第9話 お姫様、初飛行をする
リュカからの伝言を受けたロクサーヌだったがそうすぐには城を抜け出せなかった。
結局、城から抜け出せたのは次の日になった。
いつものように変装するためにマヤの服を持って調理場に忍び込むロクサーヌ。
「ごめんなさい。わたし、服をあまり持っていなくて」
「ああ、気にしないで。サイズが合うから助かっているんだから。それより、いろいろ手伝ってくれて感謝してるよ」
「ロクサーヌ様が空を飛ぶお手伝いは私も楽しいんです。毎回、まるで何かの冒険をするみたいですから」
上着を羽織ると髪をしばり深く帽子をかぶった。
「よし! 準備完了。行こうか」
「また少尉とばったり会ったりしませんかね」
「二度はないでしょ」
「そうですよね……」
マヤはなにか気になることでもあるかのように言葉を切った。
「じゃ、いきましょう!」
「は、はい」
二人はいつものように隠し扉を通り抜け、城の外に出た。
城から出ていく二人の後を黒マントの男がつけていく。
ロクサーヌたちはまったく気が付かづにいた。
途中、荷馬車に乗せてもらい街にたどり着くと一路、飛行場を目指す
「遅いぞ!」
飛行場の倉庫ではリュカが待ち構えていた。
「ごめん、ごめん」
「早く準備しろよ」
急かされたロクサーヌは慌てて飛行服に着替え始める。
「リュカ、これ」
マヤは、バスケットを差し出した。
「ん?」
「お弁当です。いつもご苦労さま。ベッソンさんの分もありますから来てください」
「悪いな、お嬢ちゃん。で、酒はあるかい?」
「おっちゃん、まだ昼間だぞ。飛んできた後の整備もあるんだから」
「若いくせにケチくさいの」
「ケチとかそういうんじゃないから!」
「そうでしょうか?」
「え? マヤ、おっちゃんの肩を持つの?」
「リュカは、少し細か過ぎるとこがあります。男の子なんだからもっと大らかにならないと疲れちゃいますよ」
「な、なんだよ! ふたりして!」
そうこうしてるうちに飛行服に着替えたロクサーヌがやってきた。
「おまたせ……ん? どうしたの? リュカ? なんか涙ぐんでない?」
「う、うるせえ! ホコリが目に入っただけだ!」
ロクサーヌは、機体に近づいた。
「なんか綺麗になったよね」
「お前らを待ってるあいだに剥げてた部分を少し塗装しただけだよ」
「それでも綺麗になったよ」
そう言ってロクサーヌは、そっと機体に触れてみる
「あ、まだ乾いてないところあるから注意してな」
言われて手を見ると赤い塗料がついていた。
「う……」
「飛ぶのには問題ないから」
「わたしは問題あるかも」
エンジンが始動されしばらくそのままにさせた。
飛行機は機首を滑走路に向けて置かれ準備がされていく。
エンジンの水温計が適度に上がったころだった。
「ねえ、名前、何にする!」
コクピットからロクサーヌが叫ぶ。
「なんでもいいよ。適当に決めれ」
「真紅の薔薇二世号」
「なんでもいいって言ったけど、それじゃロクサーヌだってバレるだろ!」
「あ……」
顔を赤くするロクサーヌ
「違う名前にしとけ」
「うーん」
「クリムゾン・クレインは?」
マヤがふいに言った。
「え? クリムゾン?」
「ほら、濃い紅色が鮮やかだし……」
「塗り替える予定だぜ?」
「いいね、それ! それにしよう!」
ロクサーヌはそう叫んだ。
クリムゾン・クレインが倉庫前から滑走路に移動した。
凧を確認すると風は追い風で問題なく離陸はできそうだ。
スロットルを開き出力を上げていく。
霧化した燃料がキャブレターに吹き込まれ、錬金術と特殊な鋳造技術で造られたエンジンが、推進力を作り出していく。
十分な加速がついた時、フラップを上げた。
機体には、ロクサーヌが思っていたよりずっと多くの揚力を受けていた。
するつもりのなかった急速離陸になってしったが機体はなんとか飛び立った。
「す、すごい……」
体に感じる加速による圧力でこの機体のエンジンがかなり高い出力を出せるものだとわかる。まだわからないが今のところ機体も安定している。フレームもいいのかもしれない。
ロクサーヌは、急上昇してみた。
思いの外、重い操縦桿だったが、高速になればなるほど軽くなった。そういうセッティングなのだろう。
もしかしたら空中戦に特化させようとした戦闘機なのかももしれないとロクサーヌは思った。
「お嬢様は調子良さそうじゃないか」
空を見上げてベッソンが言った。
「う……ん」
「なんだ、なにか気に入らねえのか?」
「ロクサーヌは初めてことはもっと慎重なんだ。だけど張り切りすぎているというか……それとも、振り回されてるか」
ベッソンがリュカの肩に手を回した。
「もっと、お嬢様の腕も信じてやれ」
リュカがベッソンも顔を見る。
「それと、俺たちの整備の腕もな」
マヤも空を見上げ、ロクサーヌの機体を目で追っていた。
「ロクサーヌ様、大変そう」
飛行機のことはよくわからないが、飛び方がいつもと違うのはなんとなくわかる。
心配そうに空を見上げていると誰か近づいてきたのに気がついた。
振り向くとふたりの東洋人カップルだった。
東洋人の知り合いはいないがどこか見覚えがある。
「あの……すみません。すこしお聞きしたいのですが」
若い男の方がそう声をかけてきた。
ロクサーヌが次第に機体に慣れてきたときだった。
十時の方向に別の機体を見つけた。
それが次第に近づいてくる。
離れるか少し考えたが結局、接近を許すことにした。
パイロットの姿が見える距離まで近づくと左翼側に並行飛行をしてきた。
左を向くと相手が両手をさかんに動かして何かを伝えようとしている。
目を凝らして見てみると、それは思っても観なかったメッセージだった。
「空中……空中戦をやろう……ですって?」
腕自慢のパイロットがたまにする遊びだった。ドッグファイトの模擬戦をしようというのだ。そんなことをするというのは聞いたことはあったがロクサーヌには初めてのことだった。
相手のパイロットは、右人差し指を上に向けまわし催促している。
「うそでしょ?」
ロクサーヌは、空で挑戦状を受けたのだ。
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