ケース53 柏木俊一
座り心最高のソファーに身を預け、天井を眺める。
「どうぞお入りになってください」
一拍遅れて、コンコンとドアをノックする音。
さあ――――今日のお客異世界転生希望者はどうするのかね。
青年という言葉がぴったりな年齢の男が俺の対面のソファーに腰を下ろす。
「
両手を広げ、歓迎する。
「へえー俺、異世界に転生するんだ!やったぜ!ねえねえ、局長さん、俺さどんなチートもらえるの!?すっげー楽しみなんだけど!転生して無双してさ女の子をいっぱい集めてハーレム作るのさ!」
男――――柏木俊一はワクワクといった様子で身を乗り出して食いついてくる。
俺は――――心の中で盛大に溜息。
チート?無双?ハーレム?
君さ、何か勘違ってない?
俺の
「はい。お楽しみなところで申し訳ないのですが、チートとはどういったものを指して言うんでしょうか?」
俺の顔はある意味自然に極上笑顔になった。
「え?知んねぇの?ほらさ、神とかくれるじゃん?異世界に転生する時にさ、チートを」
「ですから私めはその”チート”についてはどういったものなのでしょうかとお伺い申し上げておりますが」
「え…いやそれって…とにかくめちゃくちゃ強くて…ほら、ドラゴンを一撃とか!」
「うーむ、それでは困りましたね。あなた方が転生する予定にある異世界でドラゴンを一撃とかで屠るといろいろ大変なことになりますが」
「え?やっぱり?”こいつ…ドラゴンスレイヤーだぜ”、”ああ、しかも一撃でな!恐ろしいやつだぜ…”、”きゃああ俊一様素敵!今晩の予定あいてる?”とかめちゃモテモテで俺TUEEEEEEEEってことになるから?いやー困るな確かに」
青年はひたすら脳天気に笑うだけだった。
「そう成れればいいんだと思いますが。まず俊一様はドラゴンがどういった生き物か知っておられます?」
「へ?空飛ぶモンスターでしょう。火とか吹くし」
「いやーそういう生き物でしたら私めも苦労なさいませんでしたわね」
――――ドラゴン、竜族は魔族を遥かに超える強靭な体と魔力を持つ空の王者だよ。
歴代勇者の中でも強い方の俺が上級竜族一対一で倒せるかどうかも怪しい。勝算は良くて30%。
ついでに竜族は同胞を何より大切にし、下級竜族――――堕落したやつは容赦も情けもないが、中級竜族や上級竜族に迂闊手を出してみろ、滅ぶ国が一つや二つだけじゃないぞ。
よく諺に「竜族に喧嘩売るより自殺したほうがいい」と広く伝わっている。
奴らは強靭な体に強大な魔力に悠久な寿命に聡明なオツムを持つ生物。
こんなやつと戦いたい人間はおらん。いたら正気失ってるやつさ。
「実はドラゴンがとても自分の同胞をこよなく愛し、その同族に手を出した暁には大陸全土に及ぶ災厄が降り注ぐかもしれません」
「は?だから?そのドラゴンを一撃で倒せるチートがあれば俺がさ全部のドラゴン倒せば問題ないだろう?」
おおありだ。
「全部のドラゴンを倒すと申すか、なんと勇ましいことでしょう。だけど倒し切る前に人間という種族があなた方がこれから転生する異世界からすべて消えることになりますね、いえ、人間だけでは飽き足らず、エルフやドワーフ、竜の
俺の説明を聞いて、青年は――――
「え…じゃあどうすんだよ!全部の竜族を一撃で倒すチートとかよこせ」
……この人は考える頭をちゃんと持ってるのだろうか。
「全部の竜族が倒されれば、今度は魔族を敵に回すことでしょう」
「お、いいね。魔族。ファンタジーっぽくて好き。じゃあついでに全部の魔族とかも倒しちゃおうと」
「さすれば今度は人間とエルフ、ドワーフの戦争が起きるでしょう、何しろ彼らを脅かす最大の脅威がなくなりましたね」
「それがなにか?」
青年はわからない様子だ。
「わかりませんか。人間とエルフ、ドワーフが戦争状態になれば全世界が戦火に巻き込まれるでしょう。そして互いに殺し合って、エルフ、ドワーフ、”人間以外のすべての種族がなくなるか、人間が死に絶えるか”どちらのことになりましょう」
「へ?それってやばいの?」
「戦争の結末に待っているのは焦土と化す大地に草一本すら生えておりません。見渡す限り生きとし生けるものが居りません、あなた方は、すべての命が消える世界で人生を過ごすのが目的なのでしょうか?それでしたらチートを――――」
「へ?いや待て待て!なんでそうなる!誰も生きてないとかそんな世界誰が行くんだ!俺はいやだね!」
「ですがあなた方はその結末を引き起こすもの――――チートを先からご執心なのではありませんか、てっきりそういう終末がお望みなのではと」
「ふざけるな!俺はそんなこと一言も言ってねぇよ!」
「はて?チートというものが先からずっと欲しがっているのはあなた方ではありませんか?」
「う…!いや俺はさ…そういうエンディングにならないチートがほしいんだよ、察してくれよ局長さんよ」
「これは無茶を申されますな。最強の矛と最強の盾が衝突したらどちらが勝つという話になりますね、このお話はご存知?」
「え?あー…確か…何だっけ?」
本当ご勘弁願いたいぜ。
俺の世界をめちゃくちゃにして知らん振りじゃ俺が黙っちゃいない。
俺の願いはみんなが笑って手を取り合って生きていけるような世界だ。
――――またエリンツァヴァルトクミーアの笑顔がフラッシュバックする。
すまない…俺の、わがままな願いで…
俺は、惚れられた女一人すら守れない男だ。は、何が勇者よ。俺の願いが真っ先に奪ったのが惚れてくれた女の笑顔だ。ったく笑えるぜ。
くそ。
笑顔が。瞼に焼き付いて、離れない。
エリンツァヴァルトクミーア……
俺の願いは、本当に正しかったのか…
「あーわかんねぇ」
青年が頭を掻き毟ってイライラ。
「そうですか、では行きたくないと認定させていただきますがよろしいのでは?」
「え?あ、いや…」
「どうしました?」
「行きたいけどさ…チートもほしいし、ハーレムも作りたい!無双も当然するさ」
「ですからそれでは矛と盾の話になりますね。すべてがご都合よくいくものとは限りません。あなた方の――――人間の神ですらそんなことできません。」
「え、局長さんあんた、神と知り合い?」
この青年がここに至ってそんなことすら気付かないものか。
「はい。何柱の神と個人的な交流がありましてね。地球側の神とも時折近況を伺う仲でして」
「え…」
「残念ですが、不合格と判断させていただきます。ではお引取り願おう。出口はあちらです」
「ふ…!」
青年が何やら何かをこらえている様子。
「ふざけるな!俺は異世界転生してチートもハーレムも無双も俺TUEEEEEEEも成り上がりもしたいのに――――」
激昂した。
しょうがない。
パチンと。
「――――のに…」
青年は、突如唇を閉ざし、ムクっと立ち上がって扉に手をかけて出ていった。
欲張りさんよ、お前が欲しがってたすべてのものを手に入れたやつがいたとしたら、そいつはただの”自己中”さ。
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