第10話 戦いの決意
ぼくとアリシアさんは、衛兵団の詰め所から、急いで治療院へと駆け戻った。
衛兵団のひとたちが殺されてしまったのは、ほとんどぼくたちに責任がある。
今更、謝ったところで時間は戻らないし、家族のひとたちに申し開きできる言葉もない。
でも、せめて弔いをすることは義務のように思えた。
ふたりだけで勝手にお墓を作ることもできないため、司祭さんに相談し、王都にも対応してもらう必要があるとアリシアさんは言っていた。
詰め所に向かう時は、アリシアさんとふたりで他愛もない話をしながら歩いていた明るい市場が、いまではこんなに重苦しく暗く感じる。
衛兵さんたちは、もう二度と明るく市場を歩くこともできない。やるせない気分だった。
治療院に戻ると、もうそこは、今までの治療院ではなかった。
門の前に人だかりができ、真剣な顔でうずくまっている司祭さんが見える。
司祭さんの前には―――ぼくたちに捨て台詞を言って飛び出した若い治療士さんが倒れていた。
もう、死んでいた。
「!? ど、どうしたのですか!?」
アリシアさんが声を震わせながら駆け寄った。
司祭さんは重苦しい顔でぼくたちの方を見た。
「お前たちが詰め所に向かってすぐに…… 空から、この者の死体が落ちてきた。死因は落下死ではない。どこかで溺れさせられている……。これは、口から水の極限魔法を叩き込まれ、陸地にいながらにして溺死させられた症状だ」
アリシアさんは言葉を失い、立ちすくんでいた。
『殺人鬼』は、ずっとぼくたちをどこかで見ているのだ。
ぼくたちが行動するたびに、なにか動き出している。
その理由は? 決まっている―――
ぼくたちを、心底怯えさせるため。追い詰めるため。そして、復讐するため―――
復讐の最後は、もちろん、ぼくたちを殺すつもりに違いなかった。
アリシアさんはものすごく苦しそうな表情で、司祭さんに向かい言葉を絞り出した。
「……詰め所の衛兵団の方たちも、全員殺されてしまっていました……。わたしと緒音人さんを同じ目に合わせる、という血文字を残して……」
「……………」
「司祭様……。わたしはこれ以上、みなさんに迷惑をかけられません。ここを出ていきます。そして、たとえ殺されたとしても、こんなことをしている方と、一度直接話し合います」
司祭は首を振った。
「アリシアよ、もうどこに行ったとしても何も事態は変わらん。むしろ、孤立するとあっと言う間に殺されてしまうぞ。王都の保護を受けよう。わしの方から要請する。お前たちは王都に逃げるのだ」
治療院の中では、数少ない残った治療士や患者さんたちが、自分の荷物を慌ててまとめていた。
彼らも、もう治療院を捨ててここから逃げるのだ。
空からかつての同僚の死体が降ってくるところを見てしまったなら、それが当たり前だった。
もうこの治療院は終わりなのではないかと感じられた。
「わしは、とっくの昔に治療院とともに死ぬ覚悟はできておる。たとえ全ての治療士が逃げ出したとしても、患者は毎日必ず訪れる。最後まで治療を行うよ。それで死んだとしても、わしに悔いはない。しかし―――」
司祭さんはアリシアさんを見つめた。
「お前は、ここでこんな死に方はするな。王都に逃げなさい。詰め所の弔いも、王都の保護も、わしの方で話を通しておく。若い身空で命を無駄にしてはいかん」
アリシアさんは司祭さんから目をそらさなかった。
「わたしのせいで、一体、何人死んでしまったんですか……。わたしだけ逃げることはできません! せめてわたしも、治療士として死なせてください……!」
「では、迎え撃ちましょう」
「!?」
アリシアさんと司祭さんは、ぼくの言葉に驚いて振り返った。迎え撃つ。もうそれ以外に、現状を打破する方法はない。
「こちらから、『殺人鬼』と正面切って渡り合います。もちろん、戦うのはぼくです! そして、殺しの連鎖もここで終わりにしましょう」
司祭さんやアリシアさんは、息を呑んでぼくを見つめていたが、司祭さんが先に口を開いた。
「……確かに、極限魔法が使えれば、やつと渡り合えることは間違いないのだが……。お前は、自由にそれが使えないのではないか? それでは、やつと戦うことなど不可能に近いぞ」
「そうですが、きっと、アリシアさんに『ヒール』をしてもらえたら、ぼくは戦えるんじゃないかと……思います……!」
ここに来て、おっぱい頼みになってしまった。
でも、それ以外に、ぼくが力を発揮できる方法がないのだから、どうしようもなかった。
アリシアさんはぼくを見つめながら、静かにこう言った。
「わたしにできることがあるなら、それはなんでもしますよ。でもね、緒音人さん……」
アリシアさんは強くぼくを見つめた。
「人殺しには、ならないでください」
アリシアさんの要求はとても重かった。
きっと殺す気なら、『殺人鬼』と渡り合う方法はあるかも知れない。
しかしアリシアさんは、『殺人鬼』と同じにはならないでと言っているのだ。
ものすごく難しい要求だったが、アリシアさんはそう言うだろうなとも予想できた。
「大丈夫です。どうにか殺さずに……『殺人鬼』を止めてみせます。がんばります……! アリシアさん、今日の一晩で、魔法の種類について教えてもらえますか? 魔法で戦う方法を知っておかないと……」
ぼくがそう言うと、司祭さんはものすごく不安そうな顔をした。魔法を知らずに戦うなどと言い出してしまったからだ。
ぼくたちの横を、次から次へと荷物を持った治療士さんたちが駆け出していく。
全員、ここを辞めて逃げる人たちだった。
彼らは何も言わなかった。ぼくたちに何も言葉をかけず、うつむいて出て行ってしまった。
最後のひとりが治療院を出て行った後、司祭さんは笑った。
「わしと、アリシアと、緒音人の3人か。こんなに治療士が少ないのは、開院以来初めてじゃな」
司祭さんがぼくも治療士に加えてくれたことが、なんだかぼくにはすごく嬉しかった。
司祭さんは続けた。
「わしは王都に事情を知らせるため、伝書鳩を飛ばす。詰め所の弔いをするためにな。アリシアと緒音人は、しばらく治療院から出るな。そして夜は魔法の勉強を進めろ。昼は患者さんたちが来る。忙しいぞ。耐えられるか?」
ぼくとアリシアさんは、ふたりで大きく強くうなずいた。
これ以上、負けに負けて、逃げ続けるわけにはいかなかった。
「アリシアさん、今夜は個人授業、お願いします!」
ぼくはアリシアさんにぺこっと頭を下げながら、自分が口にしてしまったキーワードをふと振り返った。
今夜は個人授業?
夜の個人授業って、なんか響きが……すごく……こう……
そういえば女の子とふたりで勉強したことってないかも……
それを、優しいアリシアさんと一緒に勉強……
夜の個人授業……
「あああああああああああっ!!!」
ぼくの周囲に、爆発的な魔力が集まり、光の粒が舞い上がり始めた。
「めちゃくちゃやる気ではないか、お前……」
半分呆れる司祭さんを尻目に、アリシアさんはぼくの手を握り、いつもの可愛らしい笑顔で優しく微笑んだ。
「こちらこそお願いします、緒音人さん」
可愛い笑顔で、大きなおっぱいのアリシアさんが、夜の個人授業、お願いします……
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!」
ぼくの童貞力は爆発し、光の粒はアリシアさんへと収束、『リヴァイヴ』の光の柱となって発動した。
「え…… ど、どうして今わたしに『リヴァイヴ』……」
「お前なああああ!!! なんでこれ以上目印作るような真似するんじゃあ!!!」
司祭さんの言うことはもっともだった。
アリシアさんの少し困った顔がとても可愛く、絶対に生き延びたいと強く感じさせた。
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