第8話 お姫様の好敵手?現る


「姫殿下! 姫殿下はどこですの?」

 リファ・グランゼルはお嬢様らしからぬ大声で場内を歩き回った。

 ロクサーヌは、声が近づいてくるたびにその場を離れる。

「これは、グランゼル様。ようこそ、おいでくださいました。お出迎えでずきに申し訳ございませんでした」

「そんな事より、ガルニエ執事長。ロクサーヌ姫殿下はどこにおいでか知っていらっしゃる?」

「ロクサーヌ様? 自室にいらしゃる筈ですが」

「いませんでしたわ」

「それはおかしいですねえ」

「いろいろと場内を回らせていただいたのですが、どこにもいらっしゃりませんの、私、どうしてもお伝えしたいことがあってまいったのですのに」

「それでしたら、ロクサーヌ様のお部屋でお待ちしていたらどうでしょうか? お部屋には必ず戻ると思いますし」

「ありがとうございます、執事長。では、そうさせていただきますわ」

 そう言うとリファは踵を返して歩き出した。

「あの、リファ様。お部屋までご案内は?」

「大丈夫です。私、このお城に詳しいので」

 廊下の角からその様子をロクサーヌがそっと覗いてきた。

「ガルニエ……余計なことを。私、部屋に戻れないじゃないの!」

「そんなところにいらっしゃいましたか」

 背中を向けながらガルニエが言った。

「げっ、見つかってた」

「そう隠れなくとも私もロクサーヌ様が、リファ様を苦手にされているのは存じ上げております」

「ははは……そう?」

「誰にでも得手不得手はあるものです」

「リファは嫌いじゃないけど、私の事をライバルと思っているとこがあるみたいで、何でも張り合うから長くいると疲れちゃうのよねえ……」

「それはきっと殿下を慕っているのでしょう」

「そう? たまに喧嘩を売られているみたいな時があるのだけど」

「それでもリファ様はロクサーヌ様を嫌っているようには見えません。リファ様が城にやってくるたびに真っ先に会いに向かうのは殿下のところです。よほど好きなのですね」

「まさか……」

「そもそも嫌いなら近づきません」

 その時だ。

「見つけた! 姫殿下!」

 なぜだか戻って来たリファがロクサーヌを見つけた。

「うっ……なんて勘のいい子なの」

 横でガルニエが咳払いをする。

「ああ、私、お茶をご用意いたします。お二人は部屋で待っていてくださいませ」




 気まずい沈黙の中、ガルニエがカップに紅茶を注いた。

「ありがとう、執事長」

 リファはガルニエに礼を言うと紅茶に口をつけた。

「ありがとう、ガルニエ。あとはもういいわ」

「それではお二人ともごゆっくりどうぞ」

 そう言ってガルニエは部屋から出ていった。

 再びの沈黙。

 先に口を開いたのはリファだった。

「今日は、殿下にお伝えしたいことがありましてまいりました」

「は、はあ」

「今年のグランドクロスのスタートが我が国からというのはもうご存知ですよね?」

「一応……」

「実は、私、今年のグランドクロスに参加いたしますの」

「やっぱり……」

「なにか?」

「いえ、こっちのこと」

「当然、殿下もエントリーなさるのですよね?」

「それが……」

 ロクサーヌは、父である皇帝の計らいで空中騎士団の訓練に参加することになった事を説明した。

 リファのカップを持つ手が小刻みに震える。

「な、な……」

「どいうわけなので」

「どういうことですの! 殿下!」

「えっ! 何、急に?」

「それでは私との勝負ができないではないですか!」

「勝負って」

「私が、グランドクロスで優勝して、姫殿下をギャフンと言わせる計画が台無しではないですか!」

「ギャフンって……しかも優勝するとか」

「とにかく、訓練への参加は取り消してください!」

「だめだよ。だって皇帝の命令だよ? この国で一番偉い人からだよ?」

「だめでもなんでもです!」

「そんな無茶な……」

「いつも、無茶をしてきたのが貴女でしょうに! このくらいのことがなんです!」

「とにかく、皇帝の目入れは絶対だから」

 興奮して立ち上がっていたリファは力なく椅子に座り込んだ。

「……なんていうことですの。信じられませんわ」

「ほら、リファとの勝負なら他でもできるから」

「いえ、公衆の面前で貴女を負かすことに意義があったのです。私という存在が皇女である殿下より上であるという事実を民衆の心に刻み込むという意義が……」

「何気にとんでもない事を言ってるように聞こえるんですけど……」

 ロクサーヌの言葉を無視して何を思ったかすくっと立ち上がるリファ。

「とにかく、私、皇帝に抗議してきます!」

「無理無理。父上が一度出した言葉を撤回することなんて滅多にないんだから」

「無理かどうかは試してみて決めます! どうもごちそうさまでした!」

 そう言ってリファは部屋から飛び出していった。

 リファが去った後、ため息をつくロクサーヌは、ようやく落ち着いて紅茶を飲んだ。

「ごめんね、リファ。こっちにも都合があるんだから」

 その時、ノックの音がした。

「失礼します」

「ああ、マヤ。入っていいよ」

 扉が開かれマヤが入ってきた。

「リファ様は?」

「父上に私を空中騎士団の訓練に参加させることを抗議しにいってくるって」

「皇帝に? そんなことできるんですか?」

「さあ……でも無理かどうかは試してみて決める、って」

「まあ、勇ましい」

「まったくよ。たしかに”男前”だわ」

「だから私、リファ様のことが好きなんです」

「え……?」

「はい、私どものような使用人にも横柄な接し方はいたしませんし。他のメイドたちもリファ様がおいでになると華やかになって楽しいと言っています」

「そ、そうなの?……あいつ、意外と人気があったのね」

 何故か、ちょっとばかり悔しくなるロクサーヌだった。

「あ! それより、ロクサーヌ様。伝言がございます!」

 思い出したようにマヤが珍しく声を大きくした。

「な、なに?」

「リファからテスト飛行の準備ができたから飛行場へ来れないか……と」

 マヤの言葉にロクサーヌは、目を輝かせた。

 ついにあの機体で大空を飛べるのだ!



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