第4話 お姫様は街に出る

 次の日、ロクサーヌたちは街にでた。

 ロクサーヌはマヤの服を借りて変装をする。

 これでもロクサーヌは、皇女のひとりだ。顔を知られている。誰にもわからないように深めの帽子をかぶり、メガネをかけ、簡単な変装を施した。

 バッグの中には、前日、マヤと一緒に見繕ったグランゼル伯爵からの贈り物が入っている。もちろん売って金にかえるために持ってきたものだった。

 賑やかな街の様子にロクサーヌは少しばかり浮足立つ。

 リュカやマヤには珍しくない町並みだが、ロクサーヌが街に出歩くのは稀だ。屋台や店の前を通る為に立ち止まるのでその度にマヤとリュカが引っ張り戻していた。

 だが3人は気が付かなかった。

 ロクサーヌたちの後を謎の男が尾行していたことを。



 しばらく歩き、3人は目当ての店に到着した。

 リュカが知っている街の骨董屋だ。

 店に入ると装飾品や食器が並んでいた。綺麗な品もあれば、少し使い古された感じの品もある。そこはそういう店なのだ。

「おやじさーん」

 リュカが呼ぶと奥から白髪の老人がのっそりと出てきた。

「なんだ、庭師の小せがれか」

「なんだはないだろ? 今日はお客を連れてきたんだぜ」

「お客?」

 マヤが一歩前に出て会釈した。

「はじめまして、ご店主様。実は、私の主人が金銭に困っておりまして家の品を売りにやってまいりました」

「あんたは?」

「その家にご奉公させていただいている者です。主人は、その……少々プライドが高く、質に自ら出向くのが嫌だともうしおりまして。お家の名前も出すなときつく言われてる次第です」

「ああ、没落貴族というやつだな。あんたも大変だな」

「どうも……」

 打ち合わせどおりだった。

 リュカが不相応の品を持ち込んで盗品と疑われたらまずいし、ロクサーヌだとボロがでるかもしれない。そこでマヤを主人の代理でやって来た使用人という役回りに仕立てたというわけだ。マヤは貴族ではないが品があるし、言葉遣いも心得ている。きっとマヤなら疑われないだろうという目論見だった。

 そして狙いはうまくいった。

「わかったよ。どれ、品物を見せてみな」

 マヤは、バッグからネックレスを取り出すと店主に手渡した。

 店主は、メガネをかけるとネックレスを丹念に調べた。

「ふむ……2万パウンドってところだな」

「2万……ですか」

 マヤはちらりとロクサーヌの方を見る。ロクサーヌは指を上に指す。

「もう少しなんとかならないでしょうか」

「そうだねえ……じゃあ2万3千。これ以上は無理だな」

 再びロクサーヌを見ると軽くうなずいている。

「よろしいですわ。それでお願いいたします」


 マヤが金を受け取ると3人は店から出た。

 ロクサーヌたちが店を出たのを見計らうと店主はこらえていた笑いをし始めた。

「ちょろい客だったな。こいつが2万3千パウンドで仕入れるとは大儲けだ」

 店主がほくそ笑んでいると店内を見て回っていた客がそばに近づいてきた。店主は慌ててネックレスを隠した。

「何かご興味のある品でもございましたか?」

 男は店主の目の前に顔を近づける

「ああ、お前の持っているネックレスが気になる」

「こ、これですか? たった今、仕入れたものでして値もまだ決めていませんで」

「2万3千パウンドで買い取ったものだろ? 聞こえていたぞ。ずいぶんな商売をしているじゃないか。これはもっと高値で買い取ってもいいような品だぞ。さっきの客を追いかけて教えてやるか? それとも役人に突き出してやろうか?」

「お、お客さん、こういっちゃなんだがこれは商売です。安く仕入れて高く売る。あたりまえのことですぜ」

「お前は知らないだろうが、それは俺の主人がある方に贈った品だ。俺がそれを報告したら主人は怒って、そいつは盗品だと言い出すだろうな。鑑定書だってある。お前がいくら言い訳しても無駄だろうさ。よくてネックレスは、没収。悪くて共犯を疑われ牢屋行き」

「そんな横暴な……」

「運良く品の没収だけで済んでも、2万3千パウンドは無駄な投資になるだろうな」

「あんた、これが欲しいのか? それともいくらか分前が欲しいのか?」

「いやいや、俺はあんたの助言者だ。賢き者は良き助言者の言葉を聞く。お前は賢いだろ? 違うか?」

「あ……? ああ、そう思う」

「実はいい選択があるんだ。聞きたいか?」

 店主はうなずく。

「その品は、50万パウンドで買い取ってやる。だが、おまえは5万パウンドだけ懐に入れ残りはに使うんだ」

「はあ……?」

「それでも利益が仕入れの倍だろ。文句あるか?」

「ああ……いえ、何かややっこしい感じで。残りの45万パウンドは、一体、何に使うんで?」

「それは後で教える。それより話に乗るのか、乗らないのか」

「乗ります。そのとおりにいたします」

 店主は慌てて答えた。

「結構だ。では話してやる。よく聞いてろよ」



「2万3千か……やっぱ、金持ちの贈り物ってのは高価なもんだな」

 リュカは感心した顔でそう言った。

「私はもう少しもらえると思ったのに」

「そうなの?」

「なんとなくだけど、使っている宝石はいいものだし……でも目利きはよくわからないんだよね。これが普通なのかなぁ」

「どうでしょう? 今度は買い取り額だけ聞いて、一旦話を収めて別の店にも持ち込んで金額を聞いてみるというのは」

「ああ、そうして一番額のいい店に売るのか。頭いいな、マヤは」

「うん、マヤの言うとおりね。次からそうしましょ」

 マヤはにこりとする。

「さて今度は……」

 ロクサーヌは整備士にもらったメモを取りだしてリュカに見せた。

「この場所、知ってる」

「どれどれ……ああ、港の方だな。荷物倉庫がたくさんある場所のそばだ。でもそんなところに店なんてあったかなぁ……?」

「とにかく連れて行って」

「OK。でも少し遠いぜ」

「マヤは、大丈夫」

「はい。平気です。今日は靴も変えてますし」

 3人はメモに記された場所へ向かった。



 そこは、海岸線にあるその店は大きな倉庫だった。

 看板が掛かってなければただの倉庫と思って素通りするところだった。

 何か怪しい感じがする人気のないその中を覗き込むロクサーヌたち。

「なんだ? おまえら」

 いきなりかけられた声に驚く3人。

「あ、あの……俺達、知り合いからここを教えてもらって」

「何? 人手ならいまのところ間に合ってる。先週だったらよかったんだけどな」

「いえ、違うんです」

 ロクサーヌが胡散臭い店主の前に出た。

「実は、私達、飛行機を探しに来たんです」

「おまえらみたいな子供が……」

「お金ならあります」

 店主は疑わしそうな目で3人を品定めした。リュカとマヤは幼いが、ロクサーヌは少し大人っぽいし雰囲気も違う。それに育ちが良さそうな顔立ちに気がついた。

「まあ、いいや。中に入れ」

 3人は店主の後についていった。

「おまえら、なんで飛行機が必要なんだ?」

「レースに出場しようと思って……」

「グランドクロスか?」

「え? なんで」

「ここいらでレースと言ったら今は、グランドクロスだろ。そのくらい察するさ。ほらあそこの客もレース出場組だ」

 店主は展示された飛行機を物色する若い東洋人の男女を指さした。

 視線に気づきこちらの方を向いたカップルは、見られたくないのか他の展示機体の方に歩いていっていまう。

「今回の大会はこの国がスタートだろ? だからうちの店も出店させようかと思ってんだ。なにしろ大陸全土からパイロットや飛行機械関係の人間が集まるからな。少しは恩恵にあやからなきゃ」

「儲かるといいですね」

「ああ、そうだな。ところでどんなのが欲しいんだ?」

「速度の早いのを」

 店主は大笑いした。

 きょとんとするロクサーヌに店主が言う。

「おまえらわかってねえなぁ。グランドクロスに出場するんだろ? だったら重要視する順番が違うぜ」

「どういうことですか?」

「グランドクラスは長距離を飛ぶ耐久レースだ。速度は大事だが、まずはエンジンの耐久性。高速にチューンナップすると痛い目をみる連中は大概、レース経験のないアホどもだ」

「そ、そうか……アホになるとこでした。ご主人、どうもありがとう」

「どうもお前さんら、初心者みたいだな。そうだ。先にあいつに話を少し聞いてみるといい。うちの整備士だ。それからもう一度機体を見てみな」

 そう言うと店主は隅っこで酒瓶を抱えて寝込んでいる中年男を指さした。

「あのオッサンかよ」

「ニイチャン、ああみえてもあいつは第一回グランドクロスに出場経験があるんだぞ」

「まじで?」

「俺はずっと店にいるからよ。その時、声をかけてくれ」

 そう言うと店主はロクサーヌたちを残してどこかへ行ってしまった。

「大丈夫かよ……あのオヤジ」

「少しお疲れのようですね」

「とにかく話してみましょう」

 寝転がるオヤジの声をかけてみる。

「すみません」

「もう……飲めないぞ」

「いや、そうじゃなくて。少しお聞きしたいことがあるのですが」

「あ?」

 男はうっすらと目をあけた。

「なんだい? きれいなネーチャン」

「店主にお聞きしましたが、あなた、グランドクロスに出場したことがあるとか」

「ああ、はるか昔にな」

「そのことでアドバイスが欲しいのですけど」

「アドバイス? なんの?」

「グランドクロスに出場するためには何が必要か。飛行機の種類とか道具とか……まあ、いろいろ」

「いくらくれる?」

「金とるのかよ!」

 リュカが呆れる

「あたりまえだ、このガキ。金よこさないなら俺の休憩時間を邪魔するな。どっかに行っちまえ」

「なんだと!」

「リュカ、待って」

 ロクサーヌがリュカを抑えた。

「お金なら大した額ではありませんがお支払いします。これでどうでしょう」

 ロクサーヌは金貨を一枚差し出した。

 男はそれを受け取るとめんどくさそうに起き上がる。

「俺の名前はモーリス・ベッソンだ。よし、ガキども。この俺がグランドクロスのなんたるかを教えてやるぞ!」

 ベンソンは酒瓶に残っていた酒を一気に飲み干した。

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