第24話 ふたり

あのとき、キスしてくれたのは、どうして……?


ぼくはアリシアさんの腕を握ったまま、アリシアさんのことを見つめていた。

アリシアさんはぼくから目をそらしながら、頬を真っ赤にしていた。


アリシアさんは、なにも喋らなかった。


アリシアさんは、ぼくのことが好きなんだろうか。

ぼくだって、アリシアさんのことは、ずっと大好きだ。


もし、ほんとに好き同士なら……


ぼくの頭の中が急速に火照っていくのがわかった。

ぼくは衝動的に、残った手でアリシアさんの肩をぐっとつかんだ。

アリシアさんが、ぴくっと体を震わせた。


「ア、 アリシアさん……」


ほんとに好き同士なら、もう一度キスしてみたい……

ぼくは魔法が使えなくなってしまった。

もう、ぼくたちふたりは、これからどうなるか分からない。

生きていられる保証もない。

抱きしめてしまいたい。


いつのまにか肩を握る力が強くなり、そのままアリシアさんを抱き寄せようとしたら、アリシアさんがその手を振りほどいた。


「ま、待って……待ってください……」


アリシアさんはうつむいたまま、ぼくの手を握り返した。優しい握り方だった。

そのまま抱きしめようとしたら、ドアの外からシェーダさんの声が聞こえた。


「起きてんのかよ。夜中の見張りしてて疲れた。腹が減ったわ」


アリシアさんは慌てて立ち上がって、

「ご、ごはんにしましょうね? 緒音人さんも、来てくださいね」

と言って、そそくさと部屋を出ていってしまった。


結局、なにもわからずじまいだった。


朝ごはんをみんなで食べた後、また、体の底から激しい痛みが出てくるようになり、ベッドで寝ていたら、いつのまにか夕方になってしまっていた。


ぼくはベッドの中で、うつうつといろんなことを考えていた。


ぼくは魔法が使えない。

こうなったら、この世の中では、生きていけないも同然だ。

アリシアさんを守ることもできないだろう。

どこかで死ぬかも知れない。

アリシアさんに思いを伝えたい。

死んでも悔いのないように、そのまま抱いてしまいたい。


今まで、童貞力を使って魔法を駆使してきたけど、魔法が使えなくなった以上、もう童貞力なんて関係ないんだ。

アリシアさんは、抱かれてもいいのだろうか?


いろいろなことを思い出した。

『滅びしもの』との決戦のときの、アリシアさんの柔らかい唇の感触―――

『好き……』と言ってくれたときのこと―――

初めて出会った時、思わず見てしまった、アリシアさんのおっぱい―――

大きくて可愛らしくて、柔らかくてあたたかそうな、きれいなおっぱい―――おっぱいが―――


「う、う、うわああああああああああああああああああああああ!!」


ぼくの指先に魔法が収束し、『ヒール』が発動した。

信じられないことに、死んでいたはずの魔法力がおっぱいによって蘇り、少しずつまた、ぼくの中に目覚めようとしていた。


魔法が使える。また、魔法が使える。

やった……! これでまた、アリシアさんのことが守れる……!


ぼくは一瞬嬉しくなったが、魔法が使えるということは、つまり絶対にもう、アリシアさんを抱いたりしてはいけないということだった。

ぼくの魔法の力は、童貞力を原動力にしているのだから……。


もしかして、好き同士かも知れないのに、いったいどういうこと……?

もしアリシアさんがぼくのことを好きでも、一緒になることは許されないのか……!


理不尽さを感じながら、試しにもういくつか魔法を使ってみようとしたところ、何か、自分の中に強烈な違和感をおぼえた。

1000年間こじらせていたはずの童貞力が、なにか、ごっそりなくなってしまっている……。

200年くらいはなくなってしまったような感覚がする……。


なんとなく予想がついた。完全魔法を使ったからだ。

完全魔法はぼくの中の魔力から童貞力まで、根こそぎいろいろなものを奪って発動させていたのだ。

完全魔法は、やはりもう使うことが出来ない。

乱発して死んでしまう危険性もあるけど、もしも童貞力をすべて奪い取られてしまったら、完全に魔法が使えなくなってしまう……。


またアリシアさんを守れるようになったのは嬉しいけど、すごく複雑な気分だった。

そんなことを考えながらベッドで寝ていたら、また眠ってしまい、次に気づいたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。


そのへんにあったロウソクに、小さな火の魔法で火をつけてみた。

ぼーーーっとしながら、少しおなかが空いたなぁと考えていると、ドアを軽くノックする音が聞こえた。


「緒音人さん、起きてますか?」


「あ、はい」


アリシアさんがドアを開けた。いつもとおりの優しい笑顔だった。


「晩ごはん、食べずに寝てしまっていたから……。お腹すいてませんか?」


「あ、食べたいです!」


アリシアさんは、こんなものしかなくてごめんなさいね、と言いながら野菜スープを持ってきてくれた。

ぼくはベッドに腰掛けながらあたたかい野菜スープを食べて、幸せな気持ちになっていたら、アリシアさんがベッドの隣に座ってきてくれた。


アリシアさんは静かにぼくのことを見つめていた。

ぼくは心臓がどきどきしたけど、アリシアさんも同じようで、見つめたり、目をそらしたりを繰り返していた。


「あの……」とアリシアさんが切り出した。


「いつも緒音人さんに助けてもらって……感謝しています……」


「ぼくのほうこそ……アリシアさんがいなかったら、こんなに頑張ることはできてなかったです……」


「そうですか……?」


「そうです……だって……」


アリシアさんが好きだから、と言おうとして、ぎりぎりで言いとどまった。

このまま、もしもすごくいい雰囲気になってしまったら、思わず抱いてしまいそうだ。童貞力を失い、魔法が使えないことになってしまう。それは避けなくてはならなかった。


「だって…… その……なんというか…… そ、そういえば、魔法が使えるようになってきたんです! まだ、すこしですけど……」


「え! そうなんですか! よかったですね……! 心配してたんです」


アリシアさんは、花のように明るく顔をほころばせた。そして、指でぼくをつついた。


「でも……もう無理して魔法を使ったらだめですよ? 本当に緒音人さんが死んでしまうかと思って……もう、気が気がじゃなかったんですから……」


「そうですね……ごめんなさい……もう無理はしないようにします……」


「そうですよ……。緒音人さんがいないと、わたし………」


そこでアリシアさんは黙ってしまった。


また、こんな雰囲気になってる!!!


すごく変な話だった。

朝、さんざん「どうしてキスしたんですか?」と気持ちを聞き出そうとして、なんなら抱こうとしていた男が、夜には急にそんな話になるのを避け、気持ちを聞くのも避けようとしている。いったい、なにがしたいんだと言われてしまいそうだった。


でも、アリシアさんの気持ちを聞きたい。好きだと知りたい。

好きだと知っても、自分を抑えればいいんだ。たったそれだけのことだ。


うつむくアリシアさんの表情は見えなくて、少し顔を寄せようとしたら、まず最初にアリシアさんの大きなおっぱいが目に入ってきてしまった。

だめだ。まったく自分を抑えられる自信がなくなってしまった。



アリシアさんが無言になり、ぼくも無言で、しばらくベッドに腰掛けながら、ふたりでただただ時間を過ごしていた。


アリシアさんが、ぼくを見つめながら、静かにつぶやいた。


「緒音人さん……」


それから先、何も言おうとしなかった。


そういえば―――


アリシアさんは、ぼくが死ぬ寸前に、『好き……』と言ってくれたけど、ぼくはまだ、一度も口に出して、アリシアさんのことを好きだと言っていない。


アリシアさんが、ぼくのことを本当に好きだったら、アリシアさんだって、ぼくの気持ちを知りたいはずだ。


言ってしまおう、せめて、それだけでも……。


もう何百回も頭の中で繰り返した、『アリシアさんが好き』を、本人に向かって言ってみよう。

何度も考えすぎて、ぼくの中で当たり前のようになってしまった言葉。

アリシアさんにとっては、なにもかも新しい、生まれたての言葉。


思わず両方の拳を握りしめた。

ぐっと息をして、アリシアさんの方を向く。


「アリシアさん……」


「……はい……」


アリシアさんも、じっとぼくを見つめ返してきた。


アリシアさんを見つめ、口を開こうとした瞬間、ドアの向こうからシェーダさんの声が聞こえてきた。


「夜の見張りに行ってくるぞ……アリシアはなにしてんだ? どこにいる?」


あ、ああああああああ~~~っ、もう!!

ぼくは心の中で地団駄を踏んだ。

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