第11話 恋のセッション

司祭さんが王都へと伝書鳩を飛ばし終わり、明日には、供養のために王都の兵士たちが来てくれる予定になった。


ぼくたちは外出すると危険ということで、治療院の中に籠もることになった。

そして、気休めにしかならないかも知れないけど、治療院のまわりに鉄の棒を何本か立ててみた。


これまでの経験で、『殺人鬼』が最も得意としているのは『雷撃魔法』であることが分かっている。

治療院ごと壊すつもりで『ライトニング・テンペスト』を撃ち込まれたらほとんど終わりなのだけど、少しでも避雷針を作っておけば、雷を防げるのではないかと考えた。希望的観測だったけど……。


その日の夜、治療士さんも患者さんもおらず、すっかり静かで広くなってしまった治療院の個室で、ぼくとアリシアさんは魔法の勉強を始めた。


ひとつの机にふたりで座り、本をいっしょにめくる。

よく考えたら、元の世界でこんな経験したことなかった。

不謹慎にも、こんな切迫した状況で、そのことにとてもドキドキしてしまった。


「いいですか? 緒音人さん。魔法には、初級、中級、上級、極限の4種類があります。等級が高いほど、対象から魔力をねじり出す必要量が多くなるんです。わたしは中級まで、司祭さんは上級まで。1日にねじり出せる魔力の量にも個人差があって、わたしは調子がよくても、1日に使える魔法は10~20回が限界というくらいです」


アリシアさんの透き通った声を聞いていると、勉強しないといけないのに、ついつい、声ばかり聞いてしまう。何度も自分の意識を整え直そうとしても、それがすごく難しかった。


「そして基本的に、魔法の戦いになった時、同じ等級の魔法を防いだり相殺できるのは、同じ等級の魔法のみです。ですから、相手が極限魔法を撃ってくる場合、同じ極限魔法でしか、防御も相殺もできません」


よくわかる話だった。アリシアさんの話はとてもわかりやすい。そしてすごく可愛い。アリシアさんはいつもの看護服とは違い、パジャマのような軽い服を着ていた。胸の大きさがよりあらわになってしまう。

ぼくはそんなことを想像した瞬間、頭の中で自分をポカポカ殴った。

そんなことを考えてる場合じゃないのに! どうしてアリシアさんのことばかり見てしまうんだろう。


「緒音人さんが早急に憶えないといけないのは、魔法の種類だと思います。たとえば、土、水、空気の魔力を同時にねじり出すと、バリアの魔法が使えるんです。極限魔法の量までねじり出したら、『プロテクション・イージス』という、完全防御の魔法になります。上級でも『ガード・フィールド』というバリアになりますが、これは極限魔法の前には破れてしまいます。ですから…」


アリシアさんに近くでいろいろ教わっていると、アリシアさんは、すごくいい匂いがすることに気づいてしまった。

なんだか、全然勉強どころの話じゃなかった。

頭の中で何度も自分をポカポカ殴るのだけど、アリシアさんの話がすぐに飛んでいってしまう。

アリシアさんが真剣に魔法書のページや挿絵を指さして教えてくれる傍ら、いつの間にかぼくの視線は、アリシアさんの柔らかそうなピンクの唇や、大きな胸のふくらみにいってしまい、全然意識が定まらなかった。


「……こんな感じで、これだけの魔法を憶えておけば、戦闘になっても、いろいろな戦法が使えると思うんです」


完全に聞き逃した!!!

せっかくアリシアさんが真剣に教えてくれているのに、ちっとも頭の中に入ってこなかった!!


「わ、わかりました。ええと、水の魔力をねじり出して、バリアーがプロテクションで、土魔法ですね」


「いえ、土と水と空気ですよ」


全然、理解できていない。ものすごく恥ずかしいし申し訳なかった。

アリシアさんは優しく微笑みながら、ぼくの背中をさすってくれた。


「いろんなことがありすぎて、混乱しているんだと思います。少しずつ進めていきましょう」


ぼくはアリシアさんの顔を見つめ返すと、アリシアさんはにっこりと笑った。


アリシアさんは優しい。

でもこのアリシアさんの優しさは、すべての人に向けられたものだった。

まだ2日しか経っていないけど、アリシアさんの性格はよく分かる。

治療院でも、アリシアさんはどんな人にもとてつもなく優しく、一日中、身を粉にして介助するのが好きそうな人だった。


ぼくに向けられる優しさも、その博愛主義のひとつなのだと思うと、なんだか少しさみしくなった。


アリシアさんには、彼氏とかいるのだろうか。

食事しているときの司祭さんの会話で、アリシアさんが18歳だということは分かった。

ぼくも18歳。

つきあうには、ちょうどいいんじゃないか……なんて思ってしまったけど、そんなことを言ったら、アリシアさんはどう思うんだろう?


アリシアさんから恋愛の話なんて全然出ないものだから、ぼくもそんなことはとても言い出せないし、言ってしまったら、アリシアさんは困惑するだけかも知れない。


でも、アリシアさんにはいつか必ず彼氏ができるはずだ。

今もいるのかも知れないし、そうではないのかも知れない。


そんなことを考えたら、ぎゅっと胸が痛くなってしまった。

アリシアさんのピンクの柔らかそうな唇がなにかをつむぐたび、嬉しさと幸せと、寂しさがこみ上げてくる。

ぼくはなんでこんなことを考えているんだろう。


「………ということで、これが魔法の戦いの重要な戦法になってくるんだと思います」


また完全に聞き逃してる!!

ぼくは一体何をしているんだろう。

自分で自分がちっとも分からなかった。

こんなに不真面目じゃあ、なかったはずなのに…。


結局、アリシアさんの話は3分の1くらいしか聞けてなかったかも知れないけど、どんな物質から魔力をねじり出すかによって、大きく魔法の特性が変わってくることが分かった。


特に炎からねじり出す魔法はとても便利で、自動的に相手を追尾するホーミング魔法になるのだという。


炎の極限魔法である『ブレイジング・イグナイテッド』は、数十発の火の玉が相手を自動的に追跡するらしい。どんなに魔法が下手でも、とりあえず撃てば当たるのが炎魔法ということだった。


ぼくはこれをメインにしたかったけど、アリシアさんは、下手すれば相手を殺してしまうと、炎魔法の使用をあまり好ましく思っていないようだった。

水や土魔法で相手の力を弱め、殺さずに捕まえる方法でいこうということになった。


本当は、アリシアさんは、もっといろいろな魔法の戦略を深く教えてくれていた。

でもぼくは、そんなところまで全然頭に入っていなかったのだ。

それがこの後、ぼくを窮地に追い詰めることになった。

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