第22話 万物の死

『滅びしもの』が『万物の死』を詠唱し始めると、太陽から魔力がねじり上げられ、『滅びしもの』の指先に収束していった。

もはや説明は不要だった。

小型の太陽を、ぼくたちにぶつける魔法だった。


どうすれば防げる!?

どうすれば対抗できる!?


完全魔法で、防御魔法『プロテクション・イージス』を発動させるしかない。

おそらく、完全魔法なら、あの小型太陽を防げるはずだ。


しかし―――

もしも、あの太陽に数十秒の持続時間があったなら―――


シェーダさんの『リヴァイヴ』は、どう考えてもあと1回が限界というところだった。

ぼくひとりで、『イージス』を数十秒維持することは不可能に思えた。

10秒と持たずに死んでしまう。

しかし、それでも『イージス』を使うしかない。

耐えられることに賭けて、使うしかない―――


そう決意して『イージス』を張ろうとしたとき、シェーダさんが以前言っていたことを思い出した。


『自分に被害が及ぶような魔法をつかうとき、あらかじめ自分に防御魔法をかけておくのは、魔法戦闘の定石なんだよ―――』



あいつは―――なぜ―――自分に『無限リヴァイヴ』をかけた―――?


きっと、『万物の死』が自分も巻き添えを食うほどの超広範囲魔法だからこそ、自分に防御魔法をかけたのだろうけど、なぜ、『リヴァイヴ』を選んだ―――?


あいつが、『イージス』を使えないはずがない。

自分に『イージス』をかけてから、『万物の死』を使えばいい。

『無限リヴァイヴ』では、ダメージを受けながら回復するだけで、まるで最初から自分も焼かれることが前提みたいじゃないか――――――


そこまで考えて、ある結論にたどり着き、全身から血の気が引いた。


この魔法、『防御不可』なんだ――――――


さっきの『世界の蹂躙』を防がれたから、今度は『防御不可』の魔法を選んできてるんだ―――

この魔法、どんな完全魔法でも、決して防げないんだ――――――


ぼくは絶望感と無力感に打ちのめされ、一瞬、完全に思考が停止してしまった。

どうしたらいい?

無駄と分かって『イージス』を張る?

それとも―――それとも―――


ぼくが行動できないでいると、シェーダさんがぼくの頬をひっぱたいた。


「おい!! しっかりしろ!! 風魔法だ!! 完全魔法で、狙いを狭く絞ってあいつに風魔法を叩き込め!! うまくいけば宇宙空間にまで吹っ飛ばせる!! ここをくぐり抜けるには……それしかないぞ!!」


確かにその通りだった。

ぼくも最初、シェーダさんと戦った時にその方法を使ったのに、魔法戦闘による経験の差がありすぎて、すっかり頭から飛んでしまっていた。

あいつに対して放った完全魔法『ライトニング・テンペスト』は、多少の焼け焦げしかダメージを与えられなかったので、風魔法でもほとんど吹き飛ばない可能性がある。

しかしそれでも、唯一可能性があるのはこの方法しかなかった。


ぼくは『滅びしもの』が詠唱を終える前に風魔法を叩きつけようと、右手を高く『滅びしもの』に向かって掲げた。

しかし、魔力は集まらなかった。

完全魔法だけではない。

初級魔法を作るような、わずかな魔力さえ、ぼくの手には集まってこなかった。


シェーダさんが驚愕したような瞳でぼくを見つめた。

アリシアさんが不思議そうな顔でぼくを見つめた。


ぼくは右手を強く握りしめたまま、現実を受け入れられず、体を震わせた。

完全魔法は―――人間が使ってはいけない魔法だったんだ―――


アリシアさん、ごめんなさい。シェーダさん、ごめんなさい。

2回、完全魔法を使った後、ぼくは、もう、魔法そのものが使えなくなってしまっていた。



「お前…… お前…… まさか……!!」


シェーダさんが顔を歪ませてぼくに声をかけたが、何も返事のしようがなかった。

アリシアさんは、強くぼくに抱きついた。アリシアさんはもう、何も言わなかった。


どうにか、ぼくは重い口を開いた。


「ごめんなさい…… ふたりとも…… ぼくは……もう……魔法が使えないみたいです……」


アリシアさんは、ぼくの胸に顔を埋めた。そして、ぼくの背中を優しくさすった。

シェーダさんは体を震わせ、『万物の死』の光を見つめていた。


死ぬ。

みんなで、このまま死ぬ……。


ぼくがどうしようもない無力感に押し潰れそうになっていると、『滅びしもの』の詠唱が終わったようで、その指先には、考えられないような高エネルギーの球体が生まれていた。


「くそがぁぁぁぁぁぁ!!」


その球体が撃ち込まれる直前、シェーダさんが叫びながらぼくたちに抱きつき、風の極限魔法をぼくたちに対して叩きつけた。

ぼくたち3人は極限魔法の爆風で空を舞った。

『万物の死』が大地に向かって撃ち込まれた。


『万物の死』の球体が大地に落ちた瞬間、轟音とともに何もかもを焼き尽くし、どんどんとその大きさを膨張させていった。

『死の丘』がまるごと飲み込まれても、その膨張はとどまるところを知らず、なにもかもを飲み込み続けた。

シェーダさんが風魔法を使ったタイミングは天才的で、ぼくたちは『万物の死』の膨張に飲み込まれるかどうかの瀬戸際で空を舞い続けた。

しかし、街は逃げられなかった。

何十キロも膨張し続ける『万物の死』に、アリシアさんの街はまるごと飲み込まれた。

それでも『万物の死』は留まることを知らず、ぼくたちの国のなにもかもを飲み込み、王都までも飲み込んだ。

真っ白な『万物の死』の光が、この世から、ぼくたちの国の存在そのものを消し去った。

アリシアさんはその景色を見て絶叫した。


「あああ、あああああああああああ!!!」


なにもかも消えてなくなった。

アリシアさんが愛した街。

アリシアさんの国。

アリシアさんの好きだったひとたち。

アリシアさんの大切だったもの。

アリシアさんが、生きていたすべて、守ってきたすべて――――――


ぼくは『万物の死』の残酷な光を見つめながら、自分の中からこみ上げる激しい鈍痛をこらえきれず、いつしか意識を失っていた。


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