第4話 ヒトの皮を被ったもの(1)

「ここはお前たちのような子どもが来るところじゃない。さっさと帰ってカドセルム羊のミルクでも飲んでるんだな」


予想していたことだったが、アリシアさんやぼくたちが王への謁見を求めても、謁見どころか、城内に入ることすら衛兵に拒否されてしまった。しかしアリシアさんは物怖じもせず、凛として衛兵にこう告げた。


「わたしたちは滅びてしまったグリオールから来ました。カドセルムのこれからのことで、王様のお耳に入れなければならない大切なお話があるのです。どうかわたしたちの謁見をお許しください」


その言葉で、にわかに衛兵たちがざわめき始めた。

そのまま、ばたばたと上層部への連絡が行われ、ぼくたちは、『監視付き・魔法の使用禁止』という条件を飲むことで、王への謁見を許された。

王の間へと行く途中、ぼくたちを囲む監視と衛兵たちが厳しい言葉で警告した。


「お前たちがまともな魔法を使えるとも思えないが、ほんのわずかな初級魔法であっても、王の前では使用を禁ずる。どんな魔法でも詠唱には5秒以上かかるだろうが、1秒の時点で反逆罪とし、背後にいる我々がこの槍で詠唱中に即刺殺する。更に王の警護はすべて上級魔法の使い手たちばかりであり、何をしようとも敵うはずもないが、ゆめゆめ馬鹿な気は起こすのではないぞ」


シェーダさんはその言葉をおもしろくもなさそうに聞いていた。

衛兵たちのひとりが、厳しい顔で周囲の衛兵に向かって喋り始めた。


「それよりもだ、こんな小娘たちはどうなるものでもないが、先程王都の中に降り注いだ雷撃、あれは間違いなく極限魔法のものだ。我が国に極限魔法の使い手はいない。そんな輩が潜伏しているというだけで国を揺るがす危機でもある。王の前には、一歩たりとも危険人物を通さないようにしなくてはな」


「もう、通ってるだろが」


「あん?」


シェーダさんのぽろりと漏れた一言に、衛兵たちが眉をしかめたが、アリシアさんが慌ててそれを制した。


「シェーダさん、わたしたちはそんな危険人物ではありません。王に告げるのです。これからのカドセルムにとって、最も大切な話を」


「わかったよ……」


シェーダさんはまだ、つまらなさそうな顔のままだった。

誰も、シェーダさんのような若い女の子が、極限魔法の使い手だとは思っていない。

上級魔法の使い手ですら国家のお抱え魔術師クラスであり、極限魔法の使い手は世界に数人しかいないのだから、当たり前のことではあった。


「ここから先が王の御前だ。粗相のないようにしろ。わずかでも反逆的な態度を取れば、その場で死罪とする」


ぼくの背中に冷や汗が流れた。

ぼくたちの後ろにぴったりと立っている監視と衛兵たちは、それぞれ槍を持ち、いつでもぼくたちを殺せる準備を整えている。


ぼくの魔法の詠唱速度はこの世の誰よりも速い。恐らく0.1秒とかからないだろう。いざとなれば、3人まるごと上級魔法のバリアで覆ってしまえばいい。しかし、そうなれば王の警護と決戦は避けられない。それはアリシアさんの最も望まないところだ。

丸腰のまま、この厳しい状況で、平和条約を整えている結ぶことなどできるのだろうか。

すべてはカドセルムの王にかかっている。

もしも、カドセルムの王が、ぼくたちに理解を示すものだったら……。


そして王の間に入ったぼくは、わずかな希望を打ち砕かれた。


玉座に座り、周囲に警護兵を置き、いつでも臨戦態勢に入れる状態を維持している王は――――その足元にグリオールの国旗を踏みつけ、憎しみのこもった目でぼくたちを睨みつけていた。


王の顔に刻まれた深い皺の形は、優しさや老化によるものではなく、これまでの人生の中で幾度も激昂し、憎しみをひとにぶつけていなければ、刻まれることのないどす黒い雰囲気を醸し出していた。


ひと目見たその雰囲気は凶悪で、一言目に浴びせてきた言葉も冷酷だった。


「お前たちが、滅びたというグリオールの生き残りか。滅亡したというのは本当だったのだな。いい気味だな。お前たちも、死んでおればよかったものを」


アリシアさんはその言葉を聞いても、床に正座をして、深々と礼儀正しく頭を下げた。


「謁見の機会をいただき感謝いたします。おっしゃる通り、恥ずかしながらわたしたちは生きのび、こうして王の目を汚してしまうことをお許しください。わたしたちは、カドセルムにとって大切なことをお伝えするために、恥を忍んでここまでまいりました」


王はその言葉を聞いて笑った。


「は! 小娘どもの言葉に何の価値がある。なんでも言ってみるが良い。言い終わったあと、貴様ら全員を尻から串に刺し、城門のところに飾ってやる。知っているか? 人間は腸内に槍が刺さった程度では、すぐに死ぬことはできない。数日間は串刺しのまま生き、のたうちまわりながら絶命していくことになる。貴様らは、自分の国の愚かしさを呪いながら死んでいくがいい」


もう、話し合いどころではない。

アリシアさんの平和条約はとても結べるはずもないと思わされた。

しかしそれでも、アリシアさんはひるむことなく言葉を紡ぎ続けた。


「死の丘での戦争は、深くよどんだ魔法による腐敗を生み出しました。それにより、伝承にあった、腐敗を食い物にする『滅びしもの』を呼び寄せてしまったのです。死の丘は吹き飛ばされ、グリオールにいたっては、国土のすべてを消滅させられました。死の丘の腐敗をすべて食い尽くし、『滅びしもの』は消えてしまいましたが、もう二度と、『滅びしもの』をこの世に呼び寄せてはならないのです。次こそ、人類すべての危機が訪れます。わたしはここに、全世界の王と平和条約を結び、攻撃魔法による腐敗が生まれない世界にしたいのです」


王は黙ってその言葉を聞いていたが、そのうち笑い始めた。


「くくく……。グリオールの国土がまるごと消えていたのは知っていた。偵察兵が、巨大なクレーターを見つけていたからな。しかしあれが、極限魔法ですら起こすことのできない大爆発であることから、実情がわかるまで軍にも箝口令を敷いていたところだ。しかし、『滅びしもの』とはな…。ではあれが、伝承に残る『完全魔法』というやつか」


「はい……」


アリシアさんは神妙に答えたが、王はその言葉を聞いてまた笑った。


「いい気味だ! 何もかも消えてなくなり、これほど気分のいいことはない。そして腐敗によどんでいた古戦場である死の丘が消えたなら、しばらくは『滅びしもの』も現れるまい。なぜわしがお前の言うことを聞く必要がある? まさか、攻撃魔法の使用を禁止せよというのか? そのために他国に攻め寄せられ、この国が滅んでしまったらどうする。今すぐお前の口を、攻撃魔法で引き裂くこともできるのだぞ」


アリシアさんはその言葉にも動じず、静かに続けた。


「世界中、すべての国の王が一同に会し、条約を結ぶのです。攻撃魔法を使わないという条約を。魔法は高度なものであり、相当な練習を積まなくては習得できません。でも、いつしか教える者がいなくなり、学ぶ者もいなくなれば、自然と魔法はこの世からなくなります。腐敗もなくなり、『滅びしもの』もこの世に現れることができなくなる。そうしなければ、人類を危機から救うことはできないのです」


「貴様のその理屈では、最後まで魔法を使えていた者、隠して武力を持っていたものが一番得するな。他国に魔法技術を放棄させ、自分だけが魔法技術を隠し持ち、すっかり魔法が廃れたところで他国に攻め入れば、世界を制服することも可能だ。違うか? 小娘の綺麗事で世界は動かん。死ぬ前に言いたいことはそれだけか。貴様の願いなど永遠に叶いはしない。くだらん夢物語を抱いて死んでいくんだな」


まるで話し合いにもならなかった。

ぼくは絶望的な気分になった。

この王の言うことは残酷で冷酷だが、耳をふさいではいられない部分があった。

アレシアさんはひとの善意に期待している。しかしもしも、たったそれだけで世の中がまわるなら、すでにこの世は善意に満ちた優しい世界になっており、平和条約など必要としていないはずだ。

平和条約は、ひとがひとであることを超えた条約なのだった。

アリシアさんの言うことは痛いほどわかるけど、実現は考えられないくらい難しいものだと言わざるを得なかった。


ぴりぴりと王の間の空気が張り詰め、いつ背後から刺されてもおかしくないような状況になっても、それでもなお、アリシアさんは静かに強く話し続けた。


「王様。わたしはおっしゃるとおり小娘で、世の中のことを何も知りません。ですから、グリオールとカドセルムが戦争をすることになったきっかけも、わたしには聞かされていないのです。わたしがおぼえているのは、幼いころ見た、交易のためにグリオールに来ていたカドセルムの方々の優しい笑顔だけです。わたしは、両国ともに、あのときのように優しい笑顔を交わしてお付き合いできていけるものと信じていました。なぜこのような悲しい戦争が起こることになってしまったのでしょう?」


王はその言葉で烈火のごとく怒り始めた。


「その交易だ!! 貴様らの!! その交易が原因なのだ!!」


王の逆鱗に触れた。それでもアリシアさんは、静かに王を見つめ続けていた。王はアリシアさんを睨みつけたまま、今にも殺しそうな勢いで話し始めた。

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