§1 Rich and Strange 2

なんという、美少女だろう!


つややかな黒髪を頭の両端で結び、上質の絹の様にしなやかな直毛を長く垂らしている。

いわゆる、ツインテールというやつだ。

その瞳は、遠目にもパッチリと冴え渡り、冷ややかな眼光を放っている。

花びらを置いた様な美しい唇は、血を吸ったばかりの様に、赤黒く塗られている。

なにより、透きとおる様に白い肌が、照りつける陽光で輝き、彼女の美貌を引き立てていた。


周囲の確認を終えたのか、少女はおもむろに歩きはじめ、その少しあとを男がついていく。

おれたちには目もくれず、ふたりは隣をすれ違って、坂の下へと降りていった。


「別に、妬いたりしないわよ」


おれのうしろで、茶化す様なはづき声が聞こえてきた。

振り返ると彼女も、屋敷から出てきたふたりの消えた先を目で追い、俺の方を見て意味深な微笑みを浮かべている。


「あれだけの美少女だもん。女好きのヒロが目で追ったって、当然だもん」

「あ。いや、、、」

「はぁ~~。ほんっと、綺麗な子だったわね〜。あれは女のあたしでも、ガン見しちゃうわ」

「そうだな」

「ダメよヒロ。お向かいさんだからって。あんまり仲良くなっちゃ」


冷やかす様にはづきは言うが、特に咎める口調ではなかった。


「でもあのゴスロリ服。すっごい可愛いかったわぁ!

かなり細くて小っちゃな子なのに、コルセットの腰のラインがぴったり合ってて。きっとオーダーメイドね。

ウエストの編み上げも、すっごい可愛いし、スカートのはしごレースの使い方も、品があっていいわ。

あそこまで完璧なファッションなら、インナーもきっと、ガーターベルトにストッキングで揃えてるかもね。

スカート丈が割と短くてパニエでふくらんでるから、階段とか昇ってると、絶対領域がバッチリ見えちゃいそう。まあ、その危うい感じがいいんだけどね」

「はづき… やけに詳しいな」

「そりゃ、ロリータ服は女の子の憧れだもん」

「女の子って、、、 『はづきと同じ趣味の』が抜けてるぞ」

「まあ、そうだけど。男の方のファッションも、よかったわね~。

ジャケットも、袖口とか襟とかに凝った刺繍がしてあって、素敵だったわ。

黒のロングジャケットとか、『黒執事』とかのコスプレの世界くらいでしか、お目にかかれないわよ。

袖口にも、レースのフリンジとかついてるし。

ボヘミアンタイにウィングシャツなんて、もう、執事の鉄板って感じで、ふたりともあの屋敷の住人にぴったり!」


女の子らしい視線で、はづきはふたりの感想を述べた。

よくわからないファッション用語をいちいち聞き返すのも面倒くさいが、はづきの言いたい事もだいたいわかる。


「要は、ふたりともあの豪邸と同じ、中世ファッションってわけか」

「そんなところ」

「というか、あの短い時間で、よくそこまで観察できたな」

「ふっふっふ〜。腐女子を舐めたらダメだよ。萌えに対する瞬発力と集中力は、ハンパないんだから。

ん~。なんか妄想湧いてきた!

あの少女は豪邸の主人マスターで、実は『男の』なのよ。

きっと悲惨で不幸な生い立ちでいろんなトラウマ抱えてて、女装に逃げるしか生きていくすべがなかったんだわ。

もちろん男の方は執事で、ご主人様が生まれたときからずっとその生い立ちを見てて、なにがあっても裏切らない見捨てないって、生涯の絶対的忠誠を誓ってるの。

彼はふだんはすっごく無口でクールなんだけど、ご主人様が思春期を迎えて、成熟したからだになっていくにつれて、いつしか恋愛感情が芽生えてきたりして、悶々としてるの。

それで、主人マスターの方も性に目覚めて、いつも自分を悩ましく見守ってくれる彼に、恋しはじめてて、気をひくためにいろいろご無体な命令をするんだけど、どちらかというと『攻め』は執事の方かもね。

そしてふたりは、夜な夜な天蓋のついた豪華なベッドの上で…」

「…それはいいから、早く引っ越し終わらそうぜ!」


夢見る様にうっとり妄想するはづきを急かす様に、おれは彼女の肩をポンと叩くと、残りの段ボールを部屋に運び込んでいった。


これが、おれとあの少女との出会いなのだが、正確にはそうではないという事を、おれはあとになって知ったのだった。


つづく

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