第18話 その銃に花束を
「お前が極限魔法の使い手を止めるだとぉ!? 寝言は寝て言え! お前ごとき一介の治療士に、一体何ができるというのだ!」
兵隊長はぼくを正面切って罵倒していたが、ぼくはシェーダさんの止め方を知っていた。
ぼくが行くことを知らせればいいだけだった。
ぼくは空に向かって高く手を掲げ、水と土の上級魔法を連射した。
シェーダさんを捕まえたときのふたつの属性だった。
このタイミングで、無意味に水と土の魔法を空に連射する人間は、このぼく以外にありえない。
そしてシェーダさんほどの使い手が、連射される上級魔法を見逃すはずもなかった。
ぼくが魔法を使ったあと、繰り返し続いていた『ライトニング・テンペスト』の閃きがまったくなくなった。
シェーダさんに、ぼくが行くことが伝わったのだ。
ぼくは兵隊長に向かって告げた。
「兵隊長…… 怪我人をすべてここに運んでください。そして、ぼくとアリシアさんを戦場に行かせていただきたいのです。必ず、極限魔法の使い手を止めてみせます」
「なにを……なにを言っているのだ……。上級魔法が使えたところで、あいつ相手には何の役にも立たん! そしてこれだけは言っておく。もはや我が軍はほとんど壊滅状態だ。今更向かったところでどうにもならん。ここまで運べた者はほんの少数…… もう……大半は……」
兵隊帳はそこで言葉を切り、嗚咽混じりの声で吐き捨てた。
「死んだ……。死んでしまったわ……!!」
ぼくは唇を噛んだ。
どうすることが正しかったのだろう。
ぼくも最初から、戦場に行けばよかったのだろうか。
そしてシェーダさんと、極限魔法を撃ち合っていたら……
おそらく、隣の国にも莫大な死者が出て、より被害は拡大していただろう。
それは正解じゃなかった。
ぼくの心に、ただひとつの正解と思える答えが見つかっていった。
アリシアさんが、殺されるかも知れないのにシェーダさんの家に行ったときの言葉が思い出された。
『わたしたちは、非武装でなければいけないんです』
アリシアさんの、シェーダさんへの思いやりを思い出した。
『何もしなければ、あの人の心はずっと、闇にとらわれたままです―――』
ぼくは意を決して、司祭さんにすがって泣いているアリシアさんの肩に優しく手を乗せた。
「アリシアさん、行きましょう。すべてを、止めに行きましょう」
ぼくの方に顔をあげたアリシアさんは、涙でぐしょぐしょになっていた。
「はい……」
ぼくは風の中級魔法を使い、アリシアさんとぼくの前に風の船を作り出した。
兵隊長はなおも怒鳴っていた。
「お前たちが行ってどうなる!? お前たちになにができる!!」
『お前たちになにができる』…… シェーダさんも言いそうなセリフだった。
ぼくはアリシアさんを風の船の中に抱き寄せた。
「だから、ぼくたちが行かなきゃいけないんです―――!」
ぼくは風の船を、戦場に向かって走らせた―――
『死の丘』に着いた時、目の前に飛び込んできたのは、数え切れないほどの黒焦げになった死体たちだった。
すべて、『ライトニング・テンペスト』の犠牲者だった。
思わず目を背けたくなるのをこらえ、戦場を探すと、隣国の兵士たちが何万人も、無傷のまま立っているのが見えた。
そしてその一番先頭に―――銀髪で褐色の肌の、美しい女性が立っていた。シェーダさんだった。
ぼくとアリシアさんは、シェーダさんから100メートルほど離れたところに船を降ろし、シェーダさんと対峙した。
治療院での戦い以来だった。
シェーダさんは、ぼくとアリシアさんを見て、憎しみとも、嘲笑ともつかない表情をした。そしてぼくに向かって言い放った。
「待っていたぞ、緒音人。お前たちが野戦病院を作っているのは知っていた。あたしは、そこに『ライトニング・テンペスト』を撃ち込むこともできたんだ。だがお前に『リヴァイヴ』された借りを返しに―――野戦病院は見逃してやったんだよ」
ぼくは何も言わず、ただシェーダさんを見つめていた。シェーダさんは続けた。
「もうひとつ、いいことを教えてやろう、緒音人。お前たちはあたしの『ライトニング・テンペスト』からかろうじて生き残った連中を、野戦病院で回復させていた。何人回復したんだろうな。そしてそいつらは、また戦場に戻ってきて、もう一度あたしの『ライトニング・テンペスト』を受けて死んでいったよ。そう、殺してやったんだ!!」
その言葉に、アリシアさんが悲痛な表情でうつむいた。分かっていたことだったが、直視できない出来事だった。
「お前らのやってることなんて、何の意味もないんだよ!! 何の意味もないんだ!! ただの偽善なんだよ!! くだらない自己満足なんだ!!!」
シェーダさんは次から次にまくしたてていた。
ぼくは黙ってそれを聞いていた。
そして、シェーダさんにこう返した。
「そうだね……。偽善で、自己満足かも。何が正しいかなんて、ぼくにはわからない。でもシェーダさん、知ってほしい。アリシアさんは、シェーダさんがどんなに敵意を向けても、絶対に敵意を向け返さない人だ」
シェーダさんは黙ってアリシアさんを見つめていた。ぼくは続けた。
「シェーダさんは悲しい思いを敵意としてぶつけて、敵意で返されて、それで―――それで安心したいんだ。敵意だけの世の中だと思い込みたいんだ。そうしないと、自分の思い出に整理がつかないからだ。ほとんどの人が、敵意には敵意を返してくるだろう。でもそうじゃない人だっている。もう一度、シェーダさんが期待していい人だっている。裏切らない人だっているんだ」
シェーダさんの体に血管が浮き出していた。
「人助けなんて、偽善かもしれないし、くだらない自己満足かも知れない。何の意味もないことなのかも。それでもシェーダさん……。偽善でも、自己満足でも、意味がなくても、それでもいい。シェーダさんに、幸せになってほしいんだよ……」
そこでシェーダさんは爆発した。
「てめぇ!!! ぶっ殺してやる!!!!!!」
シェーダさんが雷雲の魔力を集め始めた時、ぼくはアリシアさんに合図をした。『ヒール』をしてほしいという合図だった。
アリシアさんはぼくの後ろから強く抱きつき、ぼくに『ヒール』をかけてくれた。アリシアさんのおっぱいが背中に優しく当たって、ぼくも極限魔法の詠唱を始めた。
シェーダさんが雷雲の魔力を集め終わり、ぼくたちに向かって叩き込んでくる。シェーダさんが信じるもの。シェーダさんが信じるものすべて。自分ひとりで磨いた力のすべて。
「『ライトニング・テンペスト』!!」
その数十本の稲妻がぼくに届くより速く、ぼくも防御魔法の詠唱を終えていた。
「『プロテクション・イージス』!」
青く美しく光る壁が、すべての稲妻を防ぎ続けた。
その様子を見て、シェーダさんが狂気の瞳で口元を歪ませるように笑った。
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