ケース57 青葉かおり




「……」



「……」




 テーブルの上には紅茶が置かれていた。


 未だに立ち上る湯気。




 だが少女――――青葉あおばかおりは一切手を付けようとはしない。


 ただ俺を見つめてるだけだった。




 うーむ、どうしたものかね…








 扉から入ってきた少女――――青葉かおりは15歳の中学3年生。




 俺は手で座るように勧め、ティーカップに紅茶を注いだ。


 まあ気まぐれだ。


 ここに来るやつにみんなに出してるわけじゃない。今日はたまに紅茶を淹れたい気分なんだ。




 そして注いだ後俺はソファーにドサッと座り――――入室してから一言も発していない青葉を見つめた。


 彼女も俺を見つめ返してきた。


 無言の二人。






「――――異世界転生事務局へようこそ」




 沈黙したままでもよかったんだが、仕事が進まないと俺も困るので仕方なく先に口を開いた。




「……」




 彼女は、言葉を発さない。




 はて?言葉は喋れないという記述がファイルのどこにも見当たらないのだが。




 考え込んでると――――




「……ここはどこですか?」




 か細い声だがたしかにそう言った。




「異世界転生事務局ですよ。異世界に行きたくない?魔法も剣もありますよ」




 ついでにモンスターも魔族もあるよ。




「その…異世界転生事務局というのがよくわからないのですが」




「ああーなるほど。えーとですね。あなた方は今から地球とは違う世界に転生するチャンスが与えられています。つまり行きたければいくことも可能です。二度目の生を楽しむことができます」




 だが彼女は手で自分の頭を支え、なにか小声でつぶやいている。




 ――――よした方がいいと思うけどな。




 やがて記憶のパズルが完成したのか。




「…あたしは…突き落とされた…」




 ……


 思い出したのか。しょうがない。


 ファイルに「死因」――休日登山中偶然にも同じ山に来ていたいじめっ子のクラスメイトに突き落とされ、死。




「あたし…死んだ…?」




「まだ完全に死んでおりませんけどね」




 ニコニコ。事実は告げる、ただ淡々と告げる。




「…突き落とされたんだ…貴子に…」




「……」




 少女はやはりブツブツ言っている。


 まあ現実を受け入れるため少し時間は必要か。




 俺は待つ。


 紅茶の湯気はまだ消えてない。




「…死んだ」




 少女の顔色がより一層暗いものとなる。




「死ぬ直前」の記憶が鮮明に思い出したのか――――稀にいる、ほとんどここに来る人間は自分の「死の瞬間」を覚えていない――いや、思い出さない。


 だけど稀に――――自分の「死の瞬間」を思い出せる人もいる。




 気持ちのいいものじゃないだろうに――――


 なのに一度掴みかけたら最後までズルズルと出てくる記憶のカケラ。


 それを――――パズルを組み立てるように完成させていく。






 ここに来て――――


 少女は顔を上げ俺を見据えた。




「チャンスは…あるんですか!?」




 コクリと。




 青葉かおりの目には決意の炎が微弱だがゆらゆらと揺らいで見える。




「転生をご希望されるんですね」




「…はい…元の、地球に戻っても…あたしはこのまま変わらない毎日…変われない人生を送っていくんだろうなと思います」




 ままならないな。


 ここにも、俺の願いと相反することが起きる。


 同族――――同じ人間なのになぜか殺し合いをする。弱者をいじめる。




 少女が悪いのか――――それとも少女をいじめた奴らが悪いのか――――


 答え、俺は出せない。


 なぜなら――――それが人間だから。


 勇者俺だって、体のいい兵器として使われることがいくつもあった。


 国王にお願いされた、「頼む!敵国の侵攻を止めてくれ!我が国を――民を救ってくれ!」


 俺は、応じなければならなかった。


 なぜなら、俺は勇者だ。守るべき民を前にして拒むなどできるはずがなかった。


 そして俺の剣と魔法で敵国の数万の軍勢が吹き飛ぶ――――ただ俺一人によって――――数万の人間の命の灯火が消えた。




 救った国には歓声と歓待――――


 敵国の民には怨嗟と怨念――――








 ――――勇者が殺したんだ!敵を!


 ――――流石勇者だ、これで我が国の兵と民が死なずに済んだ!












 ――――勇者が殺したんだ!俺の父ちゃんを!


 ――――勇者…許さない!彼を帰してくれ!私の大事な恋人を返してくれ…!






 ――――――……


 俺は救ったのか?殺したのか?どっちだ…?














 遠い昔――――


 戦争の話があったんだ。


 勇者ツヴァイシュヴァル様は前線に立ち、勇敢に守るべき民を守り、敵の軍勢を一掃した。




 ――――だけどなぜかしら、勇者ツヴァイシュヴァル様は、戦争の終結にもかかわらず笑ってくれませんでした。


 ――――それは確かにおかしいですわね、我が国の沢山の人々を救ったのに。


















「さあーて、そこにある部屋を目指してください。どうぞ入ってください」




 俺は青葉かおりを試験部屋に案内する。








 ――――試験部屋。




「…あの…」




「ああ、ご安心ください、すぐ終わりますよ」




 俺が、パチンと。指を、鳴らす。


 すると――――部屋の中には蔦がたくさん巻き付いている大きな樹木が出現していた。




「あれを見てください」




「……大きな木ですけど」




「はい。大きな木ですね」




 あくまでニコニコと。


 どうなるかは少女次第。




「ここ」――――俺の時空間魔法によって作り上げた位相のズレた時空間――――「異世界転生事務局」の中ならば、俺は神に等しい。この空間はすべて俺の支配下に置いてある。地球の神――――管理者ですら干渉できない。




 そして俺が今まで記憶の中にあるすべての魔物、魔獣を部屋の中で完全再現可能。






 少女は遠くからしげしげとその樹木を眺めた。




 ――――うん。今の所正解ですね。




「…この木はなんですか?」




 少女の質問に――――




「なんの木だと思います?」




 笑顔を抑えられない。




「…わからないけど…わからないけど…近付いちゃダメって…勘が…」




「――――この木はですね、マルクザックルという植物系の魔物です。近付いた生物を蔦で捕まえ、食べるんですね」




「…!」




 少女が息を呑んだ。


 もし――――自分が近付いていたら…




「合格です」




「え?」




 パチンと。




 マルクザックルは消えた、幻のように。




「では入ってきた扉を目指しましょう。そこが出口であり――――”始まりの入り第二の人生”です」




 俺は試験部屋を後にした。少女――青葉かおりは慌てて俺の後を追ってきた。




 手を掲げ、「入口」を示す。


 青葉かおりが、ゆっくりと恐る恐る近付いていく。




「――――どうかよいを」




 その扉が、パタンと閉じる寸前。


 俺は、口にしていた。






 青葉かおり――――ケース完了。










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