第21話 あなたを守るって

『滅びしもの』が呼び寄せた、数十個の隕石―――


一発でも直撃すれば、恐竜が絶滅したときのように、地球そのものに信じられないようなダメージが出る―――


一発も落とさせる訳にはいかない!!

すべて上空で撃ち落とさなくてはならない!!


追尾系の極限魔法、『ブレイジング・イグナイテッド』だ―――

今のぼくなら、5発くらい同時に発動させることができるはず。


それで、空中の隕石をすべて自動追尾させればいい―――


5発―――

5発の極限魔法―――


ぼくは、シェーダさんと戦ったとき、シェーダさんの極限魔法の前に、上級魔法を数十回使っても、まったく歯が立たなかったことを思い出した。


5発―――

たった5発―――!!

たったの、5発―――!


いったい、何発あれば、あの隕石群をすべて撃ち落とせる?

数百? 数千……?


極限魔法じゃだめなんだ!!

完全魔法じゃなきゃ……

完全魔法でないと……

しかし、しかし……


ぼくはさっき、一瞬完全魔法を使っただけで、全身の血管がねじ切れ、内臓が破裂し、死にかけたことを思い出した。


怖い――――――!!


完全魔法を使いたくない!!


全身が恐怖に震えた。

あれだけの隕石を撃ち落とすために、何秒、魔法を維持しなければならない―――?

10秒? 20秒?

とても、そこまで生き続けていられる自信がない。

間違いなく、死ぬ。


しかし―――

ぼくは、そばにいるアリシアさんの顔を見つめた。


何もしなくても、死ぬ。

ぼくたちは死ぬ。

アリシアさんも、隕石に焼かれて、何もかも消えてなくなり、死ぬ―――

アリシアさんが―――死ぬ―――


ぼくは全身を奮い立たせ、自分で自分に勇気を出させるため、お腹の底から声を絞り出して叫んだ。


「アリシアさん―――! ぼく、言いましたよね―――!!」


そして空高く右手を掲げた。


「アリシアさんを―――必ず、守るって―――!!」


ぼくの右手に、幾何学模様のように美しく、神々しい炎の魔力が集まっていった。


「完全魔法!!『ブレイジング・イグナイテッド』!!」


その瞬間、数百発もの地獄の業火にも似た火球が『滅びしもの』の隕石に向かって発射され、空が、世界が、まるで終末のように真っ赤に染まった。


全身の血管がねじ切れ、右手の骨がねじり上がって折れた。

内臓が破裂し、立っていることも困難になった。

それでも魔法の維持をやめることはできなかった。

地獄の業火が、次々に隕石に命中していくが、隕石を溶かし切ることは出来ず、依然としてこちらに向かって降り注いでくる―――

一発でも着弾したら終わり―――

すべて溶かすまで止められない!

すべて撃ち落とすまで、魔法の詠唱を途切れさせられない!


必死で魔法を維持し続けているうち、両足の骨がねじ切れた。

心臓の太い血管がねじり上がり、今にも千切れてしまいそうだった。


ぼくは、自分で自分を鼓舞させるように、必死で叫んだ。


「うおおおおあああああああああああああああああああああああ!!!!」


いままで、なにかに、こんなに頑張ったことがあっただろうか。

ここに来てからも、前の世界でも―――

そんなことは一度もなかった。


アリシアさんのせいだ。


慈悲深くて、どんなひとにも分け隔てなく優しく、愛情に満ちたアリシアさんと出会ってしまったから―――


本当は弱いアリシアさんが、自分にできることを精一杯やろうとしていたから―――


無理して背伸びして、頑張っているところを見せられたから―――


アリシアさんの笑顔が優しいから―――


大切だから―――


ぼくがアリシアさんを―――


愛しているからだ――――――!!



「うおおおおおああああああああああああああああああああああああ!!!」


ぼくは叫んだ。

世界を変えるべく、アリシアさんを守るべく、腹の底から叫び続けた。


アリシアさんは、正面から必死でぼくに抱きつき、『ヒール』をかけ続けてくれていたが、完全魔法のダメージの前にはまるで焼け石に水だった。


隕石を数発撃ち落としたところで、胸のところでグチャッと音を立てて、肺がふたつとも潰れていくのが分かった。

呼吸が出来ない。


あと何秒―――

あと何秒生きられる―――


目から血を流し、呼吸の代わりに血を吐きながら、隕石を睨みつけた。

まだ数十発―――

『だめだ』

『終わりだ』

そう考える思考を頭の中から振るい払って、『ブレイジング・イグナイテッド』を撃ち続けた。


真っ赤に染まる空の中、意識を失いそうになった瞬間、ぼくの体を光の柱が包み込んだ。

『リヴァイヴ』の光―――

蘇生してぼくのところに駆けつけてきた、シェーダさんの『リヴァイヴ』だった。


シェーダさんは後ろからぼくに抱きつき、アリシアさんに激を入れた。


「作戦を変えるぞ! あたしが、こいつに超近距離で『リヴァイヴ』をかけ続ける! お前は、あたしに『ヒール』をかけろ!! 『ヒール』の身体能力向上は、あたしの詠唱時間をほんの少し短くする―――! さっさとしろ!!」


アリシアさんは戸惑いながら、『ヒール』をかける相手をシェーダさんに変えた。

そこから先が地獄だった。

シェーダさんの『リヴァイヴ』は、どれだけ近距離でかけても、ヒールで詠唱時間を短くしても、発動まで3秒かかる代物だった。

その3秒で、何度も内蔵が潰れ、骨がねじ切れ、心臓が裂けそうになる。

そして回復すると、次の3秒が、まるで永遠のように長く感じられた。

怖い―――怖い―――怖い―――!!

3秒ごとに瀕死と蘇生を繰り返し、血を吐き、体を裂きながら、強く抱き合うぼくたち3人は、いつしか血まみれになっていた。

ある瞬間、ついに心臓のあたりで『パツン』という音がして、心臓が破裂した。意識を失いそうになった瞬間、『リヴァイヴ』が発動して意識を取り戻した。

永遠とも思われるような時間が流れたとき、アリシアさんが叫んだ。


「緒音人さん、見てください―――! 撃ち落としました! 流れ星はもうありません―――! 緒音人さん……!」


声は聞こえていたが、その時、眼球がふたつとも潰れていたので、その様子を確認することはできなかった。


シェーダさんが最後、絞り出すように『リヴァイヴ』をかけてくれたことで、シェーダさんにもアリシアさんにも、魔法の使用回数上限が来ていることを知った。。


血まみれになったぼくたち3人が、青息吐息で空中を見つめると、初めて―――初めて、『滅びしもの』と目が合った。


そいつは―――笑っていた―――


口を耳まで裂けるように歪ませ、漆黒の瞳をいびつにねじ上げながら、ぼくたちの方を見て、笑った――――――

全身が凍りつくような気分になった。


そのまま、『滅びしもの』は自分の胸に向かって手を当て、魔法の詠唱を始めた。


考えられないほど大量の魔力が、『滅びしもの』の体内から溢れ、幾何学模様のように美しい光となって溢れていく。


あいつは、体内にあれほどの魔力を持っているのか――――――?

この惑星のすべての魔力を集めたのではないかと錯覚するほどの、信じられない魔力の量―――

あんなもの、とても真似することはできなかった。

滅びしものが静かにつぶやいた。


「完全魔法―――『永遠の蘇生』―――」


詠唱が終わると、『滅びしもの』の体が常時、光の柱で覆われ続け、まばゆい光が消えることなく輝き続けた。

ひと目見ただけで、それが自分自身に無限の『リヴァイヴ』をかける魔法であることがわかった。


そして『滅びしもの』は、また右手を空高く掲げた。

また、『世界の蹂躙』―――!?!?

シェーダさんは、もう『リヴァイヴ』の連発ができない―――!

次は撃ち落とせない!! きっと、撃ち落としきれない―――!!


絶望しそうになったぼくだったが、『滅びしもの』が指差す方向を見て、絶望を超えて、全身の血液が凍りついた。

『滅びしもの』の指差す先には、太陽があった――――――


「完全魔法―――『万物の死』―――」

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