9 決意の瞳
解放、爆音。
渦巻き圧縮された風が、勢いよく“偽ジルド”にぶち当たる。
迷いを捨てて、惑いも捨てて。思い出切り捨て風は行く。
もう自分は無力じゃない、「感じる」ことしかできなかったあの頃とは違う!
思いを乗せた風は、
「……その、力、は」
驚いた表情のジルドを吹き飛ばして。
彼を下敷きにしていた柱さえも吹き飛ばして。
そして柱は再度、“偽ジルド”に落ちてきた。
――今度は、頭の上に。
ぐしゃり、何かが潰れる音。柱と地面の隙間から零れた赤い液体。
それの意味するところは死。
そりゃそうだ、生物だから。頭を潰されれば誰だって死ぬ。
それを確認して。
「終わっ……た……」
ファナクは自分の身体を抱き締めながら、再度、大地に膝をつく。
与えられた力、新しい力で。自分の力、自分だけの力で。
ようやく、初めて、自力で事態を切り抜けられたのに。
――どうしてこんなに、悲しいの?
ファナクの頬を涙が伝った。
彼も理屈では解っていた。自分が殺.したあの人間は、偽物なんかじゃないということ。
醜い本性も優しさも、全てすべてジルドだったということ。
そして自分はジルドを、幼馴染を、散々世話になった大親友を、殺.した。
いくらその必要があったとはいえど、ファナクはそのことを一生後悔するだろう。
ファナクは泣き濡れた瞳で、傍らに立つ闇神を見上げた。
「闇神さま、これでいいの? 僕はこれでよかったの?」
ああ、と感情のない瞳で、闇神は答えた。
「こうするしか手がなかった。あれを俺が殺.したとしたら、お前は一生俺を恨むだろう? あれの大親友であるが故に、あれはお前が殺さなければならなかった。そのことにいつか後悔しても、あれはお前が乗り越えなければならない試練だ」
ファナクは目を閉じた。ジルドとの様々な日々が頭の中を駆け抜けてゆく。
初めて出会った日。流行病なんてなくて、家族はみんな、健在だった。町で買い物をしているときに親とはぐれて迷子になって、泣いていた小さなファナク。それを偶然ジルドが見つけて、彼は持ち前の明るさでファナクを冒険に誘った。その日、二人の友情は始まった。
雪の降る日。病気になったファナクをジルドが見舞った。二人で作った雪だるまは、春になったら溶けてしまった。けれどそれもまた思い出だ、温かく幸せな思い出だ。
「全て救おうとしなくてもいい」
無力感を噛み締めた日に、そう言ってくれたこともあった。その言葉、その温かさ。残さず全て、ファナクはしっかりと覚えている。ジルドがいなければファナクは、もっと早くに死んでしまっていたのかも知れない。それだけファナクにとってジルドの存在は大きく、また、大切なものだったのだ。
そのジルドは、もういない。
ファナクが、その手で、殺した。
彼は一生それを忘れることはないだろう。
「……今までありがとう、ジルド。僕はね、幸せだったんだよ」
さよなら。小さく呟いて、涙ひとつ零したら。
自分の足で立ち上がり、真っ直ぐな目で闇神を見た。
「次に、僕は」
ああ、と闇神は答えた。
「翡翠の娘、あれが全ての元凶だ。あれを倒さないことには、この炎は決して消えぬ」
できるだろう? と彼が問えば、
できるさ、と強い声でファナクは答える。
「僕は力を得たんだ。もう負けないし、あんなのになんか負けてやらない」
無二の親友殺し、という、心が壊れてもおかしくはないことをやり遂げ、ファナクはひとつ成長した。
弱々しく、おどおどと揺れていた瞳の奥。かつては何もなかったそこには、今や冷たく燃える炎がある。
ファナクは、宣言した。
「ユーキナ、悪魔の娘」
感情を乗せない、どこまでも冷徹な声で。
「冥界の底で後悔してろ。今、死神が、動き出すよ」
ファナクの背後で吹いた風はどこまでも冷たく。
それは死の予感を帯びていた。それは死をもたらす極北の風だった。
彼は小さく、言うのだ。
「――ジルドの痛み、お前が受けるんだ」
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