第4話
「たぶん、何かの位置を示してるんだろうよ」
と、ウィルが拾った物を見てクリフは言った。ウィルが落ち着いたところを見計らって、メッツがウィルの持っている物について訪ね、さあ、と首を傾げるウィルの代わりに、クリフが返した言葉だ。
「何かって?」
「どうして分かるんですか?」
ほぼ同時に届いた質問に、クリフは淡い緑色の光を発する画面を指差しながら、丁寧に答える。
「ここにkmって書いてあるだろ? これは距離を表わす単位だ。とすると、数字は距離で、NとかEの記号は北、東とか方角を表わすもんだと考えられる。つまり、ここから北に56.3km、東に34.7kmの場所にありますよってことだ。何があるかまではさすがに分からないけどな」
「へぇ~」
自分が気付かなかったものをあっさりと見つけ、この機械がどういうものかということまで看破したクリフ。そんな彼をウィルとメッツは尊敬の念を持って見上げた。
「やっぱクリフ兄ぃはすげぇや……。じゃあさ、あれは?」
ウィルは弾んだ声で川底を指差す。
「あれか。ん~……」
川淵にしゃがみ込み、クリフは金属の塊を凝視した。ウィルもメッツも、期待を込めた目を向けて、クリフの言葉を待つ。
「さっぱり分からん」
立ち上がって胸を張り、クリフは断言した。
「……分かんないの?」
「ああ、見たこともない。ただ……」
「ただ?」
クリフの言葉尻を拾って、メッツが尋ねる。クリフはちらっと意味ありげな視線を二人に寄越してから、水底の物体に目を戻した。
「いや、一昨日に落ちてきたっていう流れ星の正体は、あれかもな」
「へっ!?」
考えもしなかった可能性を示されて、ウィルがおかしな声を上げた。
「じゃあ、あれが星のかけらなんですか?」
メッツは割合ショックが少なかったらしく、即座に反応する。
「どうだろうな。確かに磨けば光りそうだが、明らかに人工物だしなぁ。たぶん違うんじゃないか? どっちにしろ、あんな大きいもの、ベースに持って帰るなんて出来ないだろうよ」
「え~っと? あれが流れ星なんだよな? でも星のかけらじゃないって、どういうこと?」
混乱して頭のてっぺんから煙を出すウィルに、メッツは苦笑しながら簡潔な答えを告げる。
「そもそも、落ちてきたのが星のかけらじゃなかったってこと」
言われた事をすぐには呑みこめなかったウィルだが、正しく意味を理解すると同時にがく~っと項垂れた。
「なんだよそれぇ~」
「あれが空から落ちてきたものとは限らないけどな。もう一度ガラクタ山に戻って探してみるか?」
慰めるように言って、クリフはウィルの肩に手を置く。なんだか一気に気分が沈んでしまったウィルは、力なく頭を振った。
「げ、元気出しなよ、ウィル。全く何もなかった訳じゃないんだしさ!」
ウィルの手にあるものを示しながら、メッツは慌てたように、ことさら明るい声で励ました。
確かに、この機械は収穫といえばそうだ。いわば冒険の証。そう思うと、落ち込んだ気持ちが上向いてくる。手にした機械は、依然として『何か』の位置を示し続けていた。
ここに、一体どんなものがあるんだろう。何が待っているんだろう。
ウィルはゆっくりと雲の流れる空を見上げた。これが示す場所にある『何か』も、この大きな空から落ちてきたものなのだろうか。
「クリフ兄ぃ。クリフ兄ぃは、旅商人に付いてって、色んなところに行ったんだよな?」
初耳だったのか、メッツが驚いた気配がした。クリフは16の時、立ち寄った商人の一団に護衛として付いていったことがあるらしい。ウィルが外に興味を持ったのも、クリフから度々その時の話を聞いていた影響だった。
ああ、とクリフは短く答える。
空を見上げたまま、ウィルは静かに呟いた。
「この機械に書いてある場所って、何があるんだ? クリフ兄ぃはこの場所に行ったことあるのか?」
「……俺もその場所に行ったことはないな。ウィル、もしも――っ!」
不意に、クリフの言葉が途切れる。次の瞬間にはクリフに横から抱きかかえられ、ウィルは地面に倒れこんでいた。
ひぃっ、というメッツの引き攣った悲鳴が聞こえる。ウィルを残して素早く立ち上がったクリフは、背中の槍を掴みやいなや、穂先にかけてあった布を取り去って、二人を庇うように一歩前へ踏み出し、槍を構えた。
クリフの槍の先には、一匹の動物がいる。四足で立ち、荒野と同じ茶色の硬そうな毛を持つ動物だった。
今のままでもウィルの胸の辺りに顔がある。立ち上がったらウィルよりも遥かに大きいだろう。顔は丸みを帯び、鼻面は太くて短い。その動物は、茶色がかった黄色い目をぎらぎら光らせ、口元に並ぶ牙を剥き出しにして唸っていた。
「ディザートタイガーか。何故こんなところにいるのかは分からないが、相当腹が減ってるみたいだな。ウィル! メッツ! 俺の後ろへ!」
涎を垂らして舌なめずりするディザートタイガーから目を離さず、クリフは鋭く声を発したが、ウィルは身体が硬直してしまって動けない。初めて見る獰猛な野生動物の恐ろしさに、震えることしかできなかった。
「早くしろっ!!」
「……っ!」
焦りの混じった一喝。はっと我に返ったウィルは、立ち竦むメッツの腕を掴み、クリフの後ろに移動した。メッツの震えが、寄せ合った肩越しに伝わってくる。
二人の位置を確認しようと、クリフがディザートタイガーから意識を逸らした瞬間、ディザートタイガーはクリフに向かって猛然と突進した。
「くっ……!」
ディザートタイガーの眉間を目がけ、クリフは慌てて槍を突き込む。顔に槍が届く寸前、ディザートタイガーは地を蹴り、クリフに躍りかかった。
「……っの野郎!」
ディザートタイガーの爪がその身体に届こうかという時、ぎりっと奥歯を噛み締め、呻く様な低い声を漏らしたクリフは、石突きを跳ね上げ、ディザートタイガーを横殴りに殴打した。思わぬ反撃を受けたディザートタイガーはバランスを崩し、ウィルの斜め前に落ちる。
体勢を立て直すディザートタイガーにクリフの追撃が迫った。ディザートタイガー目がけて跳んだクリフは、槍を逆手に構えて体の前に固定し、落下と共に突き下ろす!
ヒュドッ! っと槍が地面を突き刺した。ディザートタイガーは寸でのところで飛び退り、難を逃れたようだ。
ディザートタイガーとウィルたちの間に割り込んだクリフは、地面に刺さった槍を抜き、構えなおす。ぱっと少量の土が舞った。
目まぐるしい攻防に、何かを考える暇もない。ウィルはクリフの背中が、いつもより大きなったように感じられた。
ディザートタイガーは一定の距離を保って、側面に回ろうとしている。クリフは常に二人をディザートタイガーから隠すように移動した。
息詰まるような沈黙。膠着した状況が続く。
やがて、この獲物を仕留めるのは容易ではないと悟ったのか、ディザートタイガーは踵を返してウィルたちから離れていった。のそりのそりと、重たそうな足取りで歩いていく。
その姿がどんなに小さくなっても、クリフは決して構えを解かなかった。荒野の向こうへディザートタイガーが消えた頃、クリフはようやく槍を下ろして長い溜め息を吐いた。
怒らせていた肩の力を抜き、ウィルたちに向き直った彼は、
「さ、帰ろうぜ」
と言って小さく笑った。
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