第二章 近づく距離
第4話 恋と再会
熱海の夏を初めて過ごしているけど、とても過ごしやすい。
この前、大泣きして帰ってきたら、
「
わたしが着ているのは、この前のお祭りで着た紺の浴衣に朝顔の柄が描かれたもので、とてもかわいい。
同い年の頃に母さんが着ていた浴衣らしくて、そのときの写真を見せてくれた。
「夏海ちゃんにそっくりでしょ? びっくりしたね、ここに来たときの夏海ちゃんに」
高校二年ぐらいの母さん。
その隣にいる小さな女の子が母さんの手をぎゅっと握っている。大泣きした後なのか、目が赤くなっているみたい。
「この子って……。鈴乃ちゃん!? こんなに小さいの? かわいい!」
「この直前に、鈴乃が迷子になってね~、大変だったわ」
納得した。だから、鈴乃ちゃんが号泣した後らしき、表情をしているのか。
アルバムをしまったときに。
「瑠果くん、一緒にお願いね。わたしはすぐに追いかけるからね。二人きりね~」
「う、うん。わかった……」
たまに余計なことを言うんだよね……。
花火大会の時刻になっていく。
瑠果くんの隣に歩いていく。
カランコロンと、アスファルトに音が鳴らしていく下駄も母さんのお下がりだ。
隣で歩いてるけど、心臓がバクバク言っている。瑠果くんにバレないように気をつけてたりするけど。
「夏海ちゃん! 遅れてごめん」
「鈴乃ちゃん! 来てくれたの?」
「今日は休みの日でね、一緒に行こう?」
鈴乃ちゃんと瑠果くんの三人で花火大会を見ることにした。
すぐに時間にもなった。
紺碧の夜空に上がったのは色とりどりの大輪の花火。
見に来る人も多くて、花火が上がるたびにどよめきが起きる。
周りには子連れで来る家族もいて、賑やかになっている。
「鈴乃さん。ちょっと、向こうにいます」
「わかったよ、夏海ちゃん。瑠果くんについていきなさい」
瑠果くんがうなずくと、すぐに人混みを避けるかのように、歩き始めた。わたしの手を引いていく。
人混みを掻き分けて向かったのは、この前、わたしがここに来た理由を話したりしたあの防波堤だった。
「ここ、花火がよく見えて、特等席。地元の人でも行かないような、かなり穴場スポットだよ」
「へぇ~、特等席なんだよね? ここ、すごくきれいに見えるじゃん!」
「まぁ、去年の夏もここで見てたからな。人混みが苦手な人におすすめな場所」
瑠果くんがそう言うと、花火がヒュー、ドン、と大きな音をさせながら大輪の花を夜空に咲かせていく。
チラッと瑠果くんを見る。
花火の明かりに照らされた横顔は、まるで別人のような表情をしていて、ドキドキする。意識してるのか、ドキドキと心臓の鼓動が速くなっていく。
「夏海、いつ? 誕生日」
「え? あ、もう明日!!」
明日、わたしは十七歳になる。
とても大事なのに……全然、忘れてた。
ここに来てから、まだ一週間しか経ってないなんて信じられなかった。
もう一ヶ月以上いるみたいだった。
瑠果くんはふーんと、興味無さそうにしているので、ただ聞いただけなんだよね……。
わたしはすぐ、花火を見ていく。
紺碧の夜空にはきれいな花火が上がる。
「もうすぐ、終わるな、花火大会」
「んじゃ、帰るか? 鈴乃さんが心配してるし。」
「え、うん。あのさ、瑠果くん……」
「どうした? 夏海?」
「なんでもない、帰ろ」
――好き、なんて言えなかった。
わたしは臆病なんだよね。
深夜、わたしはスマホの通知が来たのを、見た。誰からだろう? と、そのLINEの通知を見るとアイコンの画像を見て、ドキッとした。
――Clamを見て、びっくりした
それは――凪の英訳した単語で、その名前を持つ人はただ一人だけだった。
「凪……」
わたしはかすかに震える手をぎゅっと押さえながら、そのメッセージを読んだ。
『誕生日おめでとう
おばさんから、学校でのことを聞いたよ
いままで、話せなかったけど、あのときに声をかけてくれなかったなら、この世にはいないと思う。
ありがとうね、だから、もう自分のことは責めないでほしい
転校先の学校のことを教えるね
お父さんの実家のある長崎の私立女子校に編入学することができたの
おっとりしてて、優しい子が多くいるから、心配しないで
また会える日を待ってるから、連絡して』
良かった……元気にしてたんだ、凪。
わたしはスマホの電源をオフにして、枕に突っ伏した。
メッセージを書くことができなかった。
涙が溢れてくる。
いまは泣いてもいいよね?
夜明け前。
海に行った。
紺碧の夜空が東からだんだんと、明るくなってくる。
まるでグラデーションをかけたような、空に見とれていた。
「夏海~! ここにいたのかよ!」
瑠果くんが自転車に乗ったまま、声をかけた。
「ばあちゃんたち、心配してたぞ! あぁ……夜明けの海か」
「わたしが生まれた日も、こんな感じだったんだって。だから、夏の海、こんなきれいな空もあるんだね。」
「誕生日プレゼント、何がいい?」
「え? なんでもいいよ、いつも、瑠果くん。答えても、興味無さそうにしてるし」
瑠果くんは少し、そっぽを向く。
その顔と耳が赤くなってる。
「……あのなぁ、夏海のことが知りたいんだよ。その……だから、夏海のことが好きってことだよ!」
「え? いまなんて……」
――夏海のことが好きだってことだよ!
「瑠果くん……、うそ」
正直、パニック状態。
こんなことを聞くなんて思わなかった。
「あのさ、夏海」
再び、瑠果くんの方を見る。
朝焼けに照らされてるのに、瑠果くんの顔の方が赤くなってる。
心臓の鼓動が速くなっていく。
そして、それを海が見守るように砂浜に波打つ。
「ごめん! 先に帰ってるよ」
「夏海!」
わたしは走って、おばあちゃん家に行く。まだ心臓の鼓動が速い。
夏の太陽が昇りながら、わたしのことを見ている。
思いを伝えることができない、この気持ちを何て言えばいいのかわからなかった。
「夏海ちゃん。おかえりなさい……大丈夫かい?」
「え? うん、あとで瑠果くんが来るよ」
おばあちゃんは朝ごはんのトーストを持ってきた。
すると、瑠果くんも、すぐにやって来た。
なんか気まずいけど、ちょっとだけ気持ちが楽になる。
「夏海ちゃん。夜は楽しみにしててね。誕生日パーティーをするから」
「ありがとう! おばあちゃん」
わたしは課題を進めていくと、電話が鳴って、おばあちゃんがわたしを呼んだ。
「夏乃からよ、ちょっと代わるね」
母さんからの電話だった。
「もしもし、母さん? どうしたの?」
「夏海、元気そう。学校に行ってきたの、これまでの話もしているし」
「で、どうなの? その事は」
「うん……なかなか取り合ってくれないのよね、学校の名誉に傷がつくっての一点張りよ! 全く寄付金の多いお嬢様を大事にしちゃってるから、庶民は取り合わないってことよね」
「そうなんだ。わたし、考えておくね」
「何を? 夏海」
「最終手段ね。誕生日のあとでもいい? 話すのは」
「いいよ」
電話を切ると、その最終手段を考え出した。
わたしはもらっていた全ての課題を終えて、すぐに瑠果くんのチェロを聞くことにした。
「きれいな音だね……、ピアノとか弾けるの?」
「ずっと、チェロをやってて、まぁ……ピアノはそこそこの腕前だけどな」
「でも、上手く弾けそうだと思う」
瑠果くんが楽譜を出して、チェロで弾き始めたのは――
「これ、聞いたことある」
「俺は家族で生観戦したぞ? オリンピックで、日本代表が金メダリストになった瞬間。すごかったよ。全然ルールとかも知らなかったけど、まだ四歳だったけど、あのときの演技は忘れられなかったな」
それはオペラの名曲で、十二、三年前ぐらいのオリンピックで金メダリストが滑った『トゥーランドット』の『だれも寝てはならぬ』だ。
瑠果くんは歌詞を口ずさみながら、チェロを弾いていく。
「すごい! 歌、上手いね」
「Grazie . 」
「イタリア語?」
「ありがとう、だよ」
ありがとうって意味なんだね。
「オペラの『トゥーランドット』って、聞いたことあるよ? ずいぶん前のオリンピックで、金メダリストが滑った曲だもんね」
「うん。あとさ」
瑠果くんはわたしと向かい合って座ってる。
「合唱コンクールのピアノ伴奏を頼まれて……、ピアノ、できるなら、少しだけ教えてくれる?」
「ピアノの伴奏者? ブランクがかなりありそうだね。OKだよ」
「曲の楽譜はこれで、結構難しくて」
アップライトピアノを借りて、ピアノ伴奏を弾くことにした。
「これ……『きみと見た海』だよね? 中学時代に弾いたことあるやつ。これなら、暗譜でも行けるかも」
イスに座り、ピアノを弾き始めた。
伴奏は海の波打ち際のようなイメージ、そのまま合唱と合わせるだけ。
瑠果くんがイスを持ってきて、ピアノの連弾するみたいだ。
「連弾してみる? 瑠果くん。『ねこふんじゃった』の高速連弾」
「やりたい! 挑戦する」
連弾していくと、瑠果くん、結構上手い!
「わぁ~! 上手くない? 瑠果くん……これだったら、伴奏者賞は狙えそうだよ?」
「勘が戻ってきた、なんか面白そうだね、これ。」
瑠果くんは照れくさそうに笑っている。
「ちょっと待ってて! 楽譜を取ってくる」
わたしはピアノの楽譜を部屋に取りに行った。母さんの本棚にあったもので、初めて弾くけど……中学時代、大好きな曲だった。
あるページを開いた。
『Santa Lucia』
音楽の授業で、わたしはこの曲を独唱でテストしてことがあって、これには自信がある。
歌い始めると、瑠果くんがチェロを持ってきて、ピアノに合わせ始めた。
「イタリア語の歌、上手いな」
瑠果くんはわたしが歌い終わってもチェロを弾き続けている。
「え? 二番?」
瑠果くんが口ずさんでいたのは、『Santa Lucia』の続きだった。
しっかりした声で、ピアノとチェロの音色と混ざっていく。
幸せな気持ちになっていく。
――瑠果くんのことが好きだ。
すぐに言いたかったけど、すぐに瑠果くんは部屋に帰ってしまった。
自転車で朝に行った海へと行った。
キラキラと光るきれいな景色を写真に納める。
瑠果くんの歌声が頭から離れない。
「夏海!」
体がビクッと跳ねる。
聞き覚えのある懐かしい声。
後ろを振り向くと、そこには白のワンピースを着た女の子が立っていた。
わたしはすぐにその子のもとへ走っていて、抱きついた。
「凪……! 会いたかった」
「夏海、熱海にいたんだね」
凪はボブにした髪がとても素敵だった。
「うん。精神的な病気みたいなのになっててね、でももう大丈夫だからね! 凪こそ、なんで熱海にいるの? 長崎の学校に通ってるはずなのに」
凪は微笑んで、わたしはホッとした。
「あ、もう夏休みで、母方の実家に遊びに来てて、誕生日おめでとう! わたし、遊びに行ってもいいの?」
「うん。いいよ、おばあちゃんも、喜ぶよ」
おばあちゃん家に帰って、凪を紹介した。
「
「凪ちゃんね、よろしくね。夏海ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。こっちには帰省してるの?」
「母方の実家に。母の旧姓は城山です」
「城山さんとこのお孫さんね、近所に暮らしてるよね。おばあちゃん……よく
おばあちゃんはキッチンで夕飯の支度をしていて、瑠果くんも手伝っていた。
「
瑠果くんは凪に挨拶して、そのままキッチンに戻った。
「夏海の彼氏? かっこいいじゃん!」
「違う。ここじゃ、話しにくいから、部屋においで」
凪を自分の暮らしている部屋に連れていく。
座椅子を出して、凪を座らせる。
「で、瑠果くん……だっけ? 夏海の彼氏なの?」
「好きな人だけど、瑠果くん……に今朝、告白されて」
「え? マジで!? 返事は?」
「まだ言ってないよ!! しかも、なかなか言い出せないのに」
凪はわたしの性格を知っているから、納得してくれた。
「奥手だよね~、夏海ってさ。かなりいい感じよ? かっこいいしさ」
「瑠果くん……に今日、話してみるよ! 凪、お祈りしてくれるかな?」
凪はうなずき、二人で久しぶりにお祈りの言葉をそらんじる。
不思議と勇気がわいてきた。
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