§2 Shadow of a Doubt 7
「なにしてるのよ!」
凛とした高い声が、ショッピングモールの和やかな空気を切り裂いた。
驚いて顔を上げると、黒井彩子が男高生たちを振り返り、ものすごい形相で睨んでいる。
「子供みたいなマネして。ふざないでよ!」
そう言って彼女はステップを数段降り、焦って逃げかけた男高生の手からスマホを引ったくり、エスカレーターの向こうに投げ捨てた。
“ガシャン”
金属のクラッシュする音が、1階のフロアから響く。
えっ?
なっ、なんてことをするんだ!
盗撮した男高生も悪いが、スマホを取り上げて投げ捨てるなんて…
下にいる人に当たったらどうするんだ。
危ないじゃないか!
「なっ、なにすんだよ!」
男高生は彼女に喰ってかかろうとした。
その瞬間。
“バシッ”
という衝撃音。
『執事』が頬を押さえている。
「なにをぼんやりしていたの?!
あなたはあたしを守るために、いっしょにいるんでしょ!
ちゃんと役目を果たしなさいよね。
こんなくだらない奴らに、盗み撮りなんかさせるなんて、最低っ!」
男高生にではなく『執事』に向かって、黒井彩子は声を荒げ、さらにもう一発、思いっきり脚蹴りを喰わせる。
「ううっ。も、申し訳ありません」
苦痛に顔を歪め、膝を抱えながら『執事』はしゃがみ込む。
それを見た男高生たちは、すっかりビビってしまい、2階に着くとそのまま逃げる様に、下りエスカレーターに乗り込み、駆け下りていった。
追いかける事もなく、黒井彩子はエスカレーターを降りて、なにごともなかったかの様にスタスタと別の方角へ歩き出す。脚を引きずりながら、『執事』も黙ってそれに従った。
周りにいた人は、ただ呆気にとられて、その様子を眺めているだけだった。
美しい薔薇には、棘がある。
まさに黒井彩子には、そんな言葉がピッタリだった。
大の男が公衆の面前で足蹴にされて、思いっきり辱められて、歯向かう事すらできないのだ。
人を惹きつける、その美貌。
まだ、あどけなさの残る美しい
すらりと長く伸びた脚は、闇の様に黒いロリータ服の奥へと、おれの視線を誘っていく。
まだ完全に女になりきっていない華奢なからだは、青い果実の様に酸っぱい芳香をあたり一面に撒き散らし、おれの心臓を締めつける。
はじめて見たときから、胸騒ぎがしていた。
たった一度だけ、チラリと視線を向けられただけなのに、彼女の瞳が忘れられない。
それほどにまで、彼女との出会いは印象的で、衝撃だった。
そしてここ数日、続けて彼女に会う事ができ、例え『高嶺の花』だとしても、その素顔に少しずつ触れる事ができ、より一層の興味と好奇心が高まった。
しかし…
彼女に近づいてはいけない。
この少女に関わると、きっと不幸になる。
おれには岩瀬はづきという、可愛い彼女がいるじゃないか。
ちょっとオタクがかって、変わった面もあるけど、はづきはおれにふさわしい、平凡な女の子だ。
彼女と過ごすふつうの日々だけで、おれは満足できるはずだ。
黒井彩子に関わると、最後にはこの平凡な日常を捨てる事になる…
そんな予感がする。
本能的にそう感じつつも、おれはやはり、黒井彩子から目が離せなかった。
毎朝毎夜、あの洋館の横を通る度、黒井彩子と偶然にでも出会うのを、心待ちにする様になった。
しかし、あれ以来、彼女の姿を見る事はできなかった。
もう偶然はないのだろうか?
なかば諦めかけていた時、意外と早く、その機会は訪れた。
つづく
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