第3話 朱蒙の夢

 私は、疲れていたので、部屋に戻って、シャワーを浴び、10時前にベッドで眠りに就いた。


そして、気が付くと、私は朱蒙(チュモン)になっていた。そして、傍らに母親の柳花(ユファ)が、立っている。彼女は、私にこう言った。

「解慕漱(ヘモス)様が成しえなかった古朝鮮の復興を、これからあなたが成し遂げるのよ。」

「私には、まだ、そんな力はありません。」

思わず私は答えた。私は、単なる韓国への旅行者なのだ。

「あなたは、東明聖王なのだから、できないはずはないわ。遠い昔、漢に居た私たちの祖先は、東方に追われ海を渡り、古朝鮮を建てたのよ。そして、また、漢によって古朝鮮を追われ、流浪の民となり、北や南に逃れ、そして、東に海を渡ったわ。今こそ、離れ離れになった糸を手繰り寄せて、再び古朝鮮を再建し、漢に戻るのよ。漢は、始まりであり、終わりでもあるわ。」

私は、故郷の漢に戻れと言っているように聞こえた。しかし、私は単なる旅行者なのだ。軍隊も権力も持ち合わせていない。柳花(ユファ)の言っていることが理解できなかった。

「・・・」

「まだ、私の言うことが理解できないみたいね。でも大丈夫。きっと、わかる時が来るわ。あなたは、東明聖王なのだから。」


ああ、夢だったのか。私は目が覚めて、時計を見た。外は明るくなって、朝の6時を回っていた。喉が渇いていたので、ペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。

昨日、キムさんが一日中付き合ってくれたからだろうか、柳花(ユファ)が夢に出てくるなんて・・・。どうして、私は朱蒙(チュモン)になったんだろうか?

古朝鮮を再建して、漢に戻れと言っていた。古朝鮮を建てるとは、いったいどういうことなのか?そして、漢に戻るとは?


 私は、お腹がすいたので、身支度をしてホテルのチェックアウトを済ませ、近くのファーストフード店で朝食を食べることにした。ハンバーガーの大きさや味は、日本とあまり変わらなかった。食事を済ませると、明洞(ミョンドン)駅から地下鉄に乗り、景福宮(キョンボックン)に向かった。景福宮(キョンボックン)は、李氏朝鮮の太祖・李成桂(イ・ソンゲ)が、1395年に高麗の首都だった開京(現・開城)から漢陽(現ソウル)に移した際に建てた王宮であるが、豊臣秀吉の朝鮮出兵による文禄の役で焼失し、1910年の韓国併合後、朝鮮総督府庁舎が建設されるなど、日本の朝鮮支配に翻弄された場所でもある。朝鮮王朝時代の姿に復元すべく、1990年に始まった第一次復元事業で25%が復元され、現在は第二次復元事業が行われている最中とのことである。歴史の流れとは言え、李氏朝鮮に対して、日本は加害者であり、それが現在の日韓関係に負の遺産として多大な影響を及ぼしていることは事実であろう。私は、日本語無料ガイドを行ってくれると聞いて、景福宮(キョンボックン)の立派な光化門を眺めながら、チケットを購入して、案内所に向かった。

王の即位の礼、朝会、外国からの使節の謁見など、国の公式行事が行われたという勤政殿を始め、王が執務を行った思政殿、接待に使われた慶会楼、寝殿の康寧殿や交泰殿などを1時間半くらいで見て回った。ガイドさんの丁寧な説明のお蔭で朝鮮王朝の様子を垣間見ることができた。

私は、近くのレストランでククスという韓国麺を食べ、ホテルに荷物を取りに戻り、そのまま空港に向かった。空港は、観光客で混雑していた。最近、何となく身体の衰えを感じるようになっていた私は、免税店で、高麗人参を購入した。文江も喜んでくれるだろうか。


出国手続きを済ませ、高麗人参の説明書きを見ながら搭乗口で待っていると、『神秘の健康力・研究』という言葉が飛び込んできて、ふと頭に浮かんだことがあった。柳花(ユファ)が私に言った『古朝鮮を再建する』とは、実際に建国したりすることではなく、神話や伝説の世界と化した神秘に満ちた古朝鮮の歴史を『研究』して、実在した歴史に再構築し、世の中に示すことではないだろうか?それなら私にもできるかも知れない。


 まもなく、搭乗案内のアナウンスがあり、私は改札を通り機内に乗り込んだ。座席に座り、窓を眺めると、外は雨が降っていた。私は、朝鮮半島の歴史に思いを巡らせてみた。朝鮮半島は今以って二つの国に分断されている。その前には、日本が占領して国家が消滅した。さらに遡ると、元王朝による短期的支配や中国王朝の冊封による間接支配はあったものの統一新羅・高麗・李氏朝鮮といったほぼ統一国家を保った黄金期、高句麗・百済・新羅の三国時代、夫余・馬韓・辰韓に漢四郡の統治と続く。このように、時代は移り変わって来たが、そこには、常に中国やその他の強国による従属的立場を強いられてきた朝鮮半島の宿命が垣間見える。しかし、その昔の伝説の時代である古朝鮮の頃は、まだ中国の影響は及ばず、独立国家を保っていたのかも知れない。柳花(ユファ)はそんな自主独立の時代を解き明かせと言ったのだろうか?


『朝鮮半島の国家形態』 『当時の国々』

現在 分裂独立     北朝鮮・韓国

史実 連合軍駐留

史実 日本駐留

史実 日本傀儡     大韓帝国

史実 独立(冊封)   李氏朝鮮

史実 元(げん)駐留

史実 独立(冊封)   高麗

史実 分裂独立(冊封) 高句麗・百済・新羅

史実 分裂独立(冊封) 夫余・馬韓・辰韓

史実 漢駐留      漢四郡

伝説 自主独立?    古朝鮮


飛行機は、東京上空に差し掛かり、間もなく着陸態勢に入り始めた。


私は、柳花(ユファ)の言葉どおり、東明聖王として、古朝鮮の歴史を紐解いて行く朱蒙(チュモン)の姿を想像した。そこには、海外の歴史にまで首を突っ込むのは大変だと思いつつ、朱蒙(チュモン)になった気分も悪くないなと、ほくそ笑む自分が居た。そして、それが、日本と韓国のボタンの掛け違いを治すのに繋がればそれに越したことは無い。 

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