロクサーヌの暮らす皇国エンビールに集まっている。
空には、頻繁に飛行機が飛び交うようになり、首都カピタールの人々は上を見上げることが多くなっていた。
皇国の領域と公海に展開していた自慢の空中戦艦の何隻かが呼び戻された。
目的はふたつ。
ひとつは、大会開催における治安維持。
もうひとつは集まる各国の主要な人々に皇国の力を見せつける為だった。
招集された艦のうち最も目を引いたのは、ロクサーヌの叔父マクマオン大佐の指揮する戦艦フリードランドと同型艦2隻。皇国自慢の主力艦だ。
招集艦隊のほとんどは、小回りが利いて展開の早い空中駆逐艦で構成されていた。実質、空中駆逐艦隊の方が空からの管制と治安維持に効果を上げている。フリードランド級は皇国の威厳をアピールするのが主な目的に過ぎなかった。
「歓迎レセプション?」
着陸したクリムゾン・クレインから降りたロクサーヌは、マヤの話を聞いて驚きの声をあげた。
「そうです。なんでも有名な飛行士の方々が集まるそうです。えーと、西方の海洋郡国からも有名な飛行士の方がお見えになるそうですよ。確か、マカデン中佐……とか」
その名前を聞いてロクサーヌはさらに驚く。
「マカデン中佐といったら空の英雄と呼ばれている人じゃないの!」
「そこまでは存じ上げませんが……」
「ああ、サイン欲しい!」
「駄目だぞ。そのレセプションってスタート前日なんだろ? きっと中佐だってすぐに帰っちまうと思うぞ」
「それでも、会いたいよ。だって飛行士なら皆、憧れる人なんだから」
ロクサーヌは、すでに空で会って、しかもその英雄と模擬戦を繰り広げていたのだが、それには気づいていない。
「出発前にはちゃんと寝とかないとな」
「ぶーっ」
「そんな顔しても駄目だ」
「レセプションって、いろんな外国の方がお見えになるのでしょう? きっと素敵な晩餐になりそうですね」
「でしょ! ねえ、リュカ。マヤもこう言ってるし」
「マヤは関係ねえだろ!」
「ちょっとくらいいいじゃない。サインをもらったらすぐ引き上げるから」
「そもそも肝心なことを忘れてないか? その日は、おまえ、空中騎士団の訓練地へ向かっていることになっているんじゃないか?」
「あ……」
「ほら、忘れていた。訓練地へ出発しているはずのお前がレセプションに出席したらおかしいだろ」
「う……ん。変装する」
「はあ?」
「変装するんだよ。大会にエントリーしてあるシャンテ・ヴォレとして参加するの」
「変装って……皇帝だって顔を出すんだろ? 他にも宮廷の知ってる顔。バレるだろ」
「考えがあるんだってば」
結局、リュカが折れることになった。
いつものことだったが。
数日後……レセプション当日
その日の午前中、宮廷の中庭に大気した馬車に荷物が積まれていた。
マヤのロクサーヌの服を入れたカバンを積み込んでいる。
護衛の騎兵が先導の為、列の先頭に着いていく。
「それでは、行ってきますわ。父上、母上、姉上」
ロクサーヌはそう言うと馬車に向かおうとした。
「気をつけていきなさいな。無事を祈っていますよ」
「はい、母上」
「私は心配していないわよ。だってあなたは出来る子だもの」
「ありがとう、姉上」
一歩下がった場所で皇帝が咳払いする。
「お父様、ありがとうございます」
礼を言われた皇帝が少し驚く。てっきり、ロクサーヌは、グランドクロスへの参加を阻止されて機嫌を損ねてると思っていたからだ。
「お前、グランドクロスに出場したかったのでは……」
「何故です? 空中騎士団への訓練参加は以前からの希望でしたし、それを融通して下さった父上に感謝以外ありませんですわ」
そう言ってロクサーヌは、にっこりとした。
思わず涙ぐむ皇帝。
何しろ、空中騎士団への訓練参加が決まってからほどんどロクサーヌと口を聞いてなかったからだ。
「あら、皇帝ともあろうお方が涙ぐんでいらっしゃるのですか?」
皇妃が夫の様子に気づき、笑う。
姉のトランキルもつられて笑顔を見せる。
「それじゃ、行きますね」
「あ……待って、ロクサーヌ」
ロクサーヌが馬車に乗り込もうとした時、トランキルがハグした。
「うまくやってね」
耳元でそう囁かれてロクサーヌは少し驚く。
「は、はい……」
いたずらっぽく笑うとトランキルは馬車から離れた。
トランキルはロクサーヌの企みを知っているのだろうか?
そんな事を思いながらロクサーヌは、馬車に乗り込んだ。
その後、マヤが皇帝たちに深々と頭を下げると続いて馬車に乗った。
先導の騎兵が馬を進ませる。
こうしたロクサーヌを乗せた一行は、空中騎士団の訓練地へ向かって出発した。
表向きは……
その夜 ――
マヤが宮廷の中庭にある納屋からそっと顔を出し、周囲を見渡した。
「いいですよ」
その言葉を合図に納屋から誰かがそっと姿を表す。
男性用の赤い軍服に身を包んだロクサーヌだ。
髪は縛り上げてまとめ、その上から短髪のカツラをかぶっている。
遠目で見れば細身の軍人にしか見えない。
「しっかし、この服、うまく仕立てたわね。さすがマヤ」
「できるだけ空中艦隊の士官服に似せたのですが……もう少し、時間があればもっと完璧に」
「十分よ」
そう言って舞踏会で使う仮面をつけて目元を隠した。
「これで完璧」
「でも、忙しなかったですね」
「今夜の宿……無理を言って飛行場の近くにとってもらった宿からこっそり、抜けだして飛行場に向かって、待機していたカズハにタンプラー商会の飛行場まで送ってもらう。そしてこうしてこっそり城に逆戻り。確かに大忙しだわ」
「綱渡りでしたね」
「大したことないわよ。さて、今度はマヤの番だよ」
「えっ? まだ何か」
「一緒に歓迎レセプションに行くのよ」
「何をおっしゃっているんですか? わたしなんかが……」
「まあ、まあ。これに着替えて。髪は私がやってあげるわ」
そう言って、衣装の入ったカバンをマヤに押し付けた。
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