第2話全国的
「ねえ、ねえ、聴いて、驚き! 」
女子高校生のような口調で話しかけられた。彼女は自分よりほんの少し若いだけだが、後任の民生委員をやってくれている。
「例のおじいちゃん、まるで人が変わったみたいに接しやすくなってね、ヘルパーさんも驚いているの」
「え! あの人が! 」
というような老人だった。以前は大会社の重役だったらしく、妻に先立たれたためなのか、口調がすべて上からで
「そんなこともわからないのか! 」と泣かされたヘルパーさんは数知れずという人物だった。
「それがね、どうも他の地区でもそういったことが多いそうなのよ。本当に
「令和効果」なのかしらね。ほらあの家族もそうだったでしょう?
この前の民生委員の会合はこの手の話で持ちきりよ」
一線から離れた私でさえ、世の中の動きが徐々に変わってきているなと感じていた。何故なら「離婚率の急激な低下」は昼のワイドショーでも取り上げられることも多くなったからだ。
「やっぱりドラマの影響力は凄いですよね」
とコメントをしているお笑い芸人に
「いやいや他局だから」と突っ込みを入れる同業者のくだりを何度か見た。
私はあまりドラマが好きではないから見なかったが、近所の人から聞くところによると「あの家族の話みたい」という意見がほとんどだった。
離婚寸前の家族が、小さなきっかけで笑顔を取り戻す。俳優陣もわき役も含めとても豪華だったらしく、当然視聴率はうなぎのぼりだった。しかし、そう長い間放映されたわけではない。だが終了直後から再放送をという視聴者からの声が大きく、テレビ局は近々そうするという。そしてこの再放送にスポンサーが殺到しているらしいのだ。
「実話を見たからいい」
という夫の言葉に私も賛成だった。優秀な子役が同じ表情をしただけで、心が痛む気がした。世間はこのドラマを少々大袈裟と思うほどに持ち上げていたが、それが治まりを見せるころ、私は偶然「現実」と遭遇することになった。
一人で大きな街を歩くのは久しぶりの事だった。夫が現役の時はやれお歳暮だのお中元だので出かけていたが、退職してその数はめっきりと減ってしまった。
「むしろ良かった、年金暮らしじゃそんなことできない」
とどこかに一抹の寂しさと、年金額の不満を感じながら暮らしていると、どうしても閉じこもってしまいがちだ。
「お父さんが釣りに行くのなら、久しぶりにショッピングでも行こうかしら」
「行ってこい、行ってこい」
恒例の旧友との釣り旅行は二泊三日で、その間私は一人になる、本当に久々の気晴らしだ。
そしてその日、絶好の天気で出発した夫たちを見送って、私も出かけた。
「こんなにこの街も変わってしまっていたの? 」
古い建物はほとんどなく、依然あった銀行はパン屋になり、至る所で改装工事が行われているようだった。賑わいは以前と変わらないものがあったが、あまりの人の多さにわき道にそれると、そこは急に人通りが少なく、真新しいビルばかりだった。
しかし今風の木の小屋のような喫茶店もあって、そう言えばこの辺りは街中の古い木造の住宅地だったことを思い出した。
すると前から見たことのある男女が、一緒に歩いてきているのが見えた。
私はドキッとした、例の夫婦だったからだ。しかも二人の間にはある種の緊張感に似たものもあった。だが、以前を知っている私からすれば「そこまでひどいものではない」という結論がすぐに出せた。案の定聞こえてきた声は
「もう、いいだろう? 面倒だ」
「行きましょうよ、今日は特別だって言うし」
妻の意見に夫が渋々付き合わされる、そんな感じだった。そして二人はきれいな、中くらいのビルへと入っていった。
「まあ・・・大丈夫だろうと思うけれど」
弁護士事務所などだったらとの私の懸念は、ビルの案内板によってすぐかき消されたが、そのビルのほとんどの階が一社で占められていた。
「株式会社 スペシャライズド ヴァーチャル リアリティー サービス」
丁度その向かいには、年配の女性には似つかわしくないようなカフェがあった。窓際の席が空いていて、ビルの入り口が丸見えだ、そこに行くしかない。何故ならそのビルにはセキュリティーシステムがあったため、私には入ることができなかった。
地方の町のビルにしては不釣り合いな気がするのと、平日の昼間にいる夫婦。
その席が私を招いたのか、私の決断だったのか、この事が、私の老後を大きく変えることになった。
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