第5話独断と豊かな老後
「すいませんタオルまでお借りして」と彼は恐縮な態度で、続けざまに
「きれいにお掃除がされてあって、社長がやって来ても良いようなお部屋ですね。女房に見せたいですよ」
お世辞半分のようなことも言われた。
「フフフ、ありがとうございます。家が古いですから、せめて掃除だけでも。それに掃除と洗濯は好きなんですが、料理が嫌いで」
「そうですか、うちのも言うんですよ「完璧な主婦なんていない」って」
「私もそう思います」
話はこうやって始まったが、案外すぐに本題に入った。
「申し訳ありませんが、あなたのことを少し調べさせていただきました。民生委員をやっていらっしゃったことも、あの家族のことで色々手助けしてくださったこと、これは本人たちから聞きましたが。それに息子さんが電気関係にお勤めでいらっしゃる。あなたが我が社の前でお茶を飲んでいらしたことも確認済みです。大体想像は付きますか? 」
「ええ、VRで治療をなさっていた」
「そう言うことなのです。民生委員をなさっていらしたからご存じでしょうけれど、児童虐待をする親も虐待をされて育ったことが多いのです。それの精神的なケア―を行います」
「でも洋服が変わっていたのは? 」
「あそこで行っていたのは多角的な治療です。大体家庭に問題がある子供は精神的に不安定になりがちな上、経験が少ない。これは随分前の海外の調査報告ですが、そうやって育った人間は「幼児語の語彙が少ない」という結果も出ています。幼児語も立派な愛情表現の一つですから、不運だとしか言いようがありません。
彼らに子供ができると「親の二の舞にはならない、自分の子供にはそんな思いはさせない」という意志はあるのです。しかし全員がその意思を貫徹できるかと言うと・・・」
「確かにそれは難しいですよね」
私は彼女の不器用な運針を思い出した。そばで誰かが教えることもなく、学校だけで習ったのだろう。
「大人を変えるのは難しいことです」
彼も少しお茶を飲んだ。
「ああ、温かいから助かります」
「まだ少し寒いですものね」
「実はあの洋服のスタイリストの卵も、同じような環境で育った子なのです」
「そうなのですか・・・良いことをなさっている、でもあなたは公務員ではないのでしょう? 」
「そうです、私は会社員です。本来ならばここにどこからか役人が来るべきなのでしょうが、あまり表だったことになると困るので」
「そうですか・・・わからないでもないような気がします。ちょっと「洗脳」のような感じもしますから」
「ハハハ、そうですね」
彼はこの事を否定しなかった。それが逆に私の彼に対する信頼を確かなものとした。
「第一の目的は「子供を守る」ことなのです。少子化が進む上にせっかく生を受けた子供が犠牲になっては困ります。国としては税収も減り、最悪日本という国の存続が危うくなってしまう。そのことに対する防衛策なんです。正直に言うと我々も国というバックボーンがあれば安心して仕事ができます。武器兵器の製造者のように」
「でも・・・色々要求されて大変でしょう? 」
「まあ、それはそうですが、機械というのはどうしても流行りすたりがあります。今ではビデオテープなんてほとんど見ないでしょう? それと一緒です。そう言えばお宅の玄関のタペストリーは素敵ですよね、家の女房も手芸は好きなんですよ。で、ある手芸が流行ると「やってみたいな、二年後」って言うんです、お分かりになりますか? 」
「フフフ、わかりますよ、ブームが去ったら格安でその用品を売りますから」
「それと同じことなんですよ。しかし現在このゲーム機に近いもので人助けができるのならばと、みんなでやっています」
「仕事にやりがいを感じていらっしゃるから、しっかりなさっているんですね」
「確かに中毒性があるかもしれませんが。その点は悪いのですが年配の方でテスト、のような事をやっています。老人と子供は近いと言われています。子供で深刻なストレスを抱えている場合にどうするかが今の所の大きな課題です。
学習障害、適応障害、コミュニケーション障害、これらが先天的であるか、それとも幼い頃の過度のストレスによって引き起こされたものなのか、はたまた親からの遺伝なのかは難しい所なのです。親本人が気が付いていない場合が非常に多い、ですから現時点では親御さんを先にという感じです。あの家族は本当に上手くいってくれて私たちもうれしいですし、あなたはそれ以前からかかわっていた、頭が下がります」
「いえいえ、実質的な事をされたのはあなた方ですから」
「もしかしたら彼らはもう我々の力はいらないかもしれません、実はご主人の方が重傷だったんですがね」
「そうですね、もういいと言っていましたよね」
「本当にありがとうございます、しかし我々の手を離れてしまったら、今度は情報がこちらに入って来なくなる可能性が高いのです。それに一番必要なのは「他人の目と判断」なのです。それが社会生活を問題なく行う秘訣ですので、できれば引き続きご協力願えませんか? 彼らの現状を教えていただきたいのです」
「ええ、それぐらいならば・・・では定期的にご連絡を差し上げれば良いのですか? 」
「ハイ、それとぶしつけで申し訳ないですが、現在の年金額は満足のいくものですか? 」
「まさか! 食べてはいけますが。近々車を処分するので多少楽にはなるかもしれません、でも今度は、閉じこもってしまうかもしれませんし」
「それではご旅行などされてはいかがですか? 」
「そのお金が・・・」
「そうですよね、年金の二千万円の不足はそう言うことですよね、食べるだけというは、動物園の生き物の様ですから。ではお金があったら行かれたいとは思いますか? 」
「それは行きたいですよ、日本のいい所はたくさんありますし、今度ひ孫も生まれるので」
「今までのあなたのご協力を含めて、これから私たちを手伝っていただければ、こちらからお給料を差し上げることができます。まあ「出来高制」ですが」
「どういうことですか? 」
「私たちはそれぞれ専門があって、その部分をより良くすることが仕事です。ですから問題を抱えている人たちを「見つけに行く」時間がないのです。彼らも病気の一種と考えられるので、早期に発見できればその分治癒も早い。あなたにはその人間を見つけることをしていただきたい」
「そんなことができますか? 私に」
「例えばスーパーなどで「無理なことを言っている親」がいませんか」
「ええ、そう言えば・・・見ますね」
「私も見ますし、女房もそう言いますが・・・でも我々はまだ自分の子供も育て上げていないので、そう言うことが自信をもってできないのです。しかしあなたならばきっと可能でしょう」
「でも・・・どうすれば・・・」
「こっそり写真か動画を撮るか・・・もしくはちょっと時間がかかりますが駐車場までついて行って・・・」
「そうか! 車のナンバー! 」
「ええ、そしてその時の会話などを添えていただければ、あとは私たちが対処をします。彼らが後々どうなったかは、お教えするのは難しいかもしれませんが。とにかく一軒につきの値段になります。そして一番最初は準備金として、いくらかあなたの口座に振り込ませていただきます。ご主人は通帳をよくご覧になりますか? 」
「いえいえ、私任せで」
「それはよかった、そうでした、できればご主人には内緒でお願いします、とにかくこのことは極秘事項です、よろしいですか? 」
彼は名うての営業マンのように事を進め、すぐに金額の提示をした。その額を見たとたん思わず言った。
「こんなにもらってよろしいんですか、これからできるでしょうか? 」
「あの家族を救っていただいた、報奨金です」
税金から出ているお金でと思ったが、更にこう付け加えた。
「息子さんは確か首都圏にお住まいでしょう? 会いにいったその時に見つけることもできるでしょう。もちろん、あなたと同じ仕事をしている方もいます。その方と「かぶって」もかまわないんです。むしろそちらの方が「優先的に治療の必要がある、治療中であれば思った効果が表れていない」と判断できますから。
それでは、明日には必ず入金します。もし、ご主人に見つかったら税金の超過分を調整している、税務局の深刻な手違いで極秘になったとおっしゃってください」
彼は帰っていった。それから数時間後夫が帰ってきた、釣った魚ではなく、買った魚を持って。
「ここのショッピングモール嫌いなんだが・・・」
「ごめんなさい、でも車を処分したらここに来ることはできないでしょう? 」
数日後、私は夫に無理を言っていた。近所のスーパーは年配者ばかりであまり仕事が出来そうにないのだ。
彼が言ったようにお金は次の日振り込まれていた。見て驚くような金額は久々で、さすがに「やらなければ」という気を起させた。
「俺は駐車場で寝てる」
「わかった、ごめんなさい」店をウロウロして、食品のレジに行った。
すると若い母親が他の人に聞こえるような声で言っている
「そういう、ママの気持ちを嫌にさせることをしないって言っているでしょう!! 」
言われている子供はどう見ても三つか四つ、買い物を入れる台よりも小さな女の子だ。その子は泣くわけでもなく、慣れた感じで黙ってしまっている。
私はゆっくりと、彼女たちに近づいた。
これが一番最初の仕事だった。
中恐怖 新しい中毒 @nakamichiko
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