§2 Shadow of a Doubt 3

連休明けで、みんなさすがに財布も疲れたのだろうか。

平日のアーケードは、閑散としていた。

目指す輸入雑貨店を見つけると、棚の整理をしていたスタッフに、店長を呼んでもらう。


「お? 新人くん? 今取り込み中なんだから、ちゃっちゃとすませろよ」


しばらく待っていると、出し抜けに背中から声が聞こえてきて、おれは振り返った。

小太りで脂っぽい顔をした、頭が禿げかけの中年オヤジが、汗を拭き拭き立っている。

豪華でおしゃれな店の雰囲気とは、まるで似つかわしくない品のなさ。

ギャップを感じつつその男に書類を渡し、おれは商品サンプルの説明をした。


「このクソテンパってる時に、しょーもない用件でいちいち呼び出すなよ。っと、迷惑もんだ」


やりかけの大事な仕事を抜けてきたらしく、用件がすむと聞こえよがしに愚痴りながら、店長はバックヤードに戻ってしまった。挨拶すらない。

『失礼なやつだな』と内心憤りつつ、営業スマイルを浮かべながらこうべを垂れ、おれは店長を見送った。


この店は、おれの貿易会社のいちばんの取引先らしい。

会社で取り扱っている家具や調度品、雑貨も、たくさん店頭に並んでいる。

『対応にはくれぐれも失礼のない様に』と、支社長からは釘をさされているが、イヤなやつにも頭を下げないといけないのは、会社勤めの辛いところだ。


用件がすんだあと、おれは店の中をぶらついてみた。

『置いてある商品も参考によく見て、頭に入れておく様に』と、支社長から言われていたからだ。

はづきなら嬉々として店内をくまなく見て回るだろうが、おれにとってはゴテゴテと余計な飾りのついた、大袈裟なだけの、ただの雑貨と家具。

とはいえ、最近は耽美が好きなはづきの影響を受けてきたのか、そういうデザインも悪くないなと思う様になってきた。

だけどまだまだ、おれには知見が足りないし、家具の種類も専門用語も知らない。もっと勉強して、早く一人前の営業マンにならないとな。

気を取り直して、おれは2階へ上る階段へと足を踏み込んだ。


『クリノリン』は4階まである大型の輸入雑貨店で、ワンフロア上がるごとに、心なしか家具の値段も上がっていく様に感じる。

4階の家具売り場には、まるでヨーロッパの宮殿にでも置かれている様な、薔薇の花の象嵌ぞうがんがあしらわれた猫足の白いチェストや、とてもじゃないが普通の家の玄関を通らなさそうなご大層なソファやベッドが、所狭しと並べられていた。

ロココだのヴィクトリアンだのといった、名画でしか見た事ない様なゴテゴテとした花や模様の装飾のついた家具は、入社して初めて知ったものだが、実物は本当に豪華絢爛で、その存在感は半端ない。


「あの少女が好きそうな店だな」


天蓋つきのキングサイズのベッドに張ってある、三桁万円の数字の並んだ値札を一瞥しながら、おれはふと、例の美少女の事を思い出した。


あの洋館にも、こんな豪華な家具が置いてあるのだろうか?

いや。

あそこまで外観にこだわっているのなら、きっと家具にもお金をかけているだろう。

それはちょっと、見てみたい気もする。

だけど、あんな豪邸に住む美少女と、1DKの社宅住みのしがないサラリーマンのおれとじゃ、それこそ住む世界が違いすぎる。


しょせん、高嶺の花。

手が届く筈なんかない。

一生、あの屋敷に足を踏み入れる事は、ないだろうな…


そう考えて溜め息をついたおれは、ハッと息を呑み、目を疑った。

あの美少女が、そこにいたのだ!


ピンクの薔薇の花柄のついたロココ調のソファの前で、少女はキチンと両手を前に組み、背筋を伸ばして立っている。

この前見かけた時の様な、ツインテールに漆黒のゴシックロリータのワンピースだ。

黒い衣装に包まれると、その白肌が余計に際立って、美しく映える。

隣には小太りの店長と、例の執事の様な男。

『執事』に向かって店長は何度も頭を下げながら、説明するかの様に、ソファに手をやっている。

どうやらなにかを謝っている様だ。

それを聞きながら、『執事』はなにごとか美少女に話しかけている。

おとなふたりの会話を聞いているのかいないのか、美少女はその場のやりとりなんか眼中にないかの様に、ツンとそっぽを向いて口を噤んでいた。


そこには、恐ろしい程の緊張感が漂っていた。

ここからは会話もほとんど聞き取れなかったが、店長も『執事』も、まるで互いに美少女のご機嫌を伺うかの様に、丁寧過ぎるほど慇懃いんぎんな言葉遣いだった。


いったいなにがあったんだろう?

彼女はなにかに怒っているのだろうか?


好奇心にかられ、おれは商品を見るふりをしながら、さりげなく三人の方へ近づいてみた。


つづく

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