第一章 恋の始まり
第1話 一日目の出会い
新幹線で二時間。熱海駅で降りてすぐに、わたしは叔母さんを探した。
「
「あっ!!
わたしは鈴乃ちゃんに改札を出たときに、抱きついた。
鈴乃ちゃんは母さんの妹でいまは三十九歳で、現役の看護師をしている。高校二年生のわたしとは年が少し近いし、わたしが生まれたときはまだ二十二歳だったから、わたしは鈴乃ちゃんと呼んでいる。
「ごめんね。仕事が忙しいのに」
「いいのよ! 今日は夜勤明けだし」
「え!? 寝てないの? 帰ったら、寝なよ」
鈴乃ちゃんの愛車(SUBARU)に乗り、母方の実家に向かう。
母さんが生まれ育った街・熱海。温泉街があり、最近じゃ若者の観光客やお店ができてきている。
「夏海ちゃんは学校、行けてないのね? 姉さんからは聞いてるけど」
鈴乃ちゃんがわたしに話しかけた、そのことにドキッとする。この熱海にやって来たのには訳がある。
わたしは黙って、理由を話さなかった。
話したくなかった。これを話してしまうと、ちょっとつらくなってしまう。
クラスメイトのはしゃいだ笑い声、その輪のなかに座り込む子がいる。
「コイツ、キモイよね。これ、切ろ」
周りを囲んだなかの一人がハサミを持っている。
「やめて! 嫌だ!」
その子はきれいな黒髪を思い切りハサミで切られてしまった。
「夏海ちゃん? 大丈夫?」
ハッとして目が覚める。冷や汗がどんどん流れて、心臓がバクバクといっている。
「大丈夫? だいぶうなされてたけど」
車のなかで寝てしまったらしく、うなされてたのか……心配してくれてたのか。
「うん。大丈夫、ちょっとだけ」
わたしは鈴乃ちゃんと車を降りた。
大きめの日本家屋、その玄関にはおばあちゃんが迎えに来てくれた。
「夏海ちゃん! いらっしゃい。よく来たね~、大きくなったね」
「うん」
「お母さん、わたしはもう帰るね? 夜勤明けだし、寝てないのよ。夏海ちゃんのこと、よろしくね」
「わかった、鈴乃」
鈴乃ちゃんが車に乗り、すぐに車を出した。
「入りましょう。疲れてるしね」
すぐに海が見える。
わたしが住んでいるのは東京都心のマンションで、なかなか海は見られなかった。
居間に通されると、そこには一人の男の子がイスに座ってチェロを弾いていた。
『G線上のアリア』のメロディーで、わたしはそばにあったピアノを弾き始めた。
ピアノは幼稚園の頃からずっと弾いていて、コンクールとかにも出てたけど、入賞したのは数えた方が早いくらいだったけどね。
「お前……誰?」
わたしは振り返った。さっきチェロを弾いていた男の子だった。
ダークブラウンの髪に琥珀色の瞳をしていて、外国の血を引いてるのかな? と、思わせる。
「
瑠果くんって言うんだ。女の子みたいな名前だと思っていると。
「で、名前は?」
「え……わたしは城沢夏海。夏の海って書いて、なつみ。もうすぐ誕生日を迎えるけど……高校二年生」
瑠果くんはイスに座って、チェロを抱えている。少しだけ、ツンツンしているな。
「俺は
「瑠果くん、イタリア人の父さんがいるんだね」
「あぁ、イタリアではルカって男の名前なんだ。名前だけで見ると、女に間違われる」
「由来とか、聞いてるの?」
「キリスト教の聖人、聖ルカが由来って聞いてる。夏海は?」
わたしに話を振られて、ちょっとびっくりしたけど、なんか不思議と話せる。
「わたしはあの海、もうすぐ誕生日なんどけどね、あの海みたいに世界中を繋ぐ人になってほしいって」
「正直、名前負けしてる?」
「少しだけ」
瑠果くんはそのまま部屋に帰ってしまった。
山村留学については聞いたことがある。親元を離れて、地元の子と学校に通って、田舎の暮らしや地元の暮らしを体験するような感じだったはず。
瑠果くんはここに来て四年目と、おばあちゃんは教えてくれた。
「中学一年から? すごいな、なんか大人っぽいし」
瑠果くんは離れで暮らしているみたいだ。
なかなか母さんたちと遊びに行けなかったけど、これから帰るまでの間は手伝いとかをがんばろう。
「夏海ちゃん、部屋を案内するよ」
部屋は奥の一部屋だ。母さんが大学入学するために上京するまで……十八年間使っていた部屋になる。
「
「ありがとう。おばあちゃん」
「ご飯のときになったら、呼ぶからね」
そう言っておばあちゃんは、部屋を出ていく。
荷物を出していく。夏休みの間、約一ヶ月ほどの荷物を宅配便で送っていた。いろいろ送ったな~。
そのなかには黒のケースがあった。
ふたを開けると、金色のサックスが姿を現した。
小学五年からアルトサックスを習い始めていて、吹奏楽部には入らずにコンクールで優秀な成績を残すことができた。
「おばあちゃん。ご飯だよね?」
そこには瑠果くんがいた。
「お、さっきぶり」
瑠果くんの「さっきぶり」がおもしろくて笑ってしまいそうになる。
印象が違うし、若干おもしろそうだ。
瑠果くんは夕飯の支度をしていたから、わたしもその手伝いをすることにした。
「瑠果くん、手伝うよ」
そう声をかけようとしたら。
「夏海ちゃん。おいで」
と、おばあちゃんに呼ばれて、すぐにキッチンに行った。
「おばあちゃん、どうしたの? あっ、ポテトサラダ」
「夏海ちゃんはこれを持っていって、すぐに行くから」
ポテトサラダの皿をお盆に乗せて、居間のテーブルに置いていく。
テレビでは今日のあったニュースや明日の天気を伝えている。
東京にいたら気づかなかったセミの声も聞こえてきて、いろいろなことがわかる。
わたしはおばあちゃんの隣に座って、ご飯を食べる。まるで家族のような食卓だ。
「瑠果くん。いろいろ、夏海ちゃんのことをよろしくね。この子はこの辺の土地勘もないから」
「うん」
瑠果くんはボソッと返事をするだけだった。
夕飯後はそれぞれの時間みたいで、わたしは部屋で寝ることにした。
布団に寝転んで、そのまま目を閉じた。
今日は嫌な夢を見なくてすんだ。
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