§2 Shadow of a Doubt 6

 5月の陽光が天窓から降り注ぐショッピングモールは、まだ夕方の混雑前で、人出もそう多くない。

左右に並ぶブティックには、色とりどりの春の装いが、ショーウィンドに飾られている。

そういうものには目もくれず、それでもゆっくりとした足どりで、黒井彩子は吹き抜けのプロムナードを歩いていた。そのすぐ後には『執事』が無言で続いている。おれはそこから5mくらいあとを、まるで磁石に引っ張られているみたいに、フラフラとついて行った。

声をかけようとか、そんな事を考えていたわけじゃない。

ただ、彼女の姿を少しでも見ていたかっただけだった。


彩子お嬢様は、後ろ姿も品があって美しい。

背筋がピンと伸びて、まっすぐ、凛と歩く。

小ぶりなお尻は、ボリュームのあるスカートに隠れてわからないが、交互に繰り出される脚は、すらりと細く、足首がキュッと締まっていて、アキレス腱が綺麗に浮き出しているのが、黒いストッキング越しでもよくわかる。

歩くたびに揺れるツインテールが、なんとも可愛い。

その姿は、ずっと見ていても飽きる事がない。


吹き抜けのホールに出た彼女は、昇りのエスカレーターへ乗った。

彩子お嬢様が先に乗り、『執事』はふたつ下のステップに立つ。

ステップが上昇するにしたがって、次第にスカートのなかに見える絶対領域の幅が広がっていく。

おれの心臓がドキリと、ひとつ鳴った。

エスカレーターの下から見上げると、必然的に、広がったスカートのなかが、かなり見える事になる。

今まで感じた事もなかった様な、妙な興奮がこみ上げてくる。


下から見上げる黒井彩子の脚。

執事が邪魔になってよく見えないが、わずかな隙間から、ストッキングがガーターベルトで止められている事がわかった。その黒い紐は、さらにスカートの奥へと続いている。


『インナーもきっとガーターにストッキングかな』


まさに、はづきの言ったとおりだ。

はじめてなまで見るガーターベルトとストッキングは、なんとも言えない不思議な魅力がある。

パニエの隙間からチラチラと覗く太ももが、余計に妄想をかき立ててくる。

伸縮性の弱いストッキングは、関節部分がわずかにたるんでいて、そこにできた皺が、ナマ脚よりも色っぽい。


覗く…


それは禁断の行為。


見てはいけないものを見る時、なぜか人は… おれは、心をときめかせてしまう。

しかし、黒いドレスと幾重にも折り重なったパニエのおかげで、スカートの奥は真っ暗でよく見えない。

そう…

この、見えそうで見えないもどかしさが、かえって興奮をかきたてるのだ。

ガーターベルトなんて今まで縁がなかったけど、それは究極のチラリズムかもしれない。

だいたい、太ももに装飾するという事自体、すぐ近くの淫靡な花園の存在を強調する、サインの様なものじゃないだろうか?


黒井彩子が昇っていく姿を見上げながら、おれもエスカレーターへ乗り込もうとした…


とその時、不意におれの前に、二人の男高生が急ぎ足で割って入ってきた。

そのままステップを駆け上がっていくという事もなく、ふたりはおれと彼女の間で立ち止まってしまう。

おかげで彩子お嬢様の姿が、よく見えない。

男高生の隙間から、おれはさりげなく、だが必死に、黒井彩子のスカートの奥を凝視した。

しかし、前に立っている二人の男高生が邪魔になって、なかなか見えない。


「おい…」

「すげぇ」

「あれって、ガーターベルトって言うんじゃね?」

「エロいよな」


前の男高生が、ヒソヒソと話すのが聞こえてきた。


こいつら、彩子お嬢様のスカートのなかを覗いてるのか?!

高校生のくせに、なんて不謹慎なやつらだ!


と、自分の事を棚に上げて憤慨していた時だった。


“カシャ…”


という疑似シャッター音が、軽く響いてきた。


「ヤバッ」

「ばかっ。消音アプリ使っとけよ!」


男高生たちは慌てていた。

こいつら、彩子お嬢様のスカートのなかを、盗撮しやがったのか?!

とんでもない奴らだ。

盗撮は犯罪だろ!

警察に突き出してやろうか…


「なにしてるのよ!」


凛とした高い声が、ショッピングモールの和やかな空気を切り裂いた。


つづく

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