第5話 お姫さまは飛行機を見つける
「まずは耐久性。頑丈なやつを探す。そこから改造だ。軽量化に出力アップ。フレームの補強。テスト飛行してから不足している部分を補う。プラグもいくつかテストしなくっちゃな」
酔っぱらいのモーリス・ベッソンは、酒瓶を片手にそう講釈をのたまった。
「城から早々は抜け出せないんだけど」
ロクサーヌは、小声でリュカに言った。
「ああ、ベッソンさん。うちの飛行士は、事情があって時間があまり取れないんですが……」
リュカの言葉にベッソンは眉をしかめる。
「なら、もうひとりセッティング用の飛行士が必要じゃないか? そうすれば、セッティングにかけれる時間は増える」
「ロクサーヌ以外の飛行士かぁ……」
「リュカがやりな」
「だれが整備するの!」
次にマヤに顔を向けるロクサーヌ。
「わ、わたしには無理です!」
「そうよねえ……リュカの知り合いに飛行士いる?」
「飛行士の知り合いはいるけど、みんなタダでは乗らないよ」
「なら、そっちの予算も考えないとね。セッティングを手伝ってくれる飛行士を雇うの」
「おまえら、本当に何も考えてなかったんだな」
ベッソンが呆れ気味に言った。
バツが悪そうに顔を見合わせる三人。
「ベッソンさんのおっしゃる通り、わたしたちには時間も知識もあまりないんです。それでお聞きしたいのですけど、ベッソンさんが出場するならどの機体を選びますか?」
「そうさなぁ……俺なら」
ベッソンは隅っこに汚れたシートがかぶった機体を指さした。
「あれですか?」
「あれは悪くない。そう……悪くない」
そう言って酒瓶をぐいっと飲むベッソン。
ロクサーヌたちがシートをとると見たことのない機体が姿を現した。しかもロクサーヌの好きな赤色だ。
「入手先もはっきりしないが、いい機体だぞ」
「なんで分かるんですか?」
「内部を見たからさ! エンジンも見てみた。掘り出し物だぞ」
「これどこのメーカーだろう?」
「カスタムかもな。俺も知らない機種だ。エンジンの刻印も見たこと無いマークだ。もしかしたら外国製かも」
「変わっていますね。小さい翼が前についている。ふつうは後ろでしょ?」
マヤが機首の方を見て言った。
「ガーナード翼って言うんだよ。珍しい機体だ」
リュカは、エンジンメンテナンス用のカバーを開けてみる。
「本当だ。見たことない刻印だ。何語だろう」
ロクサーヌはコクピットに乗り込んでみた。
普段乗っている”真紅の薔薇”号より少し狭く感じたが、レバーやラダーペダルの収まりが気持ちいいくらいしっくりしている。乗り込んでみて分かったが若干前気味のコクピットは、信じられないくらい視界がいい。ロクサーヌは、この機体が大いに気に入った。
「ロクサーヌ、これ」
呼ばれてコクピットから降りるとリュカが後部の外装を指さしていた。ロクサーヌは、それを覗き込んで見る。
「これ、銃痕だよ。塗装の剥げ方からしてあまり古くないと思うな」
ロクサーヌは、銃痕をそって触ってみる。銃弾が貫いた穴は指がすっぽり入った。
「よしたほうがいい。きっと盗品だ」
「人聞きの悪い事を言うな! 戦場を潜り抜けた機体かもしれないじゃないか」
ベンソンが文句を言った。
「ううん。私これに決めた!」
めずらしいガーナード翼の機体のフォルムとコクピットの収まり心地が気に入ったロクサーヌはそう言い切った。
だが、リュカは気乗りしていない様子だ。
「たしかに良さそうな感じのする機体だけど、盗品には手を出さないほうがいい……って、あれ? ロクサーヌ?」
横にいたはずのロクサーヌの姿が見えない。
「ロクサーヌ様なら頭金を渡すって店主様のところへ」
「うそだろ? まったく、あいつは……」
リュカはため息をついた。
「あの機体は仕入れたばかりで整備もしていないんだが」
店主が顎をさすりながらそう言った。
「なら、その分、値引きしてくださる? 整備はこちらの者がやりますので」
「……といわれてもなぁ」
「お願いします! 店主さん」
すがるような目で見上げるロクサーヌに店主は根負けする。
「わかったよ、お嬢さん。10%値引きする」
「ありがとうございます!」
ロクサーヌは店主の手を取った。
「あ、ああ」
「それから、私、思いついたことがあるんです。私達、グランドクロスに出場するときに機体に、このお店の名前を書いて飛ぼうと思うんです。どうでしょうか?」
「うちの……?」
「だって、レースには大陸中から大勢の人たちが観に来るのでしょ? だったら機体に名前が描かれていれば皆、注目すると思うんです」
「確かにそうだな……」
「それに私達が、チェックポイントに国に行くごとに名前は目にふれるんですよ」
そう言ってロクサーヌはにっこりと笑った。
戻ってきたロクサーヌは、上機嫌だ。
「売値から45%オフ。さらには交換が必要なパーツを無償で提供してくれるって」
リュカとマヤが驚いてロクサーヌを見る。
「どうしたらそうなるんだ?」
「もしかして、皇女の身分を明かしたのですか?」
「いやいや、それはしてないよ。実は機体にこの店の名前を書くってことっで交渉したのよ。そしたら、いろいろサービスしてくれるって」
「まじか?」
得意げにサムアップするロクサーヌ。
「さすが、知略の皇帝の娘だな……」
「ですね」
ロクサーヌは機体を見上げた。
「これ、さっき見かけた東洋人が売り込んできたものなんだって」
「東洋の飛行機か。どうりで珍しい機体だ。エンジンの刻印もきっと東洋の文字なんだな」
「名前は、クレイン(鶴)だって」
「ああ、なんか形が似てる」
「名前も気に入った」
「そうだな」
「よし! 機体は手に入れた。 次は飛べるようにしてレースに備えること」
「うん」
「はい」
その時、ロクサーヌの肩を誰かが叩く。振り向くと酔っ払いのベンソンがいた。
「あんたら、飛行士を格安で雇わないか? 整備もできる使い勝手の良い奴だぞ」
「そんな方がいらっしゃるなら、ぜひ紹介していただきたいです」
するとベッソンは自分を指差した。
「この俺だ」
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