第3話

 ガラクタ山は山というより丘だった。



 ここは、置いておくスペースがもったいないからと、壊れたり使い方がさっぱり分からない旧文明の道具をまとめて捨てたのが、文字通りガラクタの山となってしまった、という場所だ。よくもまあこれだけ集めたもんだよなぁと、教室の五倍はありそうな広さのガラクタ山を見てクリフは笑っていた。



 丘は高いものでも10mはいかないので、子供の足でもてっぺんまで登れる。元は何色だったか知らないが、塗装が剥げて銀色や灰色の無機質な表面をさらし、さらに土や砂がかかって茶色くなっているガラクタたち。それを適当に掘り返す作業を、ウィルはかれこれ三十分ほど続けていた。



「ぴかぴか光ってるんじゃなかったのかよ~」



 口を尖らせて誰に向けるでもなく不満を漏らす。すぐに見つかるものだと高をくくっていたウィルは、単調な作業に飽き始めていた。丘の上から見れば、メッツは暑さにやられてへたり込んでいる。クリフはへばってしまったメッツの世話を焼いていた。



 星のかけらが見つからないくらいなら、いっそ大人たちが言う人食いの動物とやらを見てみたいな、と物騒なことをウィルは考えたが、クリフによるとベースの近くにそんな動物はめったに現れないらしい。こんな植物も水もない荒野じゃなおさらだ、とのこと。



 浮かんでくる汗をシャツの襟で拭って、もう帰ろうかなぁと思い始めたとき、茶色い荒野の中に一箇所、色が違う場所があることにウィルは気付いた。水色と緑色。川だ。



「なんだ、水あるじゃん」



 呟いて、腰の水筒がほとんど空だということを思い出した。ここまでの道が思ったよりもずっと暑かったので、つい水を飲みすぎてしまったのだ。ためしに水筒を振ってみても、まったく音がしない。



 同時に喉の渇きも思い出したウィルは、ガラクタの丘を跳ね下り、川の見える方向へ駆けていった。俺から離れすぎるなというクリフの注意を、ウィルはすっかり忘れてしまっていた。







 たったかたったか走って川に辿り着いた頃には、喉はからからに渇いていた。


 肩で息をするウィルは、川の縁で呼吸を整える。ちょっと躊躇ったが、喉の渇きに負けて直接川に口付けて水を飲んだ。澄んだ川の水は、冷えていて美味い。水分を求めていたウィルには、ベースで飲む水よりも美味しく感じられた。



 満足したウィルは、水筒を川に突っ込んで満タンにしてから、川の周りに生えた雑草の上に座り込んだ。日差しは相変わらずだが、ここはただの荒野よりずっと涼しい。



 川の幅は広く、向こう岸まで20mはありそうだ。流れはほとんどない。水面が光を反射してきらきら輝いていた。



 これほど大きな川は初めてのウィルは、意外に深い川を覗きながら、川に沿って歩いてみた。澄んだ水の中を、魚が何匹も泳いでいる。



「ん? なんだあれ?」



 いくらも歩かない内に、ウィルは川底に岩とは違うものを見つけた。それは大きくて平べったい金属の塊のようだった。半分が水底の泥に埋まっているが、遠目からでもつるつるした表面をもっていることが分かる。



 もっとよく見ようと川の縁ぎりぎりまで近付いたとき、こつんと足に何かがぶつかった。視線を下に向けると、丸いライトグレーの物体が足元でぷかぷか浮いている。拾い上げ、マントで水気を拭い、ウィルはその『何だか分からない丸いもの』をしげしげと眺めた。



 ウィルの手のひらに収まる程度の大きさのそれの縁は丸く、すべすべしている。若干の厚みがある円形で、片面は細かな傷が付いている以外に変わったところはない。反対側の面はいくつかのボタンのようなものが縁に沿って取り付けられ、中央には丸い、ガラスのような質感のものが嵌め込まれていた。



 なんの気なしにボタンを押してみる。すると、ぱっと中央が緑色に点灯し、記号と数字が表示された。



「N56.3、E34.7……ってなんだこりゃ?」



 何を表わしているのか全く分からない。他のボタンを押してみても、画面には情報が足りませんと表示されるだけで、新しい発見はなかった。機械らしきものをあれこれ弄り、ウィルは首を捻る。



 そこへ、



「ウィル!」



 と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。



「クリフ兄ぃ」



 声がした方を振り向くと、クリフがメッツを連れてこっちへ歩いてくるところだった。



「あ、そうだ。クリフ兄ぃ! ほら、これ見てく……」


「ウィルっ!!」



 自分が見つけたものを見てもらいたくて、手の中の物を差し出そうとしたウィルの言葉は、叱り付けるようなクリフの声に遮られた。


 その声の大きさにびくっと肩を震わせたウィルは、クリフが怖い顔をしていることにいまさらのように気付く。



「俺から離れすぎるなと言っただろう」



 静かに告げるクリフの言葉に圧され、ウィルは思わず後ずさった。



「ぁ……」



 クリフは本気だ。本気で怒っている。自分を射竦めるクリフの眼光の鋭さに、ウィルは声を失くした。何か取り返しの付かない失敗をした気がして、ものすごく悲しくなる。



 クリフは何も言わなかった。腕を組んでじっとウィルを見下ろすだけで、一言も口にしない。何かを待っているようだった。メッツは二人の間に割ってはいることも出来ず、不安そうに事の行方を見守っている。



 無言の圧力に縛り付けられ、目尻に涙さえ浮かべたウィルは、何度か口をぱくぱく動かして、



「ご……ごめんなさい……」



 と消え入りそうな声で搾り出すのが精一杯だった。



 クリフはしばらく沈黙を守っていたが、不意に長い溜め息を吐いて表情を緩めた。



「……ま、目を離した俺のミスでもある、か」



 組んでいた腕を解き、がりがりと頭を掻く。



「けどな、目印のない荒野で迷子になったら、ベースに帰ることもできなくなる。それは覚えとけよ」


「……うん」


「無事で良かった」



 俯いて涙を堪えるウィルの頭を、クリフはくしゃくしゃと乱暴に撫でる。



 クリフの声には安堵の響きが含まれていた。クリフは自分のことを心配して、だから本気で怒っていたのだ。理解した途端、抑えていた涙が溢れた。思わずクリフの腰にしがみついて、ウィルはひたすらに泣いた。



「怒鳴って悪かったな」



 クリフの大きな手が、肩と頭に添えられる。その手のひらは熱く、そして、なにより優しかった。




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