第6話 弥生の起源

 明くる日、私は、工場に赴き、量産試作の状況を確認していた。ラインは順調に稼働し、これまでのところ不良は発生していない。王さんと談笑していると、中村さんがラインを見に来てくれた。

「順調そうだね。」

「そうですね、何とか無事に量産試作を終えたいところです。」

「じゃあ、今晩飲みに行くか。」

「いいですね。是非お願いします。」


16時を回った頃に、量産試作は、無事に終了した。私は、王さんとの最終確認と片付け作業を行い、事務所に戻った。すると、中村さんが戻ってきて、声をかけてくれた。

「量産試作も無事終了したようだね。ありがとう。助かったよ。」

「予想していたより早く片付いて何よりです。」

「じゃあ、そろそろ引き揚げて、祝杯を挙げに行こうじゃないか。」

「そうですね。よろしくお願いします。」

私たちは、上海の街に繰り出した。

屋台などを見て歩き、一軒のレストランに入って、上海蟹や小龍包など上海の味覚を堪能した。


 そして、私たちは中村さん行き付けの日式スナックに入った。

「ここのママさんは、日本企業に勤めていたから日本語が上手で、中国の歴史にも詳しいんだ。」

ママさんは、チャイナドレスを着ていて、アグネスチャンに似た可愛い女性だった。

「中村さん、いらっしゃい。お連れの方は?」

「僕の後輩で、頼りになるやつなんだ。」

「小出です。出張で来てるんです。」

「日本から来られた方ね。劉美玲(リュウ・メイリン)と言います。よろしくね。」

「こちらこそよろしく。最近東アジアの歴史について勉強中なんです。中国のこと色々教えてください。」

「中国はどちらか行かれたんですか?」

「いいえ、まだ、ホテルと会社の往復だけです。」

「明日、蘇州辺りに行ってみたらどうだい?上海からも遠くなく、古都の風情が残る水の都で、東洋のヴェニスと言われている綺麗な所だよ。日本語で解説してくれるオプショナルツアーもあるし、楽しめると思うよ。」

「いいですね。明日は蘇州の休日としようかな。」

「蘇州は、春秋時代の呉王朝の都よ。最後の呉王夫差は、蘇州が陥落して、越王勾践の前で自害するのよ。」

「呉越の歴史が感じられそうですね。でも、私の見解では、夫差はそのとき死んでいないんじゃないかと思うんです。」

「それってどういうこと?」

「史記の越王勾踐世家によると、夫差が自害するとき、顔を蔽っていたんです。つまり、身代わりではないかと。古朝鮮の神話に太伯山という山が登場するんですが、それが呉の始祖である太伯に因んで命名されたとすると、夫差は難を逃れて臣下と共に朝鮮半島に渡り、古朝鮮を興した可能性があるんです。」

「少し飛躍しているようにも思えるけど、面白い推察ね。」

「それに、古朝鮮の建国神話に、桓因とその庶子である桓雄という神が登場するんですが、桓雄とは、夫差の庶子である公孫雄のことではないかと。」

「確かに、蘇州からなら、海を渡って逃れるのも可能ね。」

「さらに、古朝鮮を興した王朝は呉だけではないと思っています。斉王朝も絡んでいるんじゃないかと。」

「斉の主君の呂氏系統の座が、陳から亡命して来た貴族の田氏系統に乗っ取られるという政変が起きるのよね。」

「そうなんです。呂氏系統の最後の王は、田氏にいいようにやられて酒色に耽って政治から遠ざかり、結局主君の座を奪われるんですが、その5代前の晏孺子(あんじゅし):呂荼(りょと)と有力貴族の高氏は、田氏の政争の網を掻い潜って、隣国の魯(ろ)に亡命して逃れ、同様に朝鮮半島に渡ったのではないかと。」

「斉は、呉と同様、周の諸侯国の一つだけど、蘇州よりずっと北の山東半島を囲むような地域に興った国よ。そんな呉と斉が、共に古朝鮮の建国に関与していたってこと?何かその根拠はあるの?」

「史記には、暗号が隠されていそうなんです。漢の時代に書かれた史記は、漢に都合の悪いことは書けないので、司馬遷は暗号を用いて示したのではないかと思っているんです。」

「確かに史記は、漢の武帝の逆鱗に触れるからか、完成してもしばらくは公にされなかったらしいわね。」

「呉太伯世家には、呉の話なのに表向きには斉の晏嬰(あんえい)の話に見えて、実は晏孺子(あんじゅし)の話が載っていて、裏の意味は、『晏孺子が田氏に国政と領地を返納したので仲間の高の災難を免れた』といった意味になりそうですし、斉の晏子因と陳の桓子が登場するんですが、呂氏が田氏に君主の座を乗っ取られるので、晏子因と桓子を入れ替えると桓子因になりますよね。これって、さっきの古朝鮮を興した天帝桓因を指していると思えませんか?その他にも、淮南衡山列伝には、淮南王の劉長とその子劉安らが登場しますが、臣下が劉安を諌める場面に登場する海神の話が、実は劉安自身が海神で、その海神の一族の話ではないかと思えて来るんです。」  

「中国は、南船北馬と言われるように、淮河を挟んで、北は寒く乾燥した畑作中心で主たる移動手段は馬に頼っていたのに対して、南は温暖で水田が広がって、蘇州辺りも水路が発達していて、川を船で移動するのが常だったわ。そして、淮河辺りは、そんな北と南に挟まれて、よく戦争の舞台になり、また、川が氾濫して、人が住みにくく、統治されずに、放置されていたのよ。淮南王の話は、漢の高祖劉邦の末っ子だけど、そんな無法地帯の王として漢に反逆する王の話だわ。」

「そう、その淮南王が海神で、淮河流域を拠点に滅亡する王朝の渡海を支援し、古朝鮮をも建てたんじゃないかと。」

「つまり、淮南王は劉邦の末子ではなく、斉からの亡命者の晏孺子や高氏が淮河辺りを本拠地にして海神となり、朝鮮半島に渡り、呉王夫差と共に古朝鮮を興したということ?」

「そのとおりです。さらに、淮南王は、古朝鮮から分かれて、倭をも興したのではないかと思っているんです。淮南衡山列伝には伍被が王を諌める場面に徐福と出会う蓬莱山の海神の話が登場します。この海神とは、実は淮南王で、蓬莱山のある日本に渡って倭王朝をも興したんじゃないかと思っているんです。」

「二人とも、ミステリアスな歴史に熱心なので、僕はついていけないよ。でも、史記ってやつは奥が深そうだな。」

「中村さん、すいません。つい熱中しちゃって。」

「小出さんって面白い人ね。史記は、中国の最初の正史だし、そんな暗号が隠されてるなんて思わなかったわ。」ママさんが、グラスにウイスキーと氷を足しながら、興味深そうに微笑んでくれた。


 それから、ママさんは、別のお客の所に挨拶に行き、歴史の話はそれっきりになった。中村さんと私は、しばらくカラオケに興じて、店を後にすることにした。

「中村さん、いつもありがとうございます。今日は面白い方を連れてきていただいて楽しかったわ。」

「僕も楽しかったよ。でも、ママの歴史熱がまた上がりそうだね。」

「小出さんも、また中国に来たら寄ってくださいね。」

「こちらこそ、いきなりで、突拍子もない持論を展開してすみません。」

「いやあ、でも史記を見る目が変わったかも。じゃあ、みなさん、お気を付けて。」


 私たちは、タクシーに乗り、帰宅の途に就いた。

「明日いっぱいは中国にいるので、何かあれば連絡ください。今日はほんとにごちそうになり、ありがとうございました。」私は、中村さんにお礼を言って、ホテルに戻った。

シャワーを浴びて、着替えると、蘇州のオプショナルツアーを調べてみたが、翌日のことなので予約困難と諦めて、自力で行くことにした。上海虹橋(シャンハイホンチャオ)駅までタクシーに乗り、そこから高速鉄道で蘇州まで約30分で着く。


 明くる日の朝、私は蘇州行きの高速鉄道の列車内に居た。高速鉄道を利用するのは初めてだったが、乗車券の購入方法をネットで調べていたので、何とか購入できた。窓口で、行先、乗車日、列車の時刻、人数を書いたメモと、パスポートを見せて、現金で購入するのだ。二等座席なので少し煩いが、日本の新幹線と同様、座り心地も悪くない。30分程で蘇州駅に着いた。私は、列車を降り、蘇州駅北広場を西に進み、小高い丘になっている虎丘へ向かった。虎丘は、約2500年前の春秋時代、越王勾践との戦いに敗れた呉王 闔閭(こうりょ)の陵墓であるが、この地に埋葬されてから3日後、その墓に白い虎が現れたことから 『虎丘』 と呼ばれるようになったという言い伝えがあるようだ。呉王は虎と縁があるらしい。海神は浦島太郎の竜宮城が住処だとすると、龍と縁があることになる。龍と虎を描いた龍虎図は橋本雅邦など多くの画家が題材にしており、龍と虎はよき相棒なのである。その由来は、易経の『雲は龍に従い、風は虎に従う』という一節にあるらしい。そして、それは古朝鮮の伝説の次の一節に繋がるのではないだろうか。

『桓雄は太伯山の頂きの神檀樹の下に風伯、雨師、雲師ら3000人の部下と共に降り、そこに神市という国を興す』

呉の始祖は太伯で、呉王は虎だから、虎に従う風の伯→つまり風伯。海神は斉からの亡命者だから斉の始祖で軍師である太公望で、海神は龍だから、龍に従う雲の師→つまり雲師。そして、易経の一節『雲行き雨施し』などより、雲師から雨師が生じたとすれば、呉王と海神が古朝鮮を興したことになる。やはり、古朝鮮の始祖は呉王と海神ではないだろうか。


『易経による古朝鮮の伝説の推定』

呉王      海神(斉から亡命)

虎       龍

風は虎に従う  雲は龍に従う雲行き雨施し

呉の始祖:太伯 斉の始祖:太公望は軍師

↓       ↓

風伯      雲師、雨師


話を戻そう。史記の呉太伯世家によると、闔閭(こうりょ)は、息子の夫差に「勾践が父を殺したことを忘れるな。」と言い残して死んだようだ。そして、『臥薪嘗胆』という故事が生まれたように、その後、痛みを忘れず、夫差が勾践を追い詰め、父の敵討ちを果たしたのだ。しかし、勾践が命乞いをしたため、夫差は許してしまった。その結果、今度は逆に勾践に追い詰められ、夫差は自害することになるのである。ただし、私の説では、顔を蔽っていたので、自害したのは身代わりで、夫差は一族を率いて古朝鮮を興したのではないかと思っているのだが。

『呉越同舟』という故事があるとおり、蘇州はそんな呉越の興亡が繰り広げられた地なのである。断梁殿という門を潜って、石畳の階段を上って行く。しばらく歩くと雲岩禅寺の大殿があり、その先には有名な雲岩寺塔が見えた。この塔は、宋の時代に建てられたようだが、ピサの斜塔と似ていて、地盤沈下で3度傾いているらしい。私は、写真を撮ったり、辺りをあちこち見て回り、次に蘇州古典園林の一つである留園を見学することにした。山塘街を歩きながら、古い町並みに呉越の歴史を感じる。街に張り巡らされた運河は京杭大運河につながり、長江や淮河や黄河へと、そして海へとつながって行くのだ。歩くのに疲れた頃、途中に蘇州麺の店を見つけ、私は早速昼食休憩を取ることにした。蘇州麺は、ストレート麺で、紅湯(ホンタン)と白湯(パイタン)の2種類のスープがあり、私は、白湯を注文した。すると、麺とスープだけのどんぶりと、具を盛った皿が別々に運ばれてきた。私は、具をどんぶりに載せ食べる。あっさりとしたスープだが、具を載せて食べると、とろっとして味わい深い。食べ終えてからひとしきり休憩すると、店を後に留園に向かった。

留園は、中国四大名園の一つで、世界文化遺産にも登録されている。明の時代の創建で、蓮や奇石を配した池庭を取り囲むように楼閣が回廊でつながって建てられている。楼閣や回廊には、花窓や透かし彫りが施され、壺や掛け軸などの美術品が置かれている。扶余(プヨ)でガイドのキムさんと話した宮南池(クンナンジ)のことを思い出した。蓮の花の咲く時期は、さらに綺麗だろう。しばし時を忘れて古典庭園に遊んだ私は、蘇州駅に向かい、蘇州を後にした。


 私は、上海虹橋駅の横の虹橋天地のフードコートエリアで夕飯を食べ、明日の朝食や缶ビール、ペットボトルなどを購入し、タクシーでホテルに戻った。いよいよ、明日は、日本に帰るのだ。シャワーを浴びて、缶ビールを開け、ネットで帰りの便の予約を済ませた。


 その夜、私は夢の中で、再び柳花(ユファ)と会話した。彼女は、笑顔でこう言った。

「あなたのお蔭で、古朝鮮が再建できたわ。そして、漢も。でも、あなたは東明聖王だから、日出づる国に帰ってしまうのね。朱蒙(チュモン)、あなたのことはいつまでも忘れないわ。元気でいてね。」

「こちらこそ、ありがとう。僕は一時でもあなたの息子でいたことを誇りに思います。そして、真実の古朝鮮を、僕は世の中に語り継いで行きます。母さんこそ、いつまでもお元気で。」

私がそう言うと、柳花(ユファ)は、蓮の花の咲き誇る池の向こうに消えて行ってしまった。


 目が覚めると、ベッドの上に薄紅色の蓮の花がひとひら落ちていた。柳花(ユファ)は、思いを遂げ、極楽浄土に旅立ったのだろうか。私は、花びらを大切にノートに仕舞い、軽い朝食を取り、ホテルを後に空港に向かった。

免税店でお土産に中国茶を買い、搭乗口で出発を待つ。しばらくすると、搭乗案内のアナウンスがあり、私は、東京羽田行きの飛行機に乗り込み、窓の外を眺めた。秋の爽やかな日差しが射しこんでいる。雑誌をめくっていると、飛行機は間もなく離陸して上昇を続け、シートベルト着用サインが消えた。私は、CA(キャビンアテンダント)にホットコーヒーを頼むと、これまで辿って来た東アジアの歴史を振り返ってみた。朱蒙(チュモン)のビデオで出会った柳花(ユファ)は、私に『古朝鮮を再建し漢に戻れ』と言った。私は、朱蒙(チュモン)になったつもりで、古朝鮮の真実を紐解き、そして、漢の光と影が交差する史記の中に古朝鮮と倭の痕跡を見出し、それをつなぎ合わせたのだ。だから、柳花(ユファ)は、「お蔭で古朝鮮が再建できた」と言ったのだと思う。私は、もう一度頭の中を整理してみた。

つまり、日本の倭王朝の祖先は斉の流れを汲む海神だったということではないだろうか。そして、漢は海神と共にあり、海神は古朝鮮と共にあったのである。韓国と日本が相容れない関係になったのは、古朝鮮を離れて袂を割ったこと、大々的な交易で海神のみが多大な利益を得ていたこと、そして、心の通わない人を無視した二足烏による朝鮮併合と大陸侵攻が決定的な要因だったのではないだろうか。


 間もなく、CAがコーヒーを持ってきてくれた。私はお礼を言い、温かいコーヒーを受け取った。すると、CAの笑顔が柳花(ユファ)の顔に重なって見えた。そして、彼女の口元が、「ありがとう」と言ったような気がした。飛行機は今、東に向かって飛行している。私は、やがて、日出づる国日本に辿り着くことだろう。

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弥生の起源 育岳 未知人 @yamataimichi

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