第13話 稲妻の殺人鬼

アリシアさんがいない。

ぼくは、極限魔法を使えない。

上級魔法だけで、『殺人鬼』を倒せるものだろうか?

それでももう、やるしかないのだ―――


ぼくは『殺人鬼』に向かって叫んだ。


「何人、無関係な人たちを傷つけたんだ! どれだけ、無関係な人たちを殺したんだ! 死んだ人たちも、家族の悲しみも、もう癒せない…… お前を絶対に許さないぞ!」


その言葉に、『殺人鬼』は異常なほど強く反応した。怒りに満ち溢れた殺気が見えるようだった。


『殺人鬼』は右手をぼくの方に向け、魔力を練り始めた。真っ赤な魔力が収束していく―――炎の極限魔法、『ブレイジング・イグナイテッド』だ。


どこまでも追跡する炎だが、同じ極限魔法でないと相殺できない! 防御もできない―――

でも、ぼくのほうが魔法発動までの時間は速い!

ぼくは必死で、上級の水魔法を集め、今にも発射されそうな炎の魔力に向かってぶつけ続けた。

何十発もぶつけるうち、多少は炎の魔力が弱まったような気がしたが、それもわずかのことだった。

『殺人鬼』は笑いながら詠唱を終えた。

「極限魔法、『ブレイジング・イグナイテッド』!!」


手のひらから現れる数十発の火の玉が、一斉にぼくに向かって襲いかかった。


防御! 防御だ!!


ぼくは火の玉が届くよりも速く、何十枚ものバリアを張った。

火の玉の威力が弱まったような気がしたが、魔法の威力を抑えきることができず、ぼくの体は炎に焼かれた。


「うわ、うわあああああああああ!!」


体が焼ける。

酸素がなくなる。

呼吸が出来ない!

死ぬ―――死ぬ―――!!


必死で水魔法を数十回繰り出して火を消火し、焼ける体を『ヒールフル』で回復させ続けるが、こんな戦いに勝ち目がないことは明白だった。

こちらの攻撃はまるで効果がないのに、相手の攻撃はぼくにとって致命傷に成りかねない。

殺された若い治療士が言った結末通りになりそうだった。


数十回の『ヒールフル』を経て、ぼくの体はどうにか黒焦げを免れていたが、たった1回の攻撃の応酬だけで、100回上級魔法を使っても何の役にも立たないことが分かり始めた。


『殺人鬼』は、ぼくを嘲笑しながら、そのまま手を空高く掲げ、指先を雲に向けた。

一瞬にして黒い魔力が集まり始める。

前に見たことがある―――

こいつの得意な魔法、『ライトニング・テンペスト』だ―――


落雷を防ぐ方法がなにもない。

しかし実際は、鉄の上級魔法で避雷針を作るなど、後から考えれば対処方法はあった。

ぼくが、アリシアさんの魔法授業をきちんと聞けていなかったのが悪かったのだ。


ぼくはパニックになり、ひたすら、バリアを張ったり魔法を連発しようかとも思ったが、体は動かず、そのかわり、意外な言葉が口をついて出た。


「お母さん、残念だったね」


自分でもなぜそんなことを言ってしまったのかわからなかった。


しかし、『殺人鬼』の反応は異常だった。

体は震え、魔法の詠唱は止まり、怒りに全身が満ち溢れていた。


「お前に、何が分かる。お前みたいなやつらに、一体何が…―――」


『殺人鬼』の体から、仮面と鎧が一気に外れた。固定していた魔法を解除したようだった。


『殺人鬼』の正体は―――銀色の髪に、褐色の肌をした、美しい女性だった。

ちょうど夢の主人公が成長したら、こんな姿だったのだろうという背丈だった。


鎧の下は、ビキニのようなわずかなインナーだけの姿。

そして―――

『殺人鬼』は―――

ものすごく大きなおっぱいを持っていた―――



『殺人鬼』のおっぱいを見て、アリシアさんのおっぱいをリアルに思い出し、そこで、ぼくたちの勝負は決まった。


ぼくの周りに、『殺人鬼』を圧倒的に超えるスピードで魔力がねじり上げ集められ、光の粒へと姿を変えていく―――



「ぼくにだって、人の悲しみが全部分かることなんてない―――!」


光の粒は手の中に収束した。


「それでも、悲しみのかわりに人を傷つけ始めたら、お前はもうおしまいだぞ!!」


『殺人鬼』はぼくに向かって、『ライトニング・テンペスト』を撃ち込んできた。

数十本の稲妻がぼくに向かって降り注ぐが、ぼくに届くより一瞬速く、『プロテクション・イージス』が発動し、すべての稲妻を受けきった。


『殺人鬼』は怒りに我を失って、『ブレイジング・イグナイテッド』を連発してきた。


ぼくも同時に『ブレイジング・イグナイテッド』を詠唱し、火の玉を相殺していく。

ぼくのほうが手数が多い! そして発動も速い! 勝ったも同然なんだ!


あたりが火の玉の熱気と轟音で弾ける中、『殺人鬼』は自分自身に対して何かの魔法をかけた。それがなんなのか、ぼくには不勉強で分からなかった。


次の瞬間、『殺人鬼』は土と風の魔力を集め、土砂混じりの台風のような魔法を発動した。極限魔法『ジオ・ストーム』だった。


ぼくも相殺するため、まったく同じ魔力を練り、『ジオ・ストーム』を叩き込んだ。

異変はここからだった。

火の玉は火の玉で相殺できたが、土砂混じりの台風は、相殺したとしても土砂が弾け飛び、ぼくの体に容赦なく突き刺さった。


「う、ううっ!?」


無数の激しい土砂に体を貫かれ、思わず『リヴァイヴ』を使おうとするが、ぼくのこめかみにぴたりと当たられた『殺人鬼』の指がそれを止めた。


「勝負あったな! お前は魔法がこれだけ使えるのに、その基礎戦法を何も知らなさすぎる…。自分にまで被害が及ぶような魔法を使う場合、あらかじめ自分に身体強化の魔法をかけておくのは魔法戦の定石なんだよ…!」


魔法は近ければ近いほど、威力も強く発動も速い。

そして弱い魔法ほど発動までの時間が短い。


こめかみに当てられた指から、初級魔法の『ライトニング』でも使われたら、それで頭が吹き飛ぶはずだった。

アリシアさんが教えてくれたことを、もっと真剣に聞いておくべきだった。


ぼくは『ジオ・ストーム』の土砂で全身に深いダメージがあるというのに、『殺人鬼』には何のダメージもない。


体はきれいなままだ。

そう―――きれいすぎた―――


確かに『殺人鬼』の体は身体強化の魔法で強化され、一切の土砂のダメージを受けていない。体だけは。


『殺人鬼』が着ていたビキニのようなインナーは土砂の影響をまともに受け、完全に消えてなくなっていた。

ふたつのきれいなおっぱいが、ぼくの目の前にあらわになっていた。

つんとした桜色のきれいな乳首が姿を見せている。


一度だけ見たことがある、アリシアさんのきれいな乳首を思い出した。しかも、2個分―――


ふたつの―――おっぱい―――



「死ね!!」


『殺人鬼』はぼくにめがけて『ライトニング』を撃ち込んだが、ぼくが『同時発動』した『プロテクション・イージス』と『リヴァイヴ』がそれを無に帰した。


防御のバリアの中で、ぼくの傷が完全に回復していく。


「な、なんだこれは!?!?」


『殺人鬼』は驚愕した。


ひとつのおっぱいを、その手にできるのはせいぜい片手のみだろう。


しかしふたつのおっぱいは、両手で手にできる道理―――


おっぱいは極限魔法―――!


ふたつのおっぱいは、ダブル極限魔法―――!


ぼくの左手に土、右手に水の魔力が集まり始めた―――

『殺人鬼』は驚愕しながら叫んだ。


「あ、ありえない! 同時にふたつの極限魔法が使えるなんて―――!!」


『殺人鬼』は慌てて防御の魔法を練ろうとしたが、ぼくのほうが圧倒的に速かった。


これはもう極限魔法ではない―――童貞魔法だ!!


ぼくはあふれる童貞力のすべてを、2つの魔法の合成に注ぎ込んだ。


「極限童貞魔法―――水と大地の牢獄!!」


水魔法と土魔法が一気に合成され、硬い粘土のような無数の土砂が、何度も『殺人鬼』の体を横殴りにした後、磔のように粘着し、手足の自由を奪った。

もう魔力を集められない。完全に捕獲したはずだった。


「ぐ、ぐぅ……くそ……」


ぼくはゆっくり立ち上がり、自分の体中についた土を払った。

こいつはこのまま殺さず捕まえて、アリシアさんたちの元に連れて行く―――


「もう年貢の納め時だぞ……」


体を固定された『殺人鬼』は、深いダメージを受けながら、それでも逃げ出そうと、体をよじらせた。

その瞬間、『殺人鬼』の大きなおっぱいがぷるん、と左右に大きく揺れた。

女の人のおっぱいが揺れるのを間近で見るのは、これが初めてだった。


「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!」


ぼくのダブル極限魔法がまた発動し、『殺人鬼』の体が光で包まれた。

それは『リヴァイヴ』と『フルリリース(全解除)』の魔法となり、『殺人鬼』の体のダメージがすべて回復し、固定されていた年度の魔法もすべてが解除された。


「な、なんなんだお前は!?」


本当に、なんなんだぼくは。


もう一度ダブル極限魔法で捕獲しようとした時、初めて『殺人鬼』と正面から向かい合った。


『殺人鬼』はぼくと変わらないくらいの年頃だった。

そしてその目は、孤独な狼のような目をしていた。


ふと、いろいろなことを考えてしまった。


ぼくが、アリシアさんとの個人授業で楽しかったこと。

市場を一緒に歩いたこと。一緒に治療院で働いたこと。

たった2日で、思い出に残るような楽しいことがたくさんあった。


でも、この子はどうなんだろう。

この子には、今まで楽しいことがあったのだろうか。

人に憎しみを振るいながら、この子の心は、何もかも泥沼に沈んでしまっている。


なんとなく、2度目の攻撃魔法を使うのがためらわれた。

2回、傷つけることがどうしてもできなかった。


「君と、お母さんの名前はなんていうの?」


「はああ?」


『殺人鬼』は激しく怒気のこもった瞳でぼくを睨みつけた。

ぼくはなんて返していいか分からなかったが、素直に続けた。


「君のお母さんは、治療士に殺されたようなもんなんだろう……? なにもできないけど…… ちゃんとしたお墓を作ってあげることくらい、ぼくたちにだってできる。これからのことを考えるのは、ぼくたちだって―――」


『殺人鬼』は、ぼくの顔に向かって「ぺっ!」とつばを吐きかけた。


「後悔するぞ。あたしを生かして――― あたしは絶対に、誰も許したりしない。お前のことは、必ず追い詰めて殺してやる」


ぼくは顔のつばを拭えなかった。


『殺人鬼』は風の魔法を呼び、どこかに向かって消えていった。


彼女は普段、どこにいるのだろう。

まともな仕事なんてあるわけがない。

そんなことに少し胸を痛めながら、ぼくも風の魔法を使って空を飛んだ。

アリシアさんが待っている。

そして、待っている人がどこにもいないであろう、『殺人鬼』のことを考えて、また少し胸が痛くなった。

 

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