第6話 別れでもまた会える

 東京に戻る日を明日に控えている。

 八月十日、熱海発東京行の新幹線の切符も買ってある。

 瑠果くんと過ごせるのも最後だ。

 わたしがここに来たときに、こんなに瑠果くんと仲良くなるなんて思わなかった。

「夏海ちゃん、またいらっしゃい」

「うん。今度は冬休みに来てもいいかな?」

「もちろんよ!」

 瑠果くんは縁側で座っていた。少ししてから、わたしに気がついたみたい。

「夏海。明日、帰るんだって?」

「一旦、荷造りしていかなきゃいけないから。また、長い休みになれば会いに行くからね」

「海が丘学院って、浜松にある学校。こことは正反対の愛知県の県境辺りだ。でも、すぐに行けるし、少しホッとした」

 瑠果くんが隣に座り直す。

「手を出せ」

「え?」

 手を出した瞬間。

 瑠果くんはわたしの手にとても小さな紙袋を置いた。

「開けて、いいの? これ」

「いますぐに開けて」

 紙袋を開けると、そのなかには小さな箱が入っていた。

 パカッと開けると、わたしはびっくりした。

「これ……、いいの?」

「うん。お守りにしておけ、それ」

 渡されたものは、シンプルなリングだった。

 わたしがうろたえていると、瑠果くんが左手を取り、薬指にリングをはめてくれた。

「きれいだね……これ」

「うん。誕生日プレゼント、渡しにくいんだよ。まぁ、そのリングを渡すのも……照れくさいしよ」

 瑠果くんは照れ笑いをしてる。

 鈴乃ちゃんが駅まで送ってくれることになっている。

 最後の一日を思う存分、楽しむことにした。

 瑠果くんが自転車で行くことにした。

「瑠果くん、大丈夫? もう押すよ?」

「押さんでいい! 最後だし、行くぞ!」

 防波堤に着くと、瑠果くんは自転車を降りると、スマホで曲をかけていく。

「ワルツ、踊るぞ」

「え? えぇ!? 踊れないよ」

「俺がリードする。ワルツは父さんに叩き込まれてるからな、結構上手いはずだから」

 瑠果くんは左手でわたしの右手を取り、右手をわたしの腰に添えている。

「夏海は左手を俺の右腕に置いていいよ。ステップするよ」

 ワルツのリズムで、踊り始めた。

 全然上手く踊れてないと思ったけど、瑠果くんのリードで普通に踊れている。

「なんか、ヨーロッパの舞踏会みたい」

「そうかな? たまに父さんの友人がパーティーを開くから、ダンスはある程度踊れるし」

「へぇー、瑠果くんも、踊れるから……。できそうだね」

「そのときはお前を連れていくからな。覚悟してろよ」

「え~!? ひど!」

 瑠果くんは一曲踊り終わって、離れてお辞儀をした。

 わたしもワンピースの裾をつまんでお辞儀をしてみたけど、照れくさい。

「まぁ、そのお辞儀はいいよ。あとLINE、交換してくれるか?」

「え? 瑠果くんと?」

「うん。海が丘に入ると、なかなか来ないと思うからさ、LINEを持ってれば話せると思ってたんだけど」

「うん。いいよ!」

 LINEを交換して、すぐに五時のチャイムが鳴った。

 もう聞くことのできないチャイムは、わたしの心を締め付ける。

「夏海」

「瑠果くん?」

 抱きしめられた。

「Solo il mio amico e Natsumi. 」

と、言ってくれたけど……イタリア語でなんて言ってるのかは、全然わかんない。

「る、瑠果くん。なんて言ったの?」

「俺の愛しい人は夏海だけ」

 わたしは顔を赤くして、すぐに家に帰った。






 夜になり、そのまま寝ようとしたときに、LINEの通知が来た。

「凪から? 違うアイコンだ」


 アイコンの名前は――Lucaだった。

 トーク画面にすると、瑠果くんのメッセージが来ていた。

『夏海。東京に戻って、海が丘に行っても、好きなやつ作るなよ』と書かれていた。

 こんなときに、どストレートなこと言うの!? 絶対瑠果くんの父さんに似てるよね。

『瑠果くんもだよ』と、わたしは送って、ある程度のスタ連した。

 翌朝、わたしは起きてすぐに布団を畳んで、スーツケースを持って居間まで行く。

「おはよ~! 瑠果くん。おばあちゃん……あれ?」

 瑠果くんが来てない。

 おばあちゃんは瑠果くんの部屋の方に声をかけた。

「あら、夏海ちゃん。おはよう、いま朝ごはんにするからね。瑠果く~ん! 起きてきなさ~い。夏海ちゃんが帰っちゃうわよ~!」

と、言った途端、瑠果くんが出てきた。

「おはよ……夏海」

「うん。おはよう!」

 わたしは朝ごはんを食べて、鈴乃ちゃんが来たのでスーツケースを車のトランクに入れて、わたしは鈴乃ちゃんの車に乗る。

「瑠果くんも、乗りなよ」

 鈴乃ちゃんが瑠果くんを呼び止めた。

「彼氏でしょ? 彼女を泣かせたくないもんね」

「鈴乃さん!! 言わないでくれよ、夏海、そっち詰めてくれるか?」

 熱海駅に向かって出発することにした。

「おばあちゃん、また来るからね!」

「うん。行ってらっしゃい」

 車が動きだし、そのまま熱海駅までは十分くらいだったはず。

 瑠果くんは手を繋いでくれた。しばらく会えないけど、リングが分身みたいにそばにいてくれる。




 熱海駅に到着した。

 わたしは少しだけ、泣きそうになった。

「夏海? どうした?」

「少しだけ、ギュッとしていい?」

 瑠果くんを抱きしめて、離した。

「大丈夫だ。しばらく会えないのは、お互い様だ。すぐに会えるし、LINEでも話せるだろ?」

「うん。わかった。またね!」

 わたしは改札を通り、新幹線のホームに立つ。

 LINEのメッセージが来た。

『俺も少しだけ、泣きそう』

『泣かないでよ、こっちもお互い様だ!』

と、会話した。











 東京駅に到着したときに、久しぶりに母さんが迎えに来てくれた。

「良くなったね、よかったよ」と、言ってくれた。

 父さんも含めて、みんなで食事をして、熱海での出来事を話した。

 転学届を出していたので、もうあの学校の生徒ではなくなったけど、もうそんなのは関係なかった。

 海が丘学院の制服が採寸したものが届いていた。

 夏服は白のセーラーワンピースで、襟と袖口、スカートの裾に青の一本線が入ってる。とても素敵な制服で、スカーフもなにもつけなかった。

 冬服は紺のセーラーワンピースで、襟と袖口とスカートに青の一本線が入ってて、夏服と同様にスカーフはつけない。

「かわいい! 見て」

「似合ってるよ。写真を撮るの? 凪ちゃんにも見せてあげなさい」

 写真を撮って、瑠果くんと凪に送った途端、既読が付いた。二人とも見ていたのか。

『似合ってるよ~夏海!』

『かわいい……』

 わたしは少し照れくさくなった。

 三日後、わたしは海が丘学院の制服に身を包み、荷物を持って再び東京駅にいたの。東京駅発浜松駅行の新幹線に乗った。

 家族で行くのは、最近めっきり減ったけど、これからの学校生活を過ごす場所だから、両親にも見せておきたかった。

「夏海、これから、海が丘学院の学生寮に行くんでしょ? 緊張しちゃって~」

「そりゃ、緊張するよ。寮は二人部屋で、ルームメイトが迎えに来るけど……。しばらくは慣れないかもしれないから」

「大丈夫だ。夏海はすぐに仲良くなれるよ」

 熱海駅に停車した。

 もう一週間しか経ってないのに、とても懐かしい。

 ――瑠果くんに会いたいな。

と、思った瞬間、新幹線が動き出した。

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