7 その名は絶望

 しかし。

 彼女がこの村に害をなしたとしても。

 無力な彼に、「感じる」しかできない彼に、一体何ができるとでも?

 ファナクは能力者だ、「感じる」能力者だ。

 けれど。

 それを除けば体力も人並み以下で、ひ弱ですぐに病気ばかりする。そんな彼に、何ができる?

 ファナクは無力感を噛み締めたが、それよりも優先すべきことがある。

 ファナクは炎の中、ユーキナを無視して叫んだ。

「ジルド! アズルさん、カンナさんッ!」

 大好きな親友と、その両親の名を。

 燃え盛る村は悪夢のようだ。しかし感じる熱さと誰かの「痛み」は本物だ。

 ……これが現実だ。

 炎の中、かつてジルドの家があった辺りにたどり着く。そこでファナクは声を聞いた。


――『たす、け、て』


 その声は、

「ジルド!」

 幼い頃から聞き慣れた、彼の大親友のもの。

 炎の中でファナクは見た。

 燃え盛る家の柱に下敷きになって、それでも助けを求めるように、必死で手を伸ばしている大親友の姿を。ファナクの全身を激痛が這う。彼は感じた。

――これが今、ジルドの感じている痛みだ。

「ジルド! 大丈夫だ、僕が助ける!」

 炎の熱さも忘れ、ただひたすらに友人を思い、ファナクは伸ばされたその手をつかんだ。その手を引っ張って何とかジルドを柱の下から脱出させようとするも、その身体はびくともしない。ファナクの額を汗が伝ったが、お構いなしにファナクは力を込める。それなのに動かない、状況は変わらない。ただ刻一刻と激しくなる「痛み」が、ファナクの全身を駆けずり回った。

 助けたいのに、ジルドを失ったらファナクはもうどうしようもなくなるのに。

 それなのにそれなのにどうして、どうして何もできないのか、何一つできないのか。

「ファナ、ク……!」

 ジルドの呻き声を聞きながらも、ファナクは己の無力感に絶望した。

 そして次の言葉で、ファナクの絶望は深くなる。

「……その程度か、よ」

「……何だって?」

 その時ジルドは、これまでファナクに見せたことのない表情を浮かべていたのだ。

 まるで――嘲るような。

 そしてそれは、ジルドを信じ切っていたファナクに絶望を与えるのは、十分すぎるものだった。

 ジルドは言うのだ。


「人ひとり、助け、られない、で……そん、な、お前に……存在意義なん、て、あるのか、よ?」


「…………ッ!」

 それはファナクの無力さを肯定し、ファナク自身を否定する言葉。

 これまでのジルドならば絶対に掛けなかったであろう言葉。

 昔々、ある人は言った。「人間の真価はその人間が窮地に陥ったときに発揮される」と。

 もしもその言葉の通りだとするのならば――今の、今のジルドは。

 ジルドは言葉でファナクの精神を切り刻む。

「存在意義なんてない、な、ら……俺と一緒、に……死んで、くれる、か?」

 ファナクの手がぐいと引っ張られた。焼けた木材がファナクの肩に触れ、本当の痛みに悲鳴を上げる。それでもジルドは手を離さずに、鬼気迫る形相でファナクを睨んだ。

「死.ね、よ。何もできず、に……ひとの、死、を……見届け、る、くらいならば……一緒、に、死ん、で……くれよ、無能力者」

 友人だと、親友だと思っていた相手。

 ファナクにとっては唯一無二の存在だった相手から投げつけられた言葉にファナクは絶望し、手を引っ張られるままに地面に膝をついた。

 そこにいたジルドはもう、かつてのジルドではなかった。ファナクを気遣い、何でも世話を焼いてくれた、優しくて明るいジルドではなかった。命の危機に陥った時、初めて見せつけられた「本物のジルド」。それはあまりにも醜くて――。

(……くっだらない人生だったよ)

 思わずファナクは苦笑いした。

 このまま死ぬのかな、と彼はぼんやり思った、

 その時。


――どこかで鴉が、カアと鳴いた。


 その鳴き声を聞いた時、知らず、ファナクは逃がした鴉を思い出した。

 元気かな、楽しくやっているかな、そう思った彼の前。

 影が一瞬だけ、世界を覆い尽くした。

 次の瞬間、そこには黒髪赤眼、全身真っ黒な衣装の男が立っていた。

 彼は、その唇を開く。

 その声は、ファナクの耳にではなく、心に直接響いてきた。


―― 《力が、欲しいか?》

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