8 鴉の恩返し
その言葉に、ファナクは無我夢中で答えた。
「ああ、そうだよ。僕はこの無力な自分が嫌だ。知ることしかできなくて何もできない自分が嫌だ! 自分に力さえあれば僕は、僕は! この状況を、何とか出来たのかも知れないのにッ!」
それはファナクの心からの叫びだった。
力が欲しい、力が欲しい! 自分に何か力があれば、「知る」能力と相まって、きっと何か出来たかも知れないのだ。
返答を聞き、男は頷く。
――《いいだろう。“契約”は成った。お前に力を授けよう!》
その声と同時に、風が舞う。渦巻く風はファナクの身体を持ちあげて、ジルドの指を切り裂いて、強引に二人を引き離した。離された手。ジルドの怨嗟の声が風に乗って耳に届いた。
男はファナクの前で、名乗った。
「俺は“ハイン”だよ、ファナク」
その名前は、
いつしかファナクが助けた鴉の名前。
鴉の恩返し? 助けた鴉が今度はお礼に、ファナクを助けたとでもいうのか。
男は燃え盛る炎の中、名乗る。
「そして俺は人間ではない。俺は闇神ヴァイルハイネン、原初神の一角だ」
お前は神を助けたのだよ――と、驚くファナクに闇神は手を差し伸べる。
「お前には助けられたからな、借りがある。それにな、俺はお前という人間を、面白いと思ったのだ。だから来た、だから飛んできた。お前を助け、お前の歩む“その先”の人生を見るために、な……」
そして、と彼は言う。
「俺はお前の強い願いにより、お前にひとつの力を与えた。それは風の力、自由の力だ。精神を集中してみろ、お前は魔法を使えるようになったはずだ」
「……うん」
言われた通りに精神を集中させ、頭に風を思い浮かべる。
すると生まれたのは、
「……できたッ!」
回転する、風の刃。
その出来を見、闇神は満足げに頷いた。
「ならばお前に最初の試練だ。先程お前を害しようとした者。あれはもうおまえの友人ではないぞ。これ以上苦しみを与えないためにも、あれの命はお前が刈り取れ」
出来ないとは言わせないぞ、と闇神は言う。
「お前は望み、俺が力を与えた。あれを倒すことができなければ、お前は一生悪夢に振り回されて、“力”どころではなくなるだろう」
決別せよ――と、冷たくも理の通った言葉が、放たれた。
大好きなジルド、幼馴染のジルド。
いつもファナクを助けてくれたジルド。
けれど本性は醜く凶悪だったジルド。
複雑な思いがせめぎ合い、ファナクは目の前に立つ闇神と、その奥で燃えているジルドを眺めやった。
与えられた力は風の力。これは攻撃にも使いやすい。誰かの命を奪うことなど、どこを切り裂けばいいかわかれば簡単だ。
けれど、けれど。ファナクが求めたのは守るための力で、誰かを傷つけるための力ではなくて。
それでも、それでも。闇神の言葉は正しいと、心のどこかでわかっていて。
揺れた心、揺らぎ、戸惑い、迷った心。
その迷いを消滅させたのは、他でもないジルドの言葉。
「ファナ、ク……勝ち逃げ、は……許さ、ねぇ、よ……?」
生き残るなと彼は言う。一緒に死んでくれと彼は言う。
ファナクを気遣ってくれたジルドはもういない。明るく優しいジルドはもういない!
――今目の前にいるのは、ジルドじゃない。
ファナクは、頷いた。その白い瞳に決意が宿る。
彼はジルドに近づいて、声を掛けた。
「……ねぇ、ジルド」
「るせ、ぇ。お前、も、一緒、に……」
「死ぬのはお前だけだよ、醜い人間」
相手の言葉を遮って放たれた、ファナクの言葉。
それは冷徹で、冷酷で。それでいながら覚悟のこもった言葉、声音。
「醜い人間。お願いだから、さ」
ファナクは右手を掲げた。掲げた手に、風が集まる。
風は轟々と激しく唸り、まるで激情に叫んでいるようにすら、見える。
「――頼むから僕と本物のジルドとの思い出を、腐った言葉で穢さないでよッ!」
ファナクは決めたのだ。目の前の人間を、ジルドだとは思わないこと。
目の前の人間は、ジルドの姿をしてジルドの名を騙る、偽者だと信じること。
偽者がジルドを名乗り、思い出を穢そうとしているのならば?
黄金の時代を守るためにも、与えられた力を振るうことに躊躇いはない。
「……さよならッ!」
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