ケース41 鈴原凛
「……」
パラパラとファイルのページをめくっていく。
今日来る予定の転生希望者だ。
年齢は――――16歳、高校一年の少女。
コンコン。
扉がノックされた。
「はいどうぞー」
入室してきたのは、一見気弱そうな少女だった。
まあファイルに顔写真乗ってるが…
「どうぞおかけになってくださいねー」
そう言って対面にある同じソファーを勧める。
「あ…あの…」
少女が不安げに問いかけてきた。
「あ、あたし…死んじゃったのかな?ここは…死後の世界?」
「いーや正確にはまだ死んでいないね、死後の世界でもないので、ここは地球上に存在するけどどこにもいない空間だよ」
エリンツァヴァルトクミーアの笑顔がフラッシュバックする。
顔が一瞬に苦痛に歪む。だがすぐ平常時の落ち着いた顔に戻る。
――――ここは、俺が時空間魔法で作り上げた空間だ。位相のズレた時空間。だから地球にあるがどこ探してもいない。
……俺の、時空間魔法さ。
「…???」
少女は俺が何を言っているのか分からない様子だ。
まあそれはいい、俺はただの許可管理者に過ぎない。素早く仕事を完遂させよう。
「それでは異世界に転生する機会があなた方には与えられていますが、異世界に転生したいんですか?」
ニコニコと業務笑顔。これでも地球の神――――管理者に次ぐ権限を持つ立場の人間でしてね、失礼のないよう接しよう。
「い、異世界…?」
少女――――
「そうです。異世界です。ほら、ファンタジーによくあるあの異世界です。ドラゴンもエルフもドワーフもモンスターも何でもござれの異世界転生です」
極上の笑顔で説明。今の俺最高に胡散臭い。この少女にはそれがちょうどいいだろう。客にはいろんなニーズが有る、人によって接し方を変えるのがプロ。これでも仕事だからね。
「え…そういうとこに…転生?ですか…というかあたし死んでないとか言ったよね…!?」
あーあ。言わんこっちゃない。
聞かれたので答える。異世界転生希望者――――客の質問に回答する義務が俺にある。
「はい。死んでおりませんよ。死ぬ直前ですが」
「ここ」に来る魂は、基本「死ぬか死なないか瞬間にあるやつばかりだ」、どれ――――この少女の「死因」は――――ああ、苛めにあって家に引きこもりそれで空き巣の強盗に刺され、死。か――――
「それってつまりまだ生きているってことですよね…!?お願い帰して…まだ死にたくないよ…パパと…ママと…まだいっぱい話したいことがあるのに…うぐぅ…ぐすん…」
泣いちゃった。
うーん、そう言われてもな。
帰したら強盗の包丁があなたの腹に突き刺さるし、空き巣の強盗があなたのために救急車や警察を呼ぶとは思えないし、両親が家にいないし、腹に包丁が突き刺さっているあなたが自力で110番や119番に連絡できるとも思えないし、そもそもしたところで救急車の到着まで体力保てないし。
別にこいつは生きようが死のうが俺には関係のないことだが。
「うーん、お嬢ちゃん?人生ってのはいいことばかりではありませんね。だからたまに心機一転に他の――――誰も知らない場所でもう一度挑戦するのはどうかと私めは愚考しますがどういたしましょうか」
「…パパ…ママ…会いたいよ…」
……はあ。
「わかりました。異世界転生するおつもりはないんですね。それでは少々お待ちください」
そう言って俺は「試験部屋」を指差した。
「どうぞそちらのお部屋に移動してください、ご安心ください、元の世界――――地球にはすぐ帰れますよ」
笑顔、笑顔。
スマイルだけなら無料。
「本当ですか…!?」
気弱な少女とは思えないほど食いついてきた。
「はい、どうぞ入ってください」
俺も、少女の後に続いた。
試験部屋。
ここは、異世界転生希望者を審査するための部屋。
少女は、ここがどういうところなのかよくわからない様子で不安に部屋全体をキョロキョロと見回す。特に視線は壁際に立ててかけてあった武器や防具の類に凝視。
俺は――――パチンと指を鳴らす。
すぐに現れた二体の魔物――――ゴブリンとオーク。
「っひ…!」
それを見て少女が悲鳴を上げる。
さあ、ショータイムの時間だ。
「あれに”殴られて、ぶっ刺されて”きて攻撃を受けてくださいね。それが終われば元の世界に帰して差し上げますよ。ああ、ご心配なく、ここでは死ぬことがありません、どんなに痛くても、頭が粉々に砕けようが、たとえ血が乾涸びても死にません。さあ、責め苦を存分に味わってきてください」
俺は――――神や天使と思わせるほど極上の純真無垢な笑顔で、告げる。
「…い、いや…!来ないで…!助けて!誰か…!パパ!ママ…!」
安心していいよ。ここは「地球上に存在するがどこにもいない空間」、防音に関しては異世界魔法が主体構成のでの全宇宙No1。
――――――どれほどの時間が経ったのだろう。
少女の顔も、体も、粉々、肉片とすら言えないほど散りばめられていた。
ゴブリンとオークは、その少女の体を貪っている。咀嚼し、嚥下。
少女の意識は――――俺の異世界転生事務局にいる限り決して消えることはない。
たとえ肉体がなかろうが、意識――――精神はちゃんと存続する。
ショーの最初に聞こえる少女の必死な悲鳴や叫びも、途中から命乞いやら言葉にならない声が発するだけだった、そして肉体は粉々になり、頭――――発声器官が潰された瞬間、嬲られて反射的に紡ぐ声さえなくなった。
――――ふ。
ここでいいだろう。
パチンと。
ゴブリンとオークが消え、最初から何事も起きなかったかのように少女が地面に横たわる。
――――体は生きているが――――精神――ココロが潰されているのだ。
「おっと。」
また、パチンと。
少女の体はスクッと立ち上がり、まるで夢遊病患者のようにフラフラと歩き出す。
「では出口はあちらでございます、帰りにはお気をつけて」
少女――――鈴原凛は入ってきた扉を潜って、出ていった。
――――これでよし、と。
帰すまえに記憶もついでに消して置いた。これでここではなにが起きたかすら覚えていないだろう。
――――だがその痛みは、魂に永劫に刻み込まれる。
さあ、帰るがいい。
君を待っている「未来」は――――決まっている。
空き巣の強盗に包丁で腹を刺され、死。
――――だがもしも、
ゴブリンやオークによる煉獄とも言えるような責め苦を経験した人間なら、包丁で刺されても、電話まで辿り着け、救急車を呼べ、到着するまで意識を保てるかもしれないね。
――――君の魂が、もしその責め苦を思い出せるなら、違う可能性は――――すべて”君次第”だ。
クスと。柄にもなく苦笑する。
鈴原凛――――ケース完了。
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