第23話 戦いのあと

「……ですから……わたしは、攻撃魔法をもう使うべきではないと思うのです……」


どれだけ眠ったのだろう。

うっすらと意識を取り戻したぼくは、ベッドの中にいた。

見知らぬ小屋の、個室のようなところで眠らされていた。

隣の部屋から、アリシアさんの声が聞こえてきた。


「『滅びしもの』を見たでしょう……。攻撃魔法は『腐敗』を生んで、ああいうものを蘇らせてしまうのです……。『死の丘』の『滅びしもの』は、『腐敗』を食い尽くして消えてしまったみたいですが、今度『滅びしもの』が現れたら、もう誰にも止められません。ですから、誰も攻撃魔法を使わず、争いのない世界にしないと、本当に人類は滅んでしまいますよ……」


「それで、あたしにも魔法を使うなっていうのか」


「……はい……わたしはもう、シェーダさんに人を傷つけてほしくありません。わたしたちの国はなくなってしまいましたが……このことを、世界中に伝えて、争いをなくす必要があると思うんです……」


「ちょっと違うな。お前の国、滅ぼしたのは、あたしだよ」


アリシアさんは黙っていた。


「あたしの極限魔法が『滅びしもの』を呼んだんだ。お前の大事なものを壊したのはあたしだ。憎くないのかよ」


アリシアさんはしばらく黙っていたが、涙をこらえるような声で言った。


「……誰も憎みません……」


しばらく、涙をこらえるような嗚咽が続いていた。シェーダさんも黙り、沈黙が続いていたが、シェーダさんが口を開いた。


「『滅びしもの』に次会ったらぶっ殺してやろうと思って……完全魔法を使ってみようとしたが、だめだった」


がたん、と椅子から立ち上がり、テーブルに手をつく音が聞こえた。


「いけません!! 緒音人さんを見たでしょう? もう10日も目覚めませんし、魔法も使えなくなってしまっています……。死んでいてもおかしくなかったんですよ。完全魔法なんてもってのほかです……! もう誰も、争いなんて、するべきじゃないんです……」


「どうかな……そんなこと、誰が聞くかね……。お前が生きてきた世界と、あたしが生きてきた世界は違う。泥水ばかりすすって生きてきた。『争うな』なんて、恵まれたやつの戯言にしか聞こえねーよ。お前を2回、殺そうとしたのもこのあたしだぞ。怖くないのか」


しばらく無言が続いていたが、アリシアさんが口を開いた。


「……怖くありません……。あなたを憎んだりしません……」


「どうなってるんだ? お前は? どこかおかしいのか?」


「わたしは、幼い頃に両親が病気で亡くなって、路地裏でゴミを漁っていました……。病気になって死にかかっているところを、『世界の母』のお弟子さんのひとりに救われて、治療院に来たんです。一歩間違ったら、わたしとあなたが、逆でもおかしくなかったんですよ。この世に悪いひとなんていないんです。人を追い詰める環境があるだけです」


「あたしが、お前の父親代わりの司祭を、焼き殺してやったのに、そう思えるのか」


アリシアさんはそこで泣き出した。


「……司祭さんのこと……悲しくなんてないわけないです……。でも、ひとを憎み始めたら、もう終わりなんですよ。憎しみは永遠に続きます。一時的にすっきりした気持ちになっても、その仕返しと、報復がずっと続いて、世界のひとびとを全員死なせてしまうまで、決して終わりません。わたしだって、悲しいけど……それでひとを憎んで、何になるの? ひとを憎むことなんて、やめなきゃいけないんです……」


アリシアさんが嗚咽を続け、シェーダさんは黙っていた。


お母さんの死で、世界を憎んでいるシェーダさん。司祭さんの死で、世界を変えようとするアリシアさん。シェーダさんはまるで、アリシアさんを試そうとしているかのようだった。


ぼくはベッドから体を起こした。激しい痛みが体中を走り、動くことも困難だったが、どうにか歩き出し、ドアを開けた。隣の部屋はリビングになっていて、テーブルを通して向き合っているふたりの姿が見えた。


「アリシアさん、シェーダさん……」


ぼくの姿を見て、泣いていたアリシアさんの顔が、明るく輝いた。

花のような笑顔だった。なんだかとても嬉しかった。

アリシアさんが駆けるようにぼくに近づいてきて、ぼくの手を取り、両手で包んで優しくさすってくれた。


「緒音人さん、気がついてよかった……。目覚めないかと思って心配していたんですよ……。体は大丈夫なんですか?」


「は、はい…… 魔法は使えないみたいで……申し訳ないんですけど……。ここはどこですか?」


「ここは、隣国の森の中にある、もう使われていない木こりの小屋みたいです。一応、敵国にあたるので、わたしたちが不法に利用していることを知られたら、騒ぎになるかも知れませんが……。ずっとシェーダさんが見張りをしてくれているので、今のところは大丈夫ですよ」


「そうなんですか……。ありがとうございます、シェーダさん……」


シェーダさんは無表情のままで黙っていた。

ぼくが歩こうとした瞬間、激しい痛みが体を走り、その場で倒れ込んでしまった。


「お、緒音人さん……! まだ寝ていてください。夕ご飯をお部屋に運びますから。そろそろみなさんでご飯にしましょう。良くなるまで、ゆっくり寝ていてくださいね」


ぼくはアリシアさんに肩を貸してもらって、またベッドに横になった。


その後、個室のドアを開けっ放しにして、アリシアさんが作った野菜スープを、ぼくはベッドの上、ふたりはテーブルの上で一緒に食べた。

シェーダさんはほとんど喋らなかった。

スープを食べたら、またすぐに眠ってしまった。思っているよりずっと、体のダメージが大きいみたいだった。



次の日の朝、鳥が鳴く音で目を覚まし、魔法を使ってみようと集中してみたが、まったく魔力が集まってこなかった。


これから先のことがとても不安になってしまった。

敵国の真っ只中で、ぼくは魔法が使えず、頼みの綱はシェーダさんのみ。

シェーダさんがいまどう考えているのか、ぼくにはまだよくわからない……。

シェーダさんにずっと、おんぶにだっこというわけにもいかないだろう。

しかし、そもそもぼくたちには、戻るべき国が存在しない。

ぼくたちはどうしたらいいんだろう……。



ぼくがぼんやり考えていると、アリシアさんが部屋の中に入ってきた。


「あら……起きてたんですね。早起きですね」


アリシアさんはにっこり笑った。可愛らしい笑顔だった。ぼくはそれを見て嬉しくなった。


「寝ている間、ずっと汗をかいていたから……汗を拭こうとタオルを持ってきたんですよ。役に立つかわかりませんが、『ヒール』もしますね」


10日間くらい寝ていたらしいけど、ずっと、汗を拭いたり、『ヒール』をかけ続けていてくれたのだろうか。

ぼくはそれを思うと、とても申し訳なく思った。

でも、それと同時に、もうひとつの思いがこみ上げてきた。


『滅びしもの』との戦いのとき、死にそうなぼくを抱いて、キスしてくれたこと。


『好き……』と言ってくれたこと。


あのことにアリシアさんが全然触れないから、どう考えているのかわからない。


アリシアさんは、ぼくのことが好きなのだろうか。

いったい、いつから?

好きっていうのは……男女としての『好き』なのだろうか……。

聞きたい。アリシアさんに聞いてみたい。


アリシアさんがてきぱきと洗面器に水をため、タオルをしぼって、ぼくの顔を拭いてくれようとしたところで、ぼくはその手を握った。


「ど、どうしたんですか……?」


アリシアさんは戸惑いながらぼくを見つめていた。

ぼくもアリシアさんを見つめ返した。


「ア、 アリシアさん……。あのときのこと……」


「え……?」


「ほ、『滅びしもの』との戦いのときのこと……」


「はい……」


「あ、あのとき、す、好き……キスしてくれたのは、どうして……」


途中からすごく頭に熱が上がってしまい、言いたいことがパンクして、むちゃくちゃになってしまった。

アリシアさんは目をそらして、でも頬が真っ赤になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る