第10話 お姫様は空で挑戦される

 テスト飛行に飛び立ったロクサーヌ。

 順調な飛行と思いきや接近してきた見知らぬ飛行士から挑戦受けてしまう。

 空中戦……相手の背後を取り合うドッグファイト。

 銃座を機銃もついていない機体同士ならケツに食らいついて一定時間、引き離せなければ負け。いわいる見立て勝敗だ。

 突然の挑戦に戸惑っていたロクサーヌに相手は指をまわして催促してきた。

 相手の機体はフレアスピリット。

 運動性に長けた良い機体で、しかも西方にある帝国では軍用に採用されている。

 どう考えても手強いに違いない。

 しかし、そんな相手にどれだけ自分のテクニックが通用するのか知りたいという気持ちも膨らんでいた。

 ロクサーヌは、相手に親指を立ててうなずいてみせる。

 挑戦を受けたのだ。

 相手は合図を理解したようで、軽く敬礼をすると、急速に離れていった。

 空戦が始まったのだ。

 それに気がついたのは数秒後。慌ててロクサーヌは、相手の背後取るべく、追尾体制に入ろうとした。

 だが、相手はロクサーヌが予想していたより、ずっと速度が早く、早々に見失ってしまう。

 慌てて周囲を見渡し探すロクサーヌだったが、相手の姿を見つけられない。

 その時、計器に何かの影が写り込んだ。

 フレアスピリットの機影だ。

 背後を取られた!

 振り切ろうとロクサーヌは慌てて機体を反転させるが、急速ターンにもかかわらず相手は難なくついてくる。

 これが空戦……?

 焦る気持ちが先行してうまく噛み合っていない感じがしてたまらない。 

 クレインの機首をあらゆる方向へ変えて必死に逃げ回ったが、相手はしっかりトレースしてくる。

 嘘でしょ? なんて奴


 一方、地上では追いかけ回されるロクサーヌ機の様子に気づきリュカが慌てていた。

「あいつ、なにしているんだ?」

 ベッソンが双眼鏡を覗き込んだ。

「どうやら挑戦されたようだな」

「挑戦? 挑戦って誰に?」

「当然、追ってるやつだろうさ。誰かは知らんが」

「何をするつもりなんだよ」

「空で挑戦っていったら決まってるだろ。空中戦さ。といってもケツを取り合うだけの模擬戦だけどな」

「初飛行なんだぞ!」

「別にロールアウトした機体ってわけじゃないだろ。最近まで飛んでたしいくつかの消耗部品を交換しただけだ。大丈夫だろう」

「ロクサーヌが乗ったばかりじゃないか」

「あのお嬢様は中々見込みがある。相手も腕が良いと気がついたから挑んだんだろうさ。大丈夫さ」

「そういうことじゃないんだって!」

「まったく口うるさい小僧だなぁ……おまえは小姑か」

 マヤはどちらが勝つのか楽しそうに様子を見ている。

「ロクサーヌ様、勝てるでしょうか?」

「わからん。お嬢様が飛ぶのは初めて見るし。おまえらの方がわかってるんじゃないのか?」

「私、他の方の飛行はあまり観たことがありませんので」

「おまえら! のんきになにを」

「あ、リュカ。実はあの方たちが話したいことがあるそうなんですけど」

「あの方たち?」

 マヤの指差す方を見るとふたりの東洋人カップルがいた。

 どこかで見覚えのある顔だった。

「あ……思い出した。タンブラー商会の飛行機倉庫にいたよな」

 

 

  

 空では慣れないドッグファイトにロクサーヌが苦戦していた。

 自分が空中戦をしたなら……想像してた事は確かにあった。

 だが、こちらを撃ち落とす気で追いかけてくる相手を振り切るのは想像とは勝手が違う。

 普通にやってたら駄目だ……

 勝負がつくと思われた瞬間でロクサーヌは、機体を回転させながら急速反転した。

 勝利を確信していた相手は油断したのだろう。

 思わぬ速度からの反転でしかも回転させながらのアクロバットな飛行についていけなかった。

「よし!」

 その隙きを突き、ロクサーヌは相手の背後にうまくまわり込み、背後を取った。

 今度は逆に追尾できるポジションだ。

 蛇行しながら急速回転して逃げる相手に必死に食らいつくロクサーヌ。相手の飛行軌跡をトレースしてくと距離が縮まっていることに気がついた。

 速度を落としてる……? いや、クラインの方が出力高いのか。

 そこでロクサーヌのいたずらごころに火がついた。

 射撃想定位置には、わざとつかずに相手の機体の上に並行飛行した。

 そこから機体を回転させ背面飛行をしてみせた。

 驚いて見上げている相手にロクサーヌは、手を振ってみせた。

 挨拶を終えると、そこから高速で上方へUターンし相手の後方へ位置を取った。

 今度は射撃想定距離だ。

 必死で逃げるのは相手の方になった。

 ロクサーヌの追尾に逃げられないと諦めた相手は、左右の翼を軽く上下に振って見せてきた。

 降参の意思表示だ。

「よしっ!」

 コクピットで思わず声を出すロクサーヌ。

 こうして突発的な模擬戦はロクサーヌの勝利で終わった。

 相手は再びロクサーヌ様に横並びすると、親指を立ててみせてきた。

 ロクサーヌは敬礼で返す。 

 それを確認すると相手の機体は離れていった。

 緊張が一気に解け、気がつくと操縦桿を逃げる手が震えていた。

 飛んでいた時間も長くなかったはずだがが、一時間も飛んでるような疲労を感じた。

 追ってくる相手がいるのがこれほどプレッシャーになるなんて……。

 ロクサーヌが空で初めて体験した緊張感だった。


 着陸すると当然だがリュカにこっぴどく怒られた。

「へへへ、ごめんなさい」

 舌を出して謝るが反省の色が感じられない態度にリュカの怒りがさらに増す。

「ごめんじゃねーよ! バカ!」

「バ、バカ……姫様に向かってバカって。ありえないんだけど!」

「バカな姫様にバカって言って何が悪いんだ? バカ、バカ、おバカ」

「この短気チビ! そんなんだから背が伸びないんだよ!」

「あっ? それ言う? それ言っちゃうか?」

 ホートアップする二人の間にマヤが仲裁に入る。

「まあ、まあ、ふたりとも落ち着いてください。言い過ぎはお互い良くないですよ?」

「だって、ロクサーヌが……」

「そうかもしれませんが、相手に向かってバカ呼ばわりはいけませんよ」

「ま、まあ、そうだけどよ……」

「姫様も、リュカをあまり心配させないでください」

「心配なんて……えっ? そうなの?」

「はい、ロクサーヌ様が空中戦を始めた時のリュカの落ち着きの無さったらなかったですよ」

「……そうなんだ。ごめん、リュカ」

「俺も言い過ぎた。悪かったよ」

 幼馴染という事とあってか仲は良く、姫にはっきり物が言える数少ないひとりであるリュカだったが、たまにエキサイトしてしまうことがある。その度に間にマヤが入って仲直りさせるというのが小さい時からのお決まりだ。

 マヤが喧嘩の仲裁に入ることで和解できる機会がうまれるのも自然とわかっている二人でもあった。

「仲直りできてよかったじゃねえか」

 ベッソンがどこからか持ち出したのか、ワイン片手に声をかけてきた。

「ところで、さっき姫さまとか言ってなかったか?」

 ベッソンにはロクサーヌが皇女というは秘密だ。名前も、たまたま皇女と同じということで通していた。

「に、ニックネームだよ。ほら、名前がロクサーヌ姫殿下と同じだからさ……」

 苦しい言い訳をするリュカ。

「ああ、そうか」

 酔っ払っているせいか素直に納得するベッソン。

「だいたい、ロクサーヌ姫がこんなにじゃじゃ馬なわけ、あるはずないだろ?」

「それもそうだな」

「なあ。ロクサーヌもそう思うだろ?」

「そ、そうね……」

 リュカのささやかな返しだった。

「それより、ロクサーヌ。お客さんだぜ」

「お客?」

「あの二人が話したいことがあるってよ」

 そう言ってリュカは少し離れたところで待っている東洋人たちを指さした。




 ロクサーヌとの模擬戦を終えた挑戦者は、自分が飛び立った飛行場に戻ってきた。

 着陸は危なげない態勢で一発で決める。

 着陸した機体に整備の人間たちが集まってくる。

「おかえりなさい中佐」

 中佐と呼ばれたパイロットが革製のヘルメットを脱いだ

「どうでした?」

「少し、高回転でもたつく感じがするな」

「調べてみます。他には?」

「他はない……いや、あるな。実は見知らぬ相手と模擬戦をしてきた」

「飛行場から10マイル位内での模擬戦は許可がないかぎり禁止です」

「他に誰も飛んでいなかった」

 呆れ顔の整備士に中佐は肩をすくめて見せてた。

「で、勝ちましたか?」

「それがやられたよ」

「中佐が? 嘘でしょう?」

「私もそう思う」

「高回転で不調を感じたとはいえ、フレアスピリット型を相手に勝利するとは……ましてや、空の英雄ジェームス・マカデン中佐の機じゃないですか。一体、相手は何者です?」

「それが通りすがりでね。誰かもわからん。だが、機体はずいぶん変わっていた」

「大概の機種はご存知でしょうに……新型なのでしょうか?」

「あれは以前、情報部の資料でみたことがある。確か、東洋のだ」

「東洋の?」

「性能も高かった」

「では、負けたのは機体のせいですよ」

「そう思いたいね」

 ジェームス・マカデン中佐は、そう言って革手袋をはずした。

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