第3話 稲妻の殺人鬼と、おっぱいで極限魔法(1)

突然、空に雷雨が立ち込めた。

なんの前触れもなく突然、真っ黒な雲が頭上一面に広がった。


その雲の中を、まるでサーフィンするかのように、風に乗ってこちらに向かってくる人影が見えた。その姿を見て、アリシアさんの表情が変わった。


「逃げてください!!」


アリシアさんはぼくに向かって叫んだ。


「すぐにこの近くから離れてください! あれは……たくさんの人を殺している人……。絶対に会ってはだめ! 早く逃げて!」


アリシアさんはものすごく真剣な剣幕でぼくを立ち上がらせ、背中を押して、ぼくの背後の方向を指さした。


「あちらに向かって進めば、フルミエルの街にたどり着けます! 治療院に行けば、誰かが守ってくれます! だから逃げて! 今すぐに!!」


突然のことに事態を把握できず、戸惑って立ちすくんでいると、アリシアさんは強くぼくの肩を押した。


「早く!! 行って!!」


アリシアさんの剣幕に負け、ぼくはアリシアさんを気にしながら、アリシアさんが指差す方向に向かって駆け出した。

後ろを振り返ると、アリシアさんは―――ぼくに背を向けて、謎の人物を凝視していた。


雷雨の中をサーフィンしていたその人影は、アリシアさんの頭上まで近づくと、すうっと地上まで降りてきた。

そのなめらかな動きだけで、相当に魔法を使いこなしている人間なんだとわかった。


地上まで降りると、その人影の姿がはっきりとぼくの目にも見えた。

全身に異形のような鎧を着ている。足の先から手首まで、刺々しいその鎧に包まれて、中身が誰なのか、読み取ることは不可能だった。


アリシアさんは少し震えながら、正面からその人物に向き合った。


「あなたは―――どうしてこんなことをするんですか? あなたみたいに極限魔法が使える人間は、世界中探したって数えるくらいしかいないんですよ? その力を、こんなことに使ってはだめ…… 人のために役立てるべきです…!」


アリシアさんが言う終わるが早いか、鎧の人物は、高々と手を天にかかげ、雷雨を指さした。

鎧の人物の指先に、雷雨からねじり取ったと思われる魔力が、光の粒になって集まっていく。

アリシアさんは絶対に逃げず、その人物と正面から向き合っていたが、その足は震えていた。

そんなアリシアさんを嘲笑するように、鎧の人物は叫んだ。


「極限魔法―――『ライトニング・テンペスト!!』」


鎧の人物が魔法名を詠唱すると、信じられない光景が目の前に広がった。

草原一面に数十本の稲妻が降り注ぎ、激しい光の嵐と轟音に聴力を奪われ、失明してしまうのではないかと思うほどだった。


「きゃあああああああああああっ!!!!」


アリシアさんが悲鳴を上げていたはずだが、聞き取れたかどうかも定かではなかった。

しかし、激しい落雷たちはアリシアさんには命中していなかった。

光と轟音が落ち着くと、アリシアさんの周囲に、クレーターのように落雷の跡がついているのがよくわかった。


その後の行動で、すべての落雷が外れた意味がわかった。

外れたのではない、故意に外したのだった。

恐怖を与えるために。じわじわと追い詰めるために…。


仮面の下の顔はわからず、声も鎧で加工されてデジタル音のような声だったが、その人物は、明らかに笑っていた。獲物をいたぶる楽しさを味わいたいようだった。


「初級魔法―――『ライトニング』……!」


いまにも爆発しそうになっている雷雲たちは、鎧の人物の魔法を心待ちにしていたかのように、落雷をアリシアさんに目がけて落としていった。


最初の一発目がアリシアさんの右腕に命中し、その激しいショックにアリシアさんは悲鳴を上げて、地面に向かって倒れ込んでしまった。


鎧の人物はそれでも魔法をやめず、『ライトニング』を唱え続けた。


2発目がアリシアさんの左腕に命中した。

アリシアさんの表情が苦痛にゆがむが、悲鳴は轟音にかき消された。

3発目がアリシアさんの左足に当たった。

アリシアさんはもう動けない。


こいつはいたぶっている。

人をいたぶっている……!!

圧倒的な魔法の力で、人を殺すのを楽しんでいる……!!


ぼくはアリシアさんが言っていた言葉を思い出した。


『わたしは、中級の回復魔法しか使えないんですけど……』


アリシアさんは攻撃の魔法が使えない。

そもそも、この鎧の人物と対峙するだけの力が、最初からなかったのだ。


ではなぜ、ひとりでこの人物と向かい合い、ひとりでこの人物の気をひきつけ、ひとりで落雷を受けて死にかけているのか……。


決まってる、ぼくを逃がすためだった。

出会ったばかりのぼくを、安全に逃がすための時間を作るために……。



そこに気づいたら、ぼくはいてもたってもいられなくなり、アリシアさんの近くへと駆けつけた。


「アリシアさん!!」


その声がアリシアさんに届くと、アリシアさんはぼくを見つめて怒っていた。


「逃げてって……言ったでしょう……!!」


これで逃げられるもんか! これで目をそむけられるもんか!


ぼくは倒れているアリシアさんの両肩を掴んで、抱き起こそうとした。

こんなにふたりでくっついていたら、次の落雷で、おそらくぼくもアリシアさんも死ぬ。

ぼくは何をしているんだろう。何の役にも立たないというのに。何もできないというのに。

それでも、アリシアさんを放っておくわけにはいかなかった。


「離れてください……逃げて! 逃げてください……」


なおもぼくに逃げることを要求するアリシアさんは、両腕にひどい火傷を負い、左足も黒焦げになっていた。痛々しい。これで、ぼくを守ろうとしていたのか。この人だって、なんにもできないというのに…!

アリシアさんの焦げた腕を見て、せめて、ぼくに回復魔法が使えたら……と神に願い、ダメ元でアリシアさんの体に手を当て、魔法の真似事をしてみようとしたが、まったく魔力は集まってこなかった。そもそも、体内の魔力をねじりとって光の粒にするなんて、どうやってもできそうにない芸当だった。


「アリシアさん……!」


アリシアさんの体を抱き起こし、傷ついたアリシアさんの全身を見て、気づいた―――


落雷の威力で衣服が焼けて裂け、アリシアさんの右胸が、生まれたままの姿を現していた―――


ものすごく簡単に言うと、見えていた―――


アリシアさんの大きなおっぱいが、つんとした桜色の可愛らしい乳首を隠そうともせず、ぼくの目の前に姿を見せていた―――


1000年間の願い。1000年間溜め込んだ思い。1000年間こじらせてねじれあがった童貞力。

1000年間恋い焦がれたおっぱいが―――

それが今――― 眼の前に――――――


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」


ぼくが絶叫すると、アリシアさんの体から爆発的なほどの光の粒が飛び出してきた。あわててそれをまとめようとすると、それは光の柱のようなものに姿を変え、アリシアさんの黒焦げになった体の、なにもかもすべてを治癒していった。


「えええええ!!! なにこれ!!!」


ぼくは突然のことに事態を掴みきれずにいたが、アリシアさんもその光の柱に驚愕していた。


「こ、これは……治癒の極限魔法、すべてを治す伝説の魔法、『リヴァイヴ』―――!」


アリシアさんの体は、すっかり元通りに戻っていた。

焼けていた両腕も、黒焦げだった足も。真っ白な肌に戻り、さっき笑顔を見せていたときのアリシアさんと同じだった。本当に心から安心した。

なにもかも同じ。同じではないのは、まだ今も姿を見せている、大きくてたゆんとしたアリシアさんのおっぱい――― 桜色の可愛い乳首が……


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」


ぼくはまた、生のおっぱいの衝撃に絶叫し悶絶した。

すると、ぼくの元に、ありとあらゆるところから光の粒が集まってきた。

それも、鎧の人物よりも圧倒的に速い速度で、信じられないほどの濃厚さでぼくは光の粒を身にまとっていた。


「!?!?」

鎧の人物はぼくを明らかに危険視し、魔法を発動するための準備をし始めた。


この時、ぼくはもう分かりかけていた。


この世に存在する物の魔力をねじり集める……それが魔法……


内の内からねじりあげる作業……


それをもうぼくはやっていたんだ。

この1000年間、ずっとぼくはやっていた……!

童貞をこじらせ続けることで……!


童貞をこじらせ、ねじりあがらせた童貞力が、魔力をもねじり上がらせている……!


心の乱れは性の乱れ!

童貞のこじれは、魔力のねじれ!!!


鎧の人物は、また雷雲から魔力を集めようとしているようだった。

しかし、ぼくのほうが速い! 1000年間ねじらせ続けてきた、ぼくの童貞力のほうが……!! お前の魔法よりもずっと速い!


ぼくは指を雷雲に向け、一瞬にして雷雲の魔力をねじり集めた。

そして見よう見まねで、鎧の人物に叩き込む―――

さっき鎧の人物がやったのと、同じ方法で―――!!


「極限魔法、『ライトニング・テンペスト』!!」


ぼくが叫ぶと、ぼくの叫びに呼応して、数十本の激しい稲妻が鎧の人物に襲いかかった。

稲妻が鎧の人物を次々と貫いていく。轟音と光の嵐に、目を開けることも難しかった。

ぼくが使ったはじめての極限魔法が、鎧の人物を撃ち抜いた。

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